ボーダーラインを飛び越えて 1

□twenty-second.
3ページ/3ページ



 声を殺しながら泣くメリッサを見続けている内にふとレギュラスは過去の記憶を思い出していた。

一番初めの記憶以外で彼女は何度か泣いたことはあったが、それはこんなに心を痛め苦しんだ泣き方では無かったとレギュラスは思う。

だから今回のこの泣き方はお互いにとって初めてだ。親指の腹で赤くなってきた目尻を拭ってやると、澄んだ水の膜を張るハシバミ色の瞳がゆるりと瞬きをして、レギュラスを見上げた。


 三十分ほど前にその瞳にあった苛烈な感情はすっかり消え失せ理性が灯る。瞬きの度に目尻から頬を伝う雫に小分けにして追いやられたのだろうか。

見るからに落ち着きを取り戻していたメリッサの様子に握っていた手に力を籠め、レギュラスは淡く微笑む。久しぶりに出した声はどこか掠れていて自分まで泣いたみたいだとレギュラスは思った。


「大分落ち着きました?」

「……ええ。付き合わせてごめんなさい」

「どうか気を病まないで下さい。僕がメリッサを放って置けなかっただけなんです。僕が勝手に傍にいて……迷惑じゃありませんでした?」

「ふふ、……全くそんなこと思わなかったわ……ありがとう」

 レギュラスの言い回しに久しぶりに微笑むメリッサはホッと肩の力を抜いたように感じ取れた。そんな姿を見るだけで気を遣った言い回しをしてよかったとレギュラスまでも安心する。

少々和んだ空気の中で言い辛そうに何度か言葉に詰まりながらもメリッサは感情を吐露していく。

無理しなくても、とレギュラスが言った所であなたに聞いて欲しいと返されたら、思わず頬を染め口籠るしか出来ない。何回も耐えるように手を握り返す白い手にレギュラスは彼女の強い意思を感じていた。


「私はずっとお兄ちゃんに甘やかされて優しくされるのが当たり前で、皆にもそうしているのだと思ってたの。でも……それだけじゃなかったのね。あの時お兄ちゃんが別の人間に見えて、怖かった」

「……はい」

「多分私は、お兄ちゃんに笑ったまま人を傷付けて欲しくない……のだと思うの。虐めるのも本当は良くないって分かるけどそれ以上に私は悪魔みたいなお兄ちゃんを認めたくないのよ……」

 ふるりと頭を振るうメリッサ。大事にされてきたからこそレギュラスよりもショックは大きく、本人の中での兄のギャップも激しいのだろう。

認めたくないと零す彼女がその言葉とは少し意味合いの違う表情を浮かべていることにレギュラスは気付き、刺激しない程度に指摘する。

「認めたくないと言う顔というよりは、困っている表情に僕は思えてしまいます……」

「困ってるわ。だって……私お兄ちゃんに今まで生きてきた中で大嫌いなんて言った事なかったの。それに二度と話しかけるなって……これからどんな顔をして会えばいいと言うの……」


 眉をハの字にして悩むメリッサを見て彼は穏やかな笑みを浮かべたまま、表情と比例する声色に一欠けらの淡々とした思いを乗せて助言する。

ぽっかりと開いてくる彼女の口が何とも子供っぽくて、助言通りに実行するのがどんなに大変かレギュラスは現時点で分かってても、彼女の為を思い……言葉を続けた。


「ーーメリッサは何一つ間違っていない。あの状態の兄を認めたくない上に会いたくも無い……ならばその通りに実行しましょう?」

「……え?」

「徹底的に避けるんです。彼があなたの思いをちゃんと理解できるまで……許していないふりをするんです。何度謝られても泣き喚いても、無視をする。割と効果はある筈ですけど」

 呆けたままだったメリッサは酷く困惑した面持ちで簡単には頷こうとはしない。それほどに彼女の中の兄は大切なのだ。

レギュラスにとって前回まで家族をメリッサより優先してしまったように。やはり簡単に切れないのが家族。

どんなに非友好関係であったレギュラスでさえそう思うのだから、仲の良いメリッサなら強く思わない訳が無い。


 だったら尚更実行しないといけないとレギュラスは考える。泣いた跡が色濃く残るメリッサと視線を合わせて一言一言に思いを乗せて伝える。

「多分ジェームズ先輩は今メリッサに面と向かって言われた言葉に悩んでいる筈です。これって僕からすれば、あのジェームズ先輩が……ってなるんです。だって彼が本当に他の意見を聞くのは限られた人間だけだから」

「そう……かな?お兄ちゃんはさっきの私の言葉に耳を貸さなかったよ」

「そうでしょうか。僕には途中から一字一句逃さない位聞き入っているように見えました。あれはメリッサだけに与えられた特権なのだとも同時に思いましたよ」

 キーワードは大嫌い。そのワードの後のジェームズは正直吸魂鬼にキスをされた囚人にしか見えなかった。

毛色が違うが、崖から突き落とされ荒れ狂う波間の尖った岩に頭をぶつけるのを待つ人の顔にも見えた。要は死ぬレベルのショックに等しかったのだろうとレギュラスは推測する。

きっとセブルスやシリウス、レギュラスが言った所で精々困った顔をするか鼻で笑うか……その程度の傷も、メリッサが言えば死の呪文と同等に跳ねあがる。


ーーきっとこの機会はこの兄妹の何かが変わる大事なチャンスなのかもしれない。 



「ねえメリッサ……ジェームズ先輩が変わる所見たくありませんか?本当の敵を見誤ることなくグリフィンドール生として騎士道を貫く彼の姿を、見たくはありませんか?」

「……見たい、けれども……」

「その変わる為には少しだけメリッサとジェームズ先輩の距離を置いて、彼が頭を冷やして何故あなたが怒ったのか理解して貰う時間が必要なんです。辛いとは思いますが……試してみませんか」


 レギュラスは優しくもあり、だが確実にメリッサがYESと答える質問を投げかけていく。ぐらりぐらりと彼女の心が揺れている様で不安を隠す様に単純に重なり繋ぐ手を、深く絡めてくる。

それはレギュラスにとって獲物が自ら蜘蛛の巣に引っかかって来たようにも感じ取れて、逃がす物かと安心させる為に握り返す。

打算的に物事を運ぼうとする自身の思考回路に少々嫌気は差す物のレギュラスは今更だと内心鼻で嗤う。スリザリンらしい面をフル活用してでも何かを変えなければならないのなら、手段など選ばない。


 自分を奮い立てるつもりでレギュラスは浅く息を吐き腹の奥まで吸って……絡める指をより深く握り締める。

口に出す言葉はいつの記憶でも必ず一度はメリッサに言っていた言葉だ。だが今回は確実に何かが以前と違う結果を引き寄せる物凄く力のある呪文にも感じられた。

僅かに震えてしまう声にメリッサが不安にならないようにと願いながらレギュラスは、本心を熱い眼差しと言葉に乗せて告げた。



「ーー辛い間も僕が、メリッサの傍にずっといますから。僕と一緒に……辛い事を乗り越えて下さい」



 まるでプロポーズとでも取れる言い方にメリッサが驚くが数秒考えた末に、彼女はレギュラスへと苦笑と肯定を返す。

その瞬間レギュラスは黙っていられず反射的に彼女を引き寄せ歓喜に震える体でメリッサをキツく抱き締めた。

彼女の肩口に顔を埋めると昔と全く同じ匂いがして、レギュラスは訳も分からずに泣き喚いてしまいたくなった。



.
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ