ボーダーラインを飛び越えて 1

□twenty-first.
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 さり気なく現れたスリザリン精神。それに驚いているメリッサを連れて風と一体になりながら……どこかヨタヨタとおぼつかない足取りのその人を上空数メートル上から見下ろす。

それだけで分かるのは獰猛な獣にでも襲われたような怪我や身に付けるローブや制服のボロボロ加減。そしてーー赤と金のネクタイ。同寮生だ。

体格からしてがっしりしている訳では無いが女子ほど髪が長く華奢な体型でも無い。間違いなく男。そして鷲色の掻き乱れた髪……それは二人の記憶にも新しい見慣れた色だ。


 レギュラスの腹に回る腕に少しずつ力が込められている。後ろ姿だけで彼が誰か大方の見当がついたのだろう。

それはレギュラスも同じだったが、苦くて飲めない物が喉にずっとある気分の悪さがあった。

だが覚悟を決め……足を引きずってホグワーツ城正門玄関へと向かう彼を追い越し、顔だけ振り返る。

そして……箒を方向転換させ急上昇しグリフィンドール寮へと戻る。誰もいない談話室の窓から入り窓を閉め、マントや箒、呪文の全てを取っ払い……お互い深刻な顔を見合わせた。


 その顔のまま紡がれる言葉も声も、とても固い。

たまたま居合わせてしまったにしては、彼が何者で……どうしてあんな姿になってしまったからか……判断材料があちこちに散らばっていた。

ひとつ残らず拾い上げてしまった二人の脳と思考はーー点と点を線で結び付けていき、正解へと辿り着くまでに時間はかからなかった。


「彼はリーマスだったわ。それに顔にもローブを引っ掻いた切り口も同一。多分鋭い爪を持つ……決して小さくない獣からの攻撃だと思う」

「……随分前に図書室でメリッサが言っていたリーマス先輩の食欲が無かった日、僕が本人に直接聞いて兄さんやジェームズ先輩が話を逸らしたあの日……確か満月の次の日でした」

「その日は途中からリーマスが学校に来たの。お兄ちゃん達が迎えに行ってたみたいだけど……きっとそこは今リーマスが向かう場所なんだわ」

「保健室……メリッサ。多分貴女も僕と同じ答えが出ていると思います。答え合わせをしましょう……」

 いつもと同じソファでは無く暖炉前の特等席。火を魔法でつけパチパチと燃える音を聞きながら、いつもの拳ひとつ分の距離には縋る様に互いの指が絡む手が距離を埋めていた。

まっすぐに……だがどこか遠い所を見るような目が暖炉の炎へ向けられる中でワードが埋まっていく。


 食欲不振。怪我。兄達の隠すような態度。月に一度授業を休み夕食頃に戻ってくる。そしてーー満月。

「……リーマスは多分、アレよね。がおー……レギュラス君が二番目に間違えていった方のがおーね」

「はぁ……本当は禁止令にしたい位ですけど、今ほどその言葉に癒される事は無いでしょう。メリッサの言う通り……が、がおー……の可能性が高いです」

 獅子では無い……狼の方を二人は指していた。そしてレギュラスは随分昔に闇の陣営の中に人狼が何人かおり、その中でリーダー各であるフェンリール・グレイバックの存在を思い出す。

彼自体が子供を噛む事で同種を何人も闇の陣営に引き摺り込ませるのが仕事だった。もしかしたらその関係で……と考えるのは簡単だった。


 絡める指が何度も居心地が悪そうに絡み合っては離れ、またすぐに絡む。

お互いにどうしようもない友人や先輩の秘密を握ってしまったことに戸惑っているのだろう。暗い顔をするメリッサが零した弱音にレギュラスは少なからず同じ思いを感じていた。

「人狼……何だかリーマスの知られたくない秘密を知ってしまっても何も嬉しくないの。寧ろ踏み込んで欲しくないであろう所へ踏み込んで荒らしている最低な気分よ」

「……同意します。とても重い何かを飲み込んでしまった気分で……もしこの秘密の持ち主が自分だったならと考えると、無遠慮に本人に質問した僕が悪魔のようで……酷い事をしました」

「ねえ、この事絶対に誰にも言わないように秘密にしておきましょう?勿論リーマスやお兄ちゃん達にも……」

「そうしましょう。がおー禁止令と共にこの話題も禁止です」

 ギョッとした顔をするメリッサがレギュラスを凄い目で見つめてくる。だがレギュラスは撤回する気は無かった。

ツンと素知らぬ振りで絡める手の感触を確かめている。そんな姿にショックを受けているメリッサが何かを言おうと息を吸い、だがそれは言葉にならず乾いた咳として出た。

ただ噎せてしまっただけだろうとは思ってもレギュラスは、そっとメリッサの腕を引き女子寮へと続く階段の前で手を解放する。


 大丈夫なのに。そう顔に書いているメリッサにそっと心配を込めて納得して貰う。

「本格的に体調不良になる前に今からでもちゃんと寝ましょう?朝まで連れ回した僕が言える話では無いですけど、酷くなる前に……ね?」

「……がおー禁止令を解除してくれるなら部屋に帰る」

「……星を見る時以外絶対に口に出さないと約束して下さるなら、解除します」

 溜息まじりの解除宣言に嬉しそうにしたメリッサは挨拶もほどほどに階段を駆け上がっていく。現金だなぁと思うがレギュラスも口元がどうしてもにやけてしまう。

マントと箒を縮め拡張魔法をかけたローブのポケットに入れたレギュラスは冷たい冬の空気を纏う男子寮への階段をゆっくり上がっていく。

ナチュラルに手を握り合っていた何ともいえない感触を忘れられないまま。

何度か握る仕草をして、隠していた愛しさを掌へキスとして落とし、大切そうに掌を握りしめた。



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