ボーダーラインを飛び越えて 1

□fourteenth.
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 様々な誤解はあったが無事にブラック家へとクリーチャーに連れられて戻って来た。久しぶりに帰って来た我が家はインテリアも匂いも装飾に至るまで何一つ変わっていない。

だというのに……リビングがどこか違って感じられる。暖炉がついているから、という問題では無く……そう雰囲気が違う。

張りつめた空気感が薄れているとでもいえばいいのだろうか。レギュラスは忙しなく周囲を見回して、不機嫌そうな足音を立て暖炉前へと進むシリウスへと疑問を投げた。

「兄さん。なんだか家が変わったような気がしません?」

「はあ?相変わらずスリザリンみてえなグリーン一色の味気ない家のままだろ」

 シリウスが嫌そうにリビングを見回し大袈裟に肩を竦めた。そうして身に付けているローブやマフラーを外しながら粗雑にソファの背凭れへ投げる。

豪奢なソファに座るのでは無く行儀悪くも暖炉前の絨毯へ胡坐を掻いて座るシリウス同様に、レギュラスもローブとマフラーを外し兄の服がかかる背凭れへ重ね置く。

そのままちょこんとシリウスの隣へ腰を下ろし膝を抱えるレギュラスを、シリウスは横目で見て茶化す声色で言うのだ。


「もしババアがいたらこの光景に目玉が飛び出るほど驚いて怒鳴り散らすんだろうな。高貴なるブラック家の者が地べたに座るなど何を考えている……ってな」

「言うかもしませんね。そもそも僕自身絨毯に直接座ったのは初めてです。案外ふかふかしてるなど知りませんでした」

「わぁお……流石お坊ちゃま。夏場に大理石で横になると凄く気持ちいいってのも知らねえだろ?」

「うわ……兄さん、そんなことしてらしたんですか……」

「なんでそこで引くんだよ」

 ケラケラと声を出して笑うシリウス。レギュラスは暖炉の暖かさを感じながら、シリウスがこの家で声を出して笑う姿などいつ振りだろうと考えていた。

きっと幼少期頃でしか見れなかった筈だと思い出せば、この兄の笑顔の貴重さがよく分かる。

同時にそれをレギュラス自身へと向けてくれることも、兄らしく弟を守ろうとあれこれ考えているシリウスの態度も。全てが奇跡にも等しいとレギュラスは心底思った。


 「レギュラス様。旦那様より言付けを……なっ!?高貴なるブラック家の者が地べたに座るなど許されません……っ今すぐソファへお座り下さいお二方ッ」

 クリーチャーがやって来たが零れ落ちそうな目をこれでもかと見開きキーキーと甲高い声で注意し始めた。屋敷しもべが仕える主人や家族に注意するなど本来ありえない光景だ。

正直レギュラスですら入学前と比べ少々口煩くなったクリーチャーに目を見張ったが、シリウスは自身の口から出た冗談が現実になったとばかりに口元を上げる。


「ババアじゃなくてクリーチャーだったか……それで、お前いつから俺達に文句言えるほど偉くなったんだよ?え?」

「ご当主であるオリオン様よりクリーチャーめが、当主ご不在時には二人の粗野等を発見次第注意するようにと仰せつかっております」

「父上がですか……?クリーチャー、父上と母上はまだ病院に?」

「いいえ。奥様が少し前に退院なされまして本日はお二人の為に腕を振るうと張り切るあまり、買い出しに出かけてしまいました。その準備に手間取りお二方のお迎えが遅れてしまい申し訳ありません……」

 また頭を絨毯に付きそうな程下げようとするクリーチャーをレギュラスが止めるように注意するが、ブラック兄弟の頭の中ではちょっとしたパニックが発生していた。


 あの厳しくて滅多に笑うこともない純血主義者の塊でシリウスに対してヒステリック気味な母がーー二人の為に料理を作る? 

お迎えをクリーチャーに任せて自ら腕を振るう為に自らの足で食材選びまで?エイプリルフールでも無いのに何故……


 そこまで考えてレギュラスは随分前に送られたシリウス宛ての手紙の内容と、母へ送った吼えメールの件を思い出す。もしかして母上は……

隣で徐々に青褪めていく金魚のように口を開閉する兄の腕を掴み、真逆の弾けんばかりの喜びを浮かばせた笑みでもってシリウスへ特大暴露をプレゼントする。

「僕が母上に吼えメールを送ったことがあるでしょう?その時に家族をやり直したいって言ってしまいました!」

「おま……っ」

「その後に兄さんに母上から冬休みにティータイムを開催するって手紙が届いたでしょう!ほら、母上も家族をやり直そうとしてくれている……っ」

 星が散らばったようにレギュラスの瞳が歓喜で煌めく。あまりに純粋に喜ぶ姿にシリウスは見ていられず、苦々しい顔でそっと視線を逸らし勢いよく燃える暖炉を見つめた。

暖炉の中で燃え尽きた薪の灰が酸素の無い中でも存在している。そして火から逃げる様に暖炉の端へと積み重なる姿を見ながら、行き場の無い思いを灰に寄せシリウスは恨みが篭る声色で呟く。


「ーー今更……なんだっていうんだ……」


 腕を掴むレギュラスの小さな手を振り解く事も出来ずに、シリウスは重い動作で足元の絨毯の柄を見下ろした。 












 共に食事すること自体が嫌だとごねるシリウスだったがレギュラスに物理的に背を押されながらディナーへと参加する。

そこには家族にとって一生忘れられない夏休みのあの日に並んだ料理よりも、ずっと豪華でクリスマス前なのに前倒ししたのだろうかと思う程だった。

ごねていた筈のシリウスだったが、彼の席に連なるこんがり焼き色のつくチキンや七面鳥が並ぶ姿を見て掌返しをし、あっさりと席に座り食事の開始の合図をそわそわしながら待っていた。


 その姿は飼い主が待てを解除してくれるのを待つ犬のようで。レギュラスも両親も緩む口元をそっと隠しながらも比較的和やかな雰囲気で食事は始まった。

鼻を擽る肉の焼けた香りとハーブの食欲をそそる香りが合わさり、最初は爪の先ほどの警戒をするシリウスだったが鼻を擽られ口に入れた瞬間に、ぶわりと蕩けんばかりに顔を緩ませる。

口にしなくてもがっつき振りと態度だけで美味しさを表現するブラック家長男に……家族からの生暖かい視線が注がれるのだが丸々二羽の鳥がシリウスの胃に入るまで気付かなかったらしい。


 それより凡そ一週間。

料理を屋敷しもべ達に任せるだけで無く母自ら作り毎食必ず肉料理が一品と絶品のスープが並び、シリウスは餌付けよろしく毎食が楽しみになるのも時間の問題だった。

……食べた後で自室や廊下で頭を抱え「また簡単に食べてしまった……!」と後悔する姿をレギュラスは何度も目撃したが、良い傾向だと足取り軽く兄の前を通り過ぎ、ゾンビのように足に絡まれ転倒。

レギュラスは勿論……父も間違われて転ぶ事件が多発し、ブラック家に食後のシリウスに注意しろとお触れが出る羽目になったので襲撃していたシリウスがまた、頭を抱え悩む姿が頻繁に目撃されるようになった。




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