ボーダーラインを飛び越えて 1

□twenty-fourth.
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 間違いなくレギュラスが後ほどあらゆるフォローをしなければならないのだろうが……三年分耐えたリリーへの尊敬があるレギュラスは決して嫌だとは思わない。少々面倒になるだけ。

それに落ち込むメリッサを慰めるという名目で深夜に寮外へと行く事に、リリーは渋々ながらも融通を利かせてくれるだろう。己が関わっていると自覚すれば尚更の話。

好機が再び訪れたと内心誰よりも喜んでいた事を……これから先も誰にも言うつもりなどレギュラスは無い。にやけそうになる口元を手で覆いレギュラスは二人の会話を聞き続けた。


「メリッサにも寮生にも申し訳無いとは思うのよ?それでもやっぱりポッターから解放された思いは止められないわ!しつこく求愛されなくて本当に助かっているのよ」

「……その事に関しては私もリリーの愚痴をいっぱい聞いたから分かるけれど、でも……やっぱりお兄ちゃんは元気な姿が一番だと思うから……私、謝りたいの」

 視線を落とすメリッサは喧嘩した事に負い目を感じ、反省中のジェームズに自ら謝りたいとまで言う。きっと彼女の幼い良心が責めてくることから逃げたいのだろう。

レギュラスが何度も引き留め「まだです」と言ったからこそ行動は控えてくれているが……イースター休暇に入ってしまえば兄妹で何らかの結果を引き寄せるのは免れない。


 レギュラスやメリッサ本人から事の経緯を聞いていたリリーはメリッサの落ち込んだ本音に顔色を変え、年下の子へ接する理性を帯びた質問を口に出す。

束の間のハイテンションタイムは急速に波が引き品行方正で面倒見の良い優等生のリリー・エバンズがその場にいた。

「どうして?メリッサは本当はポッターでは無く自分が悪いとでも思っているのかしら?」

「……そんなこと無いわッそんなことは無いの……だけどお兄ちゃんの絶望した顔で私の名前を辛そうに呼ばれると、此処が……」


 皺を作る力の強さがメリッサの心臓を握るようにも見える。

心臓が握り締められ全身へ血液が回らない状態で話しているのでは、と錯覚するほどにもメリッサの絞り出された声と、余裕の無い表情に……ずっと前の自分を見ている気分にレギュラスはなる。

家族を思って無意識に表面化するもの。それは恋とはまた違う深い愛情を持ってして悩んでいたずっと前のレギュラスを、メリッサは「放って置けないの」と笑い傍にいてくれた。

その時の彼女の気持ちを……やっとレギュラスは理解する。悩むメリッサを前にして今考えるべきでは無いのだろうが……レギュラスは覆ったままだった指先で自身の乾いた唇をそっと撫でる。


(あの時メリッサが言った言葉の前には……好きだから、放って置けないと言いたかった?)


 随分前に触れたあの唇の柔らかさ。それを辿る様に指の腹で触れながら、記憶とは違う感触に拒む心がその行為を止めさせる。 

全ては現状で自身の辛さを紡ぐあの唇が、あの時のメリッサの本音を隠しながら呟いたモノだ。レギュラスには真実が分かる訳が無い。


(あの時の隠された本音も切羽詰まった僕が口付けて飲み込んでしまったのだから……もう分からない。それでも……)



「此処が……心が、苦しいの」



(僕のことが好き過ぎて、放って置けなくて……心が苦しかったのかな。だからあのキスの後に笑いながら泣いていたのかな)

 その数週間後にメリッサが殺されて、何もかも後悔して何日も泣き明かして得た胸の苦しさ。その苦しみと今のメリッサが言う苦しさが同じ秤の上に並ぶ重さなのだろうか。

メリッサの苦しみが篭る言葉を聞きながらレギュラスは小さく自嘲する。

(メリッサが苦しんでいるのに、結局僕は自分のことばかり考えている。前回と今の僕は、本当は何も変わっていないのかもしれない……それでも傍に居させて)


 失って得る苦しさと共にいて得る苦しさならば……喜んで後者を選ぶ。

苦しい、苦しいと互いに子供のように泣きながら抱きしめ合って生きる方が心が救われる。冷たい亡骸の前でひとり孤独に包まれ咽び泣く苦しみは何度経験しても心が血を流す。

もう嫌だと根を上げたのはどちらが先だったろうか。それすらレギュラスの記憶では曖昧になり果てた。


 目の前でレギュラス以外のことで苦しむメリッサ。その子を通して過去のメリッサとの出来事へ想いを馳せ、取り返しのつかない過去を思い返し苦しむレギュラス。

どちらも何かしらの理由で苦しんでいることだけは……無意識にでも分かるだろうか。



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