ボーダーラインを飛び越えて 1

□seventh.
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 新入生とは思えない堂々とした歩き方は、天下のブラック家の教育が行き届きレギュラス自身により更に精錬されて、誰もが口を閉じ視線を外せない魔法でもかかっているよう。

背凭れの無い椅子に座り帽子が目深く被らされるその時に見た、かつてお世話になっていた緑と銀のネクタイを持つ席に座る人々は、レギュラスがこのテーブルにつくと信じて疑わずニヤニヤと笑い他寮を馬鹿にしていた。

そこには顔見知りもいれば社交界で媚びを売ってくる浅ましい連中もいる。唯一の身内であるナルシッサの姿も見つけたが、彼女は他と違い真顔で組分けを待っている。

 
 シリウスと同じ学年だったならばこの場にルシウスやアンドロメダといった血縁者もいただろうが生憎彼等は既に卒業してしまいこの場にはいない。

(まあ居ても組分けの結果に顎が外れる程に愕然とするんでしょうけど)


 視界が真っ暗になる感覚と同時にレギュラスは自ら閉心術を解き、組分け帽子が本来見る物以上に見せつける。

そうすると帽子はクネクネと身を捩りながら、被った本人にだけ聞こえるように語り掛けてきた。

「うーむ。君は実に摩訶不思議な体験をしてここに来たのだね。だからこそ……誰よりも心が強い。死を乗り越える為に大事な人を守ろうとする君は、偉大なことを成し遂げるだろう」

(偉大なことなんてどうでもいいんです。僕はただ、今度こそホグワーツを彼女と共に卒業してみせる。それだけですよ)

「その為にはなんでも利用してみせる狡猾さには舌を巻くよ。私には舌など無いが……さて一切の揺らぎが無い君にも一応聞いてみよう。君の血筋や思考的にはスリザリンが合うだろう。だが本質は違う。君の兄とよく似ているよ」

(兄さん……?)

「君も彼の生き様を見たならば分かる筈だ。自分の命を賭けてまで守ろうとする心の強さは許されざる呪文にも勝る。彼は友人とその息子を、君は家族と彼女を。どちらも勇敢で勇気がなければ出来ない素晴らしいことなんだよ」


 組分け帽子が何度か頷きながら心底感動しているとでも言いたげな口振りで兄弟を褒めた。そんな言葉を言われたことなど無いレギュラスは思わず何も言えなかった。

敵対していた頃は遠ざかる兄の後ろ姿をただ黙って見ていることしか出来ず、自由に振る舞う兄をどこか羨ましいと感じていたレギュラスの足元には重たい枷があり、一歩も動かせない状態にいた。

だがもうあの頃とは違う。自らの軽くなった足で地面を蹴り、兄の背中に飛びつくこともレギュラスは出来るのだ。

そしてシリウスも驚いたあとで嬉しそうに笑みを返してくれるであろう未来が簡単に想像がつく。


(僕達は兄弟だから……、きっと昔から誰よりも似ていたんです。それにようやく僕等は気付けた)

 暗い組分け帽子の中でレギュラスの口元は緩んでいた。

 彼の頭の中には赤と金のネクタイを身に付けた自分が明るい陽の下で兄や悪戯仕掛け人とメリッサ、それに家族と笑顔で過ごす日々を堪能することしか考えられない。

それを読み取った組分け帽子は「そうだろう、そうだろう」と力強く頷き、とある助言を最後に教えてくれた。

「君は名前の由来となった恒星のように強い心の持ち主だ。そんな君が死の連鎖を断ち切ったその先で望む物が見つかったならばーーまた私とお話しをしよう」

(はい。必ず……メリッサと共に伺います)

「ほほう!実に楽しみだ。いいかね、君は一人では無い。誰かの努力の末にーー君の願いは叶う事が出来る……幸運を。レギュラス・ブラック」





「グリフィンドール!」




 そう期待を込めて言う組分け帽子は静まり返る大広間中に響き渡る大音量で彼の行き先を叫ぶ。ビリビリと震える空気に幾千も浮かぶ蝋燭の灯火がぶわりと大きく身を捩る。

レギュラスの頭から帽子が外れた先に見えた明るい景色には、目玉がひっくり返るほどに驚くスリザリン生と、二年前の再来だと囁く他寮の微かな話し声。

それに家で約束した通りに誰よりも先に席を立ち全身で喜びを主張するシリウスの感極まる声と表情。そして嬉しそうなメリッサの姿にレギュラスの心臓がバクンと強く鳴った。









「やった!アイツ本当にやりやがった!!見たかスリザリン!ざまーみろ!」

 自分の事のように大喜びし大騒ぎしているシリウスが拳を天井に突き上げ、ついでにスリザリン生に向かって挑発し親指を下に向けこれでもかと狂喜乱舞していた。

悪戯仕掛け人もシリウスほどとはいかない物の喜びを見せ、あのジェームズすら驚きのあとに彼の勇気を祝し割れんばかりの拍手を贈る。

それを皮切りにグリフィンドール寮に導火線を走る火の如く拍手が幾重に重なりレギュラスを祝福する。当然のようにスリザリン生は誰一人として拍手しなかったが、レギュラスはそれでも構わなかった。


 椅子を立ち上がりレギュラスの名を呼び続けるシリウスの元へと頬を緩ませて駆け寄る。

するとシリウスは彼の名前の由来である恒星の様に眩しく笑いながら、レギュラスへ両腕を広げ「来い!」と跳ねる様に誘う。

 それは何度も生を経験した中で初めての事で。レギュラスは重責も何もない軽い足で床を蹴りあげ、その胸に飛び込む。

キツくぎゅうぎゅうに抱き締められる感覚が苦しいのに、嬉しくて。目の奥も胸の奥も熱くざわりざわりと何かが揺れるような昂りを感じる。そう、レギュラスは心の底から嬉しかった。


 兄の胸に飛び込めたことも。誰も裏切らずに自分の意思を貫けたことも。これから七年間メリッサの隣にいれることも……すべてが、今までとは違う。

ボーダーラインすらグリフィンドールにいれば掻き消せるんじゃないかと簡単に思える程に嬉しくて仕方が無かった。


 いそいそとシリウスの横に座らされたレギュラスは自分の対面席が空白だったことに目を丸くしたが、その隣にジェームズが居たことで彼の妹の席だとすぐにわかった。

そんな彼もレギュラスを見て今だけは楽しそうに笑い祝福を述べた。

 リーマスもピーターもニコニコと笑い続いてくるので、その言葉が本心だとすぐに分かり社交辞令とは違うものにレギュラスはとても嬉しく感じる。


「おめでとう。僕はレギュラスは絶対にスリザリンだと思ったのに……お兄ちゃんを追いかけてしまうなんて勇敢だね。今だけはその勇気に敬意を表するよ」

「おめでとうレギュラス。ジェームズと正面切って喧嘩売ろうとする君のことだからグリフィンドールへ入るのは適正だったね。これからよろしく」

「レギュラスおめでとう!いっぱい僕達に勉強の事とか聞いてね。全部教えるから!……やっぱ、分かるところだけね」


 そんな暖かい祝福が降り注ぐなんてまるで魔法だ。無言呪文でも使われたかもしれないと思うほどに深い言葉に包まれ、スリザリン生からの恨みがましい視線は全く届かなかった。

(外(スリザリン)から見ているだけでも暖かそうで羨ましかった。本当にここは、暖かい人で溢れている)




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