ボーダーラインを飛び越えて 1

□twenty-second.
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 相も変わらずお道化た態度で肩を竦めるジェームズの言葉の通り、二つの寮は他寮と比べ敵対意識は強い。いがみ合ったり卒業後には闇払いと闇の陣営とでほぼ別れる程に関係は水と油に近い。

勿論中にはリリーとセブルスや過去のレギュラスとメリッサといった寮の隔たりを越えた関係を構築する場合もある。しかし本当に稀だと言えるだろう。

スリザリン側からしてみればグリフィンドール生は幼稚で正義感が目障りな集団だと思うし、グリフィンドール側からすればスリザリンはいけ好かない闇に堕ちる集団だと信じて疑わない。


 セブルス以外にもこういう目に合う人はいる。現に虐めているのが仲の良い先輩達じゃなければ二人はそっと踵を返していた可能性があった。

それでも妨害するマネをしてしまったのは紛れも無く血の繋がった兄達が、人を傷付けることに笑っていたから。それ以外の理由など後付けに過ぎなかった。


 今もジェームズがセブルスを虐めてそれが正しいのだと何の躊躇いも無く言う言葉の鋭さにメリッサは、恐る恐る首を振った。

ジェームズと比べても儚く聞き逃してしまいそうな声には、耳を塞ぎたくなるほどに悲しみと失望が散らばっていてレギュラスは胸の奥が苦しくなる。


「そんな悪魔のような笑みを浮かべて……何を言ってるの。お兄ちゃんはただそのスリザリン生をいじめる口実が欲しいから、そんなこと言ってるんでしょう……っ」

「何を言ってるのメリッサ。僕は勇敢なグリフィンドール生として真っ向から闇に浸る危ない奴に反対してるのさ。それにスニベリーだって今までやり返してきた。お互い様さ」

 しれっとした態度で言い返すジェームズ。何の迷いも無く、一直線に伸びる鉄の棒がその身に通っているのかもしれない。

メリッサを猫可愛いがりして全てを受け入れる様に見えても譲れない部分もあるようで。聞き分けが悪い方がずっとマシだとレギュラスは思えた。


 兄の拒絶にも取れる言葉を聞いたメリッサはグッと唇を噛み締め、今まで下ろさなかった杖を下ろす。

足元の芝生を見下ろす彼女のローブから覗く手が拳となり小刻みに震えているのを見つけたレギュラスが心配して声をかけようとした瞬間ーーメリッサは勢いよく顔をあげ、大粒の涙を流す。

悲痛な面持ちの中には強い怒りが混ざり合い、普段の柔らかいハシバミ色の瞳は影も形も無い。

まっすぐ睨みつけられたジェームズはどうやら動揺しているらしく、メリッサのボロボロと零れる涙に反射的に一歩踏み出して、投げつけられた言葉に歩みを止めた。


「……ーー大嫌い」


 ひゅっと息を飲む声がジェームズから聞こえる。同時に彼の余裕がガラス細工を叩き付けた様に砕け散っていく。

痛いほどに刺々しいメリッサの叫びが空気に溶けずに響き、涙を幾重に重ね芝生を濡らす。ジェームズが天使と可愛がる妹をこんな痛ましい姿に変えたのは紛れも無くジェームズ自身の所為だった。

彼がその答えに辿り着けたのかレギュラスには分からない。ただメリッサが言葉を重ねる度に傷ついた顔に変わるその姿に嘘偽りは無いと信じたい。


「ッ人を笑って傷付けて、自分が正しいなんて思うお兄ちゃんは悪魔よ!大嫌い!!もう顔も見たくないっ二度と話しかけないで!ーー大嫌い、大っ嫌い!」


 絶句するジェームズを畳み掛けるように罵倒していくメリッサの苦しい液体で揺らぐハシバミ色の瞳には失望が色濃く表れていた。

目に見えない攻撃呪文を浴びせていると同等だろう。黙ってみていたシリウス達もジェームズが固まる姿に黙っていられず、彼の肩に近付き揺らしたがハシバミ色の瞳は視線を逸らせない。


 よろり。逃げの空気を悟ったセブルスがゆっくりと後退していく。悪戯仕掛け人はジェームズに気が行き気付く事も無いだろう。

レギュラスはこっそり杖を出して彼の泥を無言呪文で払う。すると呆気にとられたセブルスの視線がレギュラスと交わり、小さく会釈をしたレギュラスに何とも言えない顔をして口の動きのみで感謝を伝えてくる。

そのまま後退していき十分な距離を取ったと判断しローブを翻して足早に去っていく。それを見届けたレギュラスはようやく動き出す。


「お兄ちゃんは酷い人間よ……っ人を傷付ける痛みを知らないから、だから笑って馬鹿にしてあの人を傷付けられるのッただのスリザリン生というだけで!闇の陣営でも無い人を!」

「メリッサ。もういいです、大丈夫ですから。ちょっと落ち着きましょう、ね?」

「敵と信じきって傷付けることが、マグルを殺すヴォルデモートと何が違うの!?いまのお兄ちゃんは笑って人を殺すあの人と同じよ!」

「メリッサ、メリッサ……もう見なくていいです。ジェームズ先輩と目を合わせなくていいんです。ほら、僕の手で隠してあげるから……大丈夫。そっと深呼吸をして」


 理性を手放し叫ぶメリッサの背後へと回りポッター兄妹を繋ぐ視線の糸をレギュラスは断ち切る。

何度も手を繋いだレギュラスの手でメリッサの瞼をそっと閉じさせ、そのまま目を覆う。そのまま背後から彼女を抱き締めれば、ふらりとジェームズが膝をつく。

シリウス達が膝をついたジェームズを支えるのを視界に収めたレギュラスは、腕の中で浅い深呼吸をするメリッサの涙が手を濡らす感覚にそっと彼女の髪に擦り寄る。

だがすぐに離れてジェームズを抱える悪戯仕掛け人達の中で、唯一冷静な理性を吹き飛ばしていないリーマスと視線を合わせ、簡単なやりとりをした。


 それはレギュラスが思っている以上に焦った声が出ており、今この場で一番冷静なのは間違いなくリーマスだと笑いたくもなる。

「このままメリッサを連れて寮では無い別の場所で落ち着かせます。ジェームズ先輩は……」

「こっちは談話室にでも連れていくよ。そっちも夕食どころでは無いだろう?メリッサが眠くなる頃に帰っておいで」

「……はい。失礼します」


 
 そのままメリッサを連れて四人に背を向けるレギュラスは、周りから好奇心の目を向けられないように目くらましの呪文をかけ、二人はザクザクと芝生を踏む音だけを立て学校へと入った。

メリッサの目を覆うレギュラスの手は水を掬ったようだ。だが何も気にせず優しい言葉をこっそりとかけ続け、適当な空き教室へと入り人避けと防音を完璧にする。

そっとその場に二人で腰を下ろしてレギュラスはメリッサの目を覆う手を外す。伏せたままの瞳からボロボロと零れる涙はとても熱く、小さく漏れる嗚咽が痛々しい。


 上から降り注ぐ涙を受け止めて濡れるメリッサの膝元の手を握りながら……レギュラスは彼女の涙が落ち着くまで、黙って傍に居続けた。



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