ボーダーラインを飛び越えて 1

□twenty-first.
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 急に眼前に掌を向けられたことに驚いてはいたものの素直なメリッサは何の迷いも躊躇いも無く、レギュラスの手に自身の手を重ねた。

触れた途端に感じる体温の暖かさ。性差がまだついていない幼い手。お互いに骨など入っていないと勘違いしそうなほどに柔らかい感触。彼女の方が爪が伸びている。指の長さはレギュラスの方が勝っていた。

ただ触れて見てみるだけでこんなにも違いがある。今まで何度も子供らしく手を繋いだことはあったが、ここまでまじまじと見た事は無かったのでレギュラスはとても新鮮な気持ちだった。


 手比べをしているの?と訊ねてくるメリッサは新しい遊びを誘われているとでも思っているのだろう。緊張の欠片も無い。
 
そんな様子がどう変わるのだろうとレギュラスは笑みを深めて優しく言葉を紡ぐ。


「いま手比べのように触れているこの状態を友情だとします。ハイタッチや握手といった行為もこれぐらいの接触ですよね」

「うん。お兄ちゃんとかパパやママが私の手を引いてくれる時もこれくらいの接触よ」

「その通り。じゃあこれが恋愛感情に変わるとーーこうなるんです」

 スラリと伸びたレギュラスの指が二人の触れ合う指同士からゆっくりとずらし、メリッサの指を第一関節……第二関節と通り過ぎ指の股の限界まで辿り着きーー握り込む。

簡単に振り解くことが困難であろう握り方と柔い肌が僅かに沈むくらいに籠められた力。決して痛みは無いのだが、初めて見る握り方にメリッサはぱちぱちと瞬きをする。

ちらりとレギュラスを見てくるその顔には「これがどうして恋愛感情なの?」と書いてある。

嘘がつけない子だと改めて思いつつレギュラスは、一方的な手の繋ぎ方を見下ろしてメリッサへストレートに頼みごとをする。その方が効果的だと彼は知っていた。


「僕がやった様に握り返してみて下さい」

「こう……かな?」

 頼み事はその体が覚えており違和感なく行われたようにレギュラスは思えた。ただメリッサは羞恥心よりも知的好奇心が勝っている様で興味深そうに眺めている。

いっそのこと頬のひとつも染めればいいのに。話の流れが今日の辿った流れでは無く、ただ純粋にあなたと手を繋ぎたいとでもいえば何かが変わったのかもしれない。

そう残念に思う自分がいることにレギュラスは苦笑を隠せない。レギュラスは最初の時を除いてメリッサを恋愛感情以外のもので見た覚えなど無いからこそ……綺麗ごとでは済まない感情が愛おしかった。


「さっきの友情の時よりずっと深くて、どちらかが離そうとしない限り離れにくい繋ぎ方ですよね。恋愛感情とよく似てると僕は思います」

「離れたくないってことかしら?」

「それは勿論。だけどそれ以上に、欲しいんです。出来るならばその全てを。執着や束縛とでもいいましょうか……目を逸らしたくなるほど汚い感情も出てきてしまうけれど、きっと求めるが故に……なんでしょうね」

 クスリと口の中で小さく笑いを転がしたレギュラスは、まっさらな雪原のように穢れの無いメリッサの眼差しを見つめたまま、握る手の輪郭を確かめる。

視界の隅で白人特有の白さの中で月明りで桜貝のような爪に艶が乗り、いつかの縋る手を思い出しそうになった。


「では何故求めるのでしょう?ーーそれはその人に恋い焦がれて、息もままならない程に胸がざわつき、恋心が暴走するからです。こうやって……手を繋ぐ。肩に触れる。キスをする。一度でも触れたいと思えばーー」

ーーそれは恋なんです。


 言い切ったレギュラスの優しい表情がメリッサの見開く瞳に映る。

彼女がどこかの部分で反応しピクッと手を動かしたのに気付き、恋愛感情と友情の違いを理解してくれたのではないかとレギュラスは思う。

瞬きも控えて唖然とレギュラスを見ていたメリッサがそっと瞼を下ろす。そうして……彼女の方からぎゅっと手を握り返し、困ったように眉をハの字にして笑いを零していた。


「そっか……何だか色々分かった気がする」

「そうですか。ならばこの手は離した方がいいんでしょうけど……実は僕、離したくありません」

「……それはどちらの気持ちでいってるの?」

「どっちでしょうね?」


 調子に乗った答えを返すとメリッサはまた苦笑を浮かべて……レギュラスと繋ぐ手へ視線を落とし今までで一番優しく微笑んだ。

メリッサもまだレギュラスと手を繋いでいたいと思っているのだろうか。それならば少し場所を西へとずらしていく月に届きそうなくらいに舞い上がってしまいそうだとレギュラスは思った。






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