ボーダーラインを飛び越えて 1

□twenty-third.
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 リーマスは意気込むジェームズの眼前に手を翳し制止を求めた。ヒラリと手が眼前から消えるのを見つめていたジェームズはリーマスへと不思議そうに聞き返す。

流石にピーターもリーマスが言わなくてはいけないと思う言葉とジェームズが言おうとしている言葉のちぐはぐさに気付き、不安そうに二人の顔を交互に見た。

「待ってジェームズ。君は怒らせたことを謝るつもり?何でメリッサが怒ったか覚えていないの!?」
 
「だって僕はスニベリーを虐めただなんて思っていないから。仮にそう見えたとしても僕は何も悪くないと思ってる。だから取りあえず怒って泣いたメリッサには謝るけど……」

「え、え……え?ジェームズとリーマスが言いたい事全然違うじゃないか……ね、ねえシリウス。どっちがメリッサ怒らないと思う?」

「はあ?俺かよ……」

 困ったように頭を掻くシリウスは天井を仰ぎソファに全身を任せて難しい声色で言う。

「二度と話しかけるなって言われたら……俺ならその言葉の通りに酌むけどな。話し掛けたらメリッサの場合余計に怒りが増しそうじゃねえ?」

「話し掛けなきゃメリッサと死ぬまでお喋り出来ないなんて僕は嫌だよッ」

「死ぬまで怒り続けるってことかよ……うわぁ、レギュラス大丈夫かよ……」

 一人違った方面に頭を悩ませるシリウスを置いて、リーマスは何度言っても決して自分の意思を変えようとしないジェームズに呆れ返り、一応助言をして口を閉じた。

「多分今のジェームズの謝り方をするとメリッサはもっと怒るよ」

「そんなこと言われても困るなぁ。これ以上何を謝ればいいのか……見当もつかないや」

 腕を組み唸りながら悩むジェームズ。ピーターはまた振り出しに戻ってしまったような雰囲気に困惑し、数時間ぶりに紅茶を入れようと腰をあげて皆から全力で引き留められた。

渋々座り直すピーターにホッと肩の力を抜いたのは全員同時だった。












 ちらほらと寮へと上がっていく生徒が増えていく。時間は十時を過ぎており流石のリーマスも少々心配になったらしく頻りに入り口に視線を送っていた。

心配のし過ぎでまたソファに倒れ込むジェームズとは違い、シリウスとピーターは今度こそちゃんとした紅茶を飲み、ゆっくりと二人の帰りを待っている。


 そんな心配の中で入り口からレギュラスとメリッサが戻ってきた。

誰よりも先にリーマスが「あ……」と声をあげると反射的にジェームズが起き上り、ソファの背凭れから大事な妹を見つけ水を得た魚の如く元気に跳ね上がる。

ピーターが感動の声をあげる声すら聞き流しジェームズはメリッサへと近付き普段通り声をかけた。キラキラと輝くハシバミ色の瞳には謝罪よりも会えて嬉しいと言いたげな明るい光が灯る。


「やあメリッサおかえり!お兄ちゃんはとてもとても反省したよ、泣かせちゃってゴメンね」

「……」

 あまりに眩しい笑みのまま謝られてメリッサは瞠目するが、すぐに視線を逸らしそっとジェームズの横を通り過ぎソファに座る三人にも目もくれず、寮の階段までレギュラスと共に俯いて進む。

そうしてレギュラスにだけはにかんだ笑みを向けて挨拶をするとメリッサは、レギュラスに笑顔で見送られて寮への階段を上り姿が見えなくなる。

レギュラスも完全に見えなくなったのを確認し黙って背を向けて自室へと続く階段を淡々と上り見えなくなってしまった。


 すべてを見ていた三人は何とも言えない空気の中、入り口に突っ立ったまま動かないジェームズの寂しい背中を見つめ、リーマスは幾度目かの溜息と悪態をつく。

「……だから言ったのに」

 その言葉が引き金だったのだろうか。最早我慢の限界だったかもしれない。石の彫像と化していたジェームズがふらりと背中から絨毯に倒れ込み動かなくなった。

シリウスが慌てて飼い主にかけよる犬の如く近寄り、声をかけたり体を揺すったりとしたが起きない。シリウスは黙ってジェームズの顔を見下ろし、真顔で指差しながら惨状を簡潔に伝える。

「笑顔のまま気絶してるぜ」

「……笑顔?」

「ああ。とびっきりの笑顔だ。俺もこんなジェームズ初めて見たくらいだし記念に写真撮るかな……よし、レギュラスに借りてくるついでに謝ってくる。ピーター!ジェームズ頼むな!」

「うええ!?僕……う、うそでしょ……」

 空気を読まずレギュラスの元へとダッシュで駆け抜けていく……一般的な兄弟の仲直りの仕方を知っている兄はあっと言う間に見えなくなった。

絶句するピーターの腕を掴みリーマスは非常に機嫌が垂直落下しながらも、百万本の向日葵のような笑みを浮かべ気絶するジェームズの元へと近付き二人がかりで、ノロノロと四人の部屋へと向かう。

シリウスがいればこの役目は彼がやる筈だったのに……と文句を言うピーターの言葉すら無視をして、黙々と重い足取りで階段を一歩ずつ上るリーマス。


 どんどん機嫌が悪くなっている中でもジェームズの体を部屋に運んでやろうと気を遣う性根の良さは健在らしい。

そんな中で唸りながらも小柄な体でピーターよりも重いジェームズの体重に喘ぎながらも、ふと思い立ったのかピーターは横髪で顔がよく見えないリーマスへと疑問を投げた。


「そういえば、どうしてメリッサは例のあの人が笑って人を殺す事を知ってるんだろう?そんな噂も無いし会った事がなければ分からない筈なのに」

「……今はどうでもいいでしょピーター。ジェームズを部屋に連れていくことだけを考えて。じゃないと僕が倒れる」

「う、うわあご、ごめん。頑張ろう?」

「…………うん」

 息も絶え絶えな様子のリーマスが倒れないようにピーターは、誰よりも力を振り絞り歯を食い縛ってジェームズの体を運んでいく。

途中からぜえぜえとはっきり聞こえるリーマスとピーターの努力の声にジェームズは百万本の向日葵の笑みを崩すことはなかった。





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