番外編

□ハンター来襲
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 十時に漏れ鍋で。そう約束を取り付けたのは事実であり休暇中の久しぶりの対面に喜ばない訳がない。

それはメリッサは勿論だったがジェームズも一応喜んでいたのだ。そこに例えジェームズが好きでは無い相手がいようとも……

だがこればかりはジェームズも目玉が飛び出てしまうほどに驚く以外に出来やしないだろう。


 突然リビングの暖炉から現れたーーレギュラス・ブラックは煤一つ付けずに、年上受けする愛らしい笑みを携え挨拶をした。


「どうも、朝早く失礼致しますポッター夫妻。いつも兄共々お世話になり感謝しきれません。些細な物ですがどうぞお納め下さい」

 そうハキハキと笑みを崩さずに言うレギュラスはソファの上で驚き固まるジェームズの横を素通りし、キッチンの方にいる夫妻へお土産を差し出す。

少々固まっていたようだが対応も言葉使いに至るまで丁寧なレギュラスにより正常な理性は早々に戻ったらしい。あっさりと丁寧に包装された土産を受け取り、朗らかな笑みで対応し始めた。

「あらあら……いいの?悪いわねえ。そうそう……あまり気を遣わなくていいのよレギュラス君」

「……レギュラス君、あ、いいえ。本日もですが僕のみならず兄までもお世話になっておりますし……もしかしてご迷惑だったでしょうか……?」

 レギュラスが前半にメリッサと同じ呼ばれ方をした事にドキリとしたとは思えない切り替えを見せる。後半部分の申し訳なさそうな顔に夫妻は簡単に良心を打ち抜かれてしまった様子だ。

慌てて「そんな事は無いんだよ」と声を揃えて前のめり気味に言うので……レギュラスの顔が安心した表情へと移行していくのを見届けてしまったジェームズは立ち上がり、心の底からの本音を叫ぶ。


「りょ、両親の心までも奪うなんてーー僕は許さないよ!!」

「まだ寝ぼけているのかジェームズ?ハハハ。ほらレギュラス君が迎えに来てくれたのだから早くメリッサを起こしてくるんだ」

「父さん!?何を言ってるんだい!?朝っぱらから我が家の平穏を壊そうと襲撃してきたハンターを野放しに出来る訳が無いよっ」

「あーハハハ、すまないねレギュラス君。騒がしくしてしまってね……ほら行ってきなさいお兄ちゃん」

 珍しくも父から背を押されリビングを追い出されようとすれば反抗してくるジェームズだったが、許されざる呪文よりも効く一言に心臓をノックされ、悔し気にレギュラスを睨みつけ走り去っていく。

バギャンッと壊れそうな強さでドアを閉めていったジェームズの怒りが伝わるレギュラスだったが苦笑いを浮かべるしかない。

二人の兄が母体に忘れてきた丁寧さや謙虚さを纏めて背負って生まれてきたような存在にポッター夫妻は、上機嫌にレギュラスをソファへと座らせ夫妻と対面する形で会話はリズムよく回っていく。


「僕も多少思ったのですがやはり朝の時間帯に会いにくるのは、やはりご迷惑では御座いませんでしたか?」

「あと一時間早かったら少し難しかっただろうが我々には丁度良い時間だったさ。ただジェームズは寝起き気味だったから……ちょっとレギュラス君にキツく当たってしまったみたいだ。悪いね」

「ははは……ジェームズ先輩はいつもあれ以上に元気ですからお気に無さならず。寧ろ言われないと体調悪いのかと心配です」

「あら!そんなにジェームズは元気なの?流石ねえお兄ちゃん」

 レギュラスの言葉に含まれた元気の意図を深く読まなかったポッター夫人が頬に手を当て嬉しそうにしている。ご当主は読めてしまったのか苦笑して頬を皺が目立つ指で掻く。

レギュラスは自身の両親とはまた違う子供を思う姿に微笑ましい気持ちだ。

読み取ってしまったであろうご当主に付け加える様に「ですが……」と続ける言葉に笑顔の意味は明るいこの家族に相応しいものへと変化していく。


「ですが……そうやってジェームズ先輩が僕に声をかけて下さるから、僕はより一層寮に馴染めたんです。本当に感謝してもしきれません」

ーー何を言われようと、他所からどんな勘違いをされようと……ああいうコミュニケーションさえ僕にはとても大事なものなんです。


 そこでポッター夫妻を見たレギュラスは心からの言葉に、子供らしからぬ背景に溶けだしそうな淡い笑みを添えて言う。

その言葉をポッター兄妹が聞けば真逆の反応を見せるだろうと思いながら。ただ兄妹を思って紡ぐ言葉はレギュラスが思っている以上にどこまでも優しい声で。ポッター夫妻の胸へと届く。


「あの兄妹をこの世に産み落として下さり本当にありがとうございます。僕はあの人達に出会えて本当によかった。この言葉をずっと……あなた方に言いたかったんです」








 非常に穏やかでリラックスをしたまま弾む会話に水を差す様にバタバタと騒がしい物音が近づいてくる。

その音にポッター夫妻が「漸く来た」と顔を見合わせ笑い、レギュラスにも「お待ちかねの人達よ」と茶化してくる。柔く微笑み頷けば勢いよくドアが開き、くぐもっていた会話が飛び込んできた。


「だから言ってるじゃないか!レギュラスがこんな朝っぱらから来ちゃったんだって!お兄ちゃんはいつだってメリッサに真実しか言わないだろうっ」

「だからこんな朝から彼が来る訳が無いでしょうっお兄ちゃんは本当はレギュラス君のこと嫌いじゃない癖に変な冗談をいうのは止めて!」

「どどど、どこからそんなガセネタ持って来たんだい!?ピーター?リーマス?」

「シリウスよ!」

「あいつ……今日あった時覚えてなよシリウス……」

 この場にはいないシリウスへと悪態をつくジェームズの背後で、不機嫌そうなメリッサが淡い花を散らしたワンピースを纏いリビングへと入る。

すると普段はキッチンにいる筈の母が見え無い事に首を傾げファミリー用のソファへ顔を向け、石の様に固まる。ハシバミ色の瞳の先には兄の冗談だと思っていた例の人が映っていた。

「おはようございますメリッサ。少々早めに来てしまいましたがあなたのご両親と楽しく歓談させて頂きました。実に素晴らしいご両親ですね」

「うそ……え……レギュラス君?」

「はい。本物ですよ。ちなみに夢でも冗談でもありません」

 ぴしゃりとメリッサの思考の逃げ道を潰したレギュラスは寝起きには眩しすぎる笑みをメリッサへと向ける。

それを目を見開き見てしまい、僅かに寝癖の残る髪を隠す様に握り締めて羞恥心で頬を赤らめ、ジェームズに文句を言いながらリビングから走り去ってしまう。

怒りから理性を取り戻したジェームズがその場で振り向きバタンッとどこかへ入ってしまったメリッサへ叫ぶが……ちゃんと届いたのだろうか。


「っ私、まだ……っお化粧もしてないのに!お兄ちゃんのばか……っ」

「え!?僕かい!?でもちゃんとメリッサは寝起きでも美しいよっほら、寝癖のついた髪なんか僕と部分的にそっくりで……聞いてるかい!?ねえッ」


 妹の名前をリビング中に響くように叫ぶジェームズだったが両手に届きそうなほど繰り返しようやく諦めて、ソファにリラックスしているレギュラスに顰めっ面で近付く。

八つ当たりのように文句を言うがレギュラスは研ぎ澄まされた動作で紅茶を飲み、ソーサーごとローテーブルへと戻す。両親はどちらもにこやかに状況を見守り続けた。

傍から見ればジェームズが一方的にレギュラスへと喧嘩を売ってるようなものだが、それが彼等のコミュニケーションだと知ったからこそ生温い目で見守る。


「ちょっとさあ……レギュラスの所為で僕がメリッサに散々怒られちゃったじゃないか。どうせあと二時間もすれば会えるのにどうしてこんなことするかな。常識はどうしたの?」

「常識はある方だと自負しているつもりですがね」

「自負してるなら妙なことしないでよ……っそれに何か父さんと母さんが生温い視線を僕に向けてくるのも全部君が妙なことをした所為だろう!?」

 ぞわぞわする体を落ち着かせたいのか両腕を摩るジェームズ。それを見ながらも笑った口元を隠す様に紅茶を手に取り飲むレギュラスは、すっとぼけたように答える。

「さあどうでしょう?」

「君以外にいないんだよこういとも簡単に人の心をあっさり引き付ける輩は……!僕の両親の心まで奪い取ったハンターめ!帰れ!」

「嫌です。快くポッター夫妻も僕の滞在を許可して下さいましたし、いつ来ても歓迎するとも言って下さいました」

「あああ……これだから腹の底までブラックなハンターは……っ」


 頭を抱えて膝をつくジェームズは絶望していたが、紅茶に口をつけたレギュラスは自身のカップの中が飲む動作だけでは発生しない波紋を見ないように瞼を閉じる。

笑いを隠しきれなかった証拠で揺れるカップを傾け……こくりと飲んだ。





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