ボーダーラインを飛び越えて 1

□eighth.
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 過去の記憶の中での手紙は淡々とした業務報告のようだと頭を抱えながらレギュラスは思う。

だが今回書かなければならない手紙はレギュラス自身の感情をありのまま伝えてみたかった。それを何度もチャレンジしては違う気がして手紙の文字を魔法で消していく。

何故か上手く書けない。唸っては書き直してまた消して。気が付けば朝になってしまい、慌ててベッドに入り短い睡眠を取ることに必死になる。


 渾身の作品が完成するまでは何度も手紙を書き直す気持ちでいたレギュラスは、普段の短時間睡眠とは別の精神的負担がかかり薄っすらと隈が出来てしまっていた。

それを何とか魔法で誤魔化して夜になる度に、禁書よりも手紙を優先させる日々が一週間続いたある日のこと。


 普段通り授業が終わった為、寮に戻り私服に着替えてメリッサとの癒しのある会話に元気を貰おうと思っていたレギュラスの計画を真っ二つに折ったのは、他でもないメリッサだった。

二階の魔法史の教室から出た二人だったが八階のグリフィンドール寮へ戻ろうとするレギュラスのローブを引っ張り、ズルズルと下の階へ移動しようとするメリッサに彼は慌てて声をかけた。

「メリッサ!?寮は上ですよ。だって僕等はスリザリンじゃないんですから!」

「分かってるわ。でも今から行くのは地下よ。そのあとに寮へ戻りましょう」

「正気ですか?地下から寮までの上りはキツイのに……はあ」

「私よりも体力あるのに何を言うのかしら。涼しい顔で『抱き上げてあげましょうか』と言われたらきっと惚れてしまうわね」

「……抱き上げてあげましょうか?」

「結構よ」

 彼女は中々にいい性格をしているとレギュラスは改めて思う。

記憶の中で笑顔の印象も強かった上に美化されることも確かに多かったが、実物は慣れた人にはきちんと自分の意思を切れ味良く言うのはメリッサのいい所であり、レギュラスの気に入っている部分ベスト四に入る。

ローブをいつまでも引き摺られているなど紳士の風上にも置けない。レギュラスはメリッサの背後から横に歩み出て彼女の目指す場所へ付き合うことにした。







 地下にある石の廊下の巨大な銀の器に果物を盛った絵の前で足を止める。

レギュラスはスリザリン寮の石の壁を彷彿させるこの場所にそわそわしているが、メリッサが絵に手を伸ばし緑色の梨を擽る。

するとその部分が取っ手に変わり中には沢山の屋敷しもべ妖精がせっせと働く厨房へのドアが開いた。


 長年厨房と同じ階の寮に在籍していたレギュラスだがわざわざ自らが厨房に赴く事などしなかった為、目をキラキラと輝かせ屋敷しもべ達に視線を配りブラック家にいるクリーチャーを思い出し懐かしくなる。

そんな彼のローブをメリッサはまた引っ張り近くにいた屋敷しもべに「この場で料理を作らせて貰ってもいいかしら」と声をかけ、キーキーと高い声で喜ぶ彼等に許可を貰い材料まで用意して貰う。

メリッサが感謝を述べると大袈裟なほど喜び、ご入用があれば申し付け下さいと元気よく喋り各自の仕事へと戻る彼等に笑顔でヒラヒラと手を振るレギュラス。


 そんな彼を見上げメリッサはハシバミ色の瞳をキラリと光らせ意欲たっぷりに誘う。妙なアイディア力は流石ポッターの血だと思わざるを得ない状況だった。

「じゃあクッキーを作りましょう」

「は?」





 用意された薄力粉やバター、塩などを手際よく混ぜ生地がバター色に変わってもこね続ければ、それを五mm程度の厚さに伸ばして型抜きをする。

それを炎の呪文で調節しながら熱していくと、ふわりと鼻をくすぐる甘い匂いにレギュラスは無意識に微笑む。

その様子に気付いたメリッサがクッキーから杖をよけて自然に余熱が取れるまで会話をすることにしたらしい。レギュラスと同じ表情でそっと問いかけてくる。

「どうしたの?優しい顔してるけれど」
 
「ああ……何だか懐かしいと思いまして。兄さんもまだ幼くて家族が冷めきってなかった時によくこうして母上がティータイムにスコーンやクッキーを作って下さったんです」

 今でも鮮明に思い出せるその光景。今日作ったシンプルなクッキーよりは手の込んだ紅茶味の物やフルーツを混ぜ込んだ物が目からも食欲をそそる。

食べても優しく甘い味がしてレギュラスはとても好きだった。シリウスはその頃から甘いものが苦手だった様で彼専用の甘さ控えめの物まで母は用意して、頬が膨らむほどシリウスは美味しそうに食べていた。

気難しいと思えた父すら穏やかに会話をし続ける一番綺麗な家族の思い出だろうか。いまはもう見られない光景のひとつになってしまったのがレギュラスには悲しい。


「高級な物を買うのでは無く自らの手でいつも作って下さった。それが母上の愛だったんでしょうね。普段とティータイムとでは全くの別人に見える程に優しかったんですよ」

「……そう。レギュラス君もあなたのお兄ちゃんも愛されて育ったのね。じゃなかったらレギュラス君がここまで優しい人に育たなかったもの」

 目を細めて微笑むメリッサは、見た事も無いブラック兄弟の母に感謝するようにそういうのでレギュラスは思わず目を丸くする。

訳が分からないと顔に出てしまったのだろう。クスクス笑いながらメリッサは明日の天気の話をするようにあっさりと、レギュラスにとっては魂を揺らす言葉を言ってしまう。


「だってそうでしょう?あなたは今のご両親の元に生まれて、厳しさの中に優しさと愛情の詰まる場所で育って来たから、家族を大切に思っている。その優しさは紛れも無く、ご両親からのプレゼントよ」 

「プレゼント……?」

「ええ。レギュラス君がもし家族の愛を知らずにこの場にいたなら、きっと私とはお友達になってなかったわ。不器用な愛情だったかもしれないけど確かにそれはあなたの中で息づく最高の贈り物のお蔭で、私達はこうして今も傍にいれるわ」


ーー感謝しなければいけないわね


 レギュラスは彼女の言う言葉にただ瞠目する。確かにレギュラスは元々家族が大切だった。

初めて死んでしまう時も、メリッサと同じ位に家族のことを心配し、一番綺麗だった思い出の頃に戻りたいとも思った。それは家族として過ごせた最後の幸せだから、そう願ったのだとずっと思っていたというのに。


 不器用な愛情を浴びていた時間は確かに幸せで。レギュラスが気付かない所で両親からプレゼントを貰い、それが彼自身の中で他人を思いやる慈しみの心へと昇華されたのだろうか。

それだとしたら……幸せと感じていたのはレギュラスだけでなく両親もだったのではないか。そう思ってしまえばレギュラスの顔はどんどん沈んでいく。


 急に黙り込んだレギュラスに心配そうな声をかけてきたメリッサの顔を見る事もなく、床を見続けるレギュラスは掠れた声しかでなかった。


「ぼく、は……そんな両親を、母上を……傷付けてしまったんです。軽い物では無くて、行き恥を晒すくらいなら殺してくれと願ってしまいそうな位深くて、一生物の傷を……」

 胸元で揺れる赤と金のネクタイ。レギュラスの心のように揺れていて不安定に見えた。

「吼えメールが来た時に返事を出そうと思ったのに今でもまだ……出せていなくて。いっそのこと出さないままで時間が解決してくれるのを待てばいいんでしょうか……」


 レギュラスはそれが得策では無い上に逃げだと分かっていた。それでもスルリと容易に心の声が溢れてしまったのは、レギュラスが心の底から信頼するメリッサが隣に居るからだろう。

だがそんな彼女は今までの柔らかな表情と声色を一変しレギュラスの腕を掴み、厳しい表情と声で彼を睨みつけた。

そのハシバミ色の瞳には僅かにスニッチのような金色の砂がその姿を光に反射させ、キラキラと目の中で踊っていた。その目の変化に驚くが、レギュラスはそれ以上に自分を静かに諭すメリッサの言葉に胸が痛くなる。


「ーー今逃げたらもう二度と関係は戻らないわ」

「なら、どうすれば……」

「レギュラス君は分かってる筈よ。あなたはあなたの本心をきちんと傷付けた相手に晒さなければならないの。他でもないあなたの言葉と決意で」

 そう言うと、そっと瞼を下ろし次に開いた時には澄み切ったハシバミ色の瞳が、まっすぐにレギュラスを見ていた。

金色の砂はもうどこにも見受けられない。まるで金色の砂が彼女の昂る怒りを攫ってしまったように、柔らかな笑みが戻り少しだけレギュラスを安心させる。


「お母さんって子供が幾つになってもその子のお母さんなのよ。だから……ちゃんとレギュラス君の言葉はお母さんに届くと思うの。あなたの作ったクッキーからも伝わるの」

「……そうでしょうか」

「もし手紙が嫌なら吼えメールにでもして本音を伝えてみたら?言葉って一番簡単で一番深くに残る凄い魔法だから、いつか分かってくれるわ」


 吼えメールで来た物を吼えメールで返せと言うメリッサが何だか面白くて、レギュラスはふふっと笑ってしまう。

レギュラスの迷いが完全に消えたのをその目を見て理解したメリッサは嬉しそうに笑みを浮かべ余熱のとれたクッキーを詰める作業を再開させることにした。 






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