ボーダーラインを飛び越えて 1

□seventh.
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 彼女の記憶がトラウマと化した恐怖の前に揺さぶられて甦って来ているのだろうか。

だがレギュラスは記憶の有無よりも、悲しそうに黙り込んだあの日のメリッサの記憶が鮮明に甦り、あの時と同じ顔をさせたくはないとしか考えられなかった。


 緑と銀のネクタイをぶら下げ、彼女より家を守る気持ちが強く両親を裏切れずに黙る弱いレギュラスは……もういない。

彼の重過ぎる足枷を解く鍵は、固く握りしめた手の中にずっとあった。体温が移り切って暖かい鍵を使い、光の方向へ走り出したレギュラスの身は羽が生えたように軽い。


 メリッサへの想いを妨げる要因は何も無いのだ。あなたと生きていきたいと言いかけて、両親を思い出し唇を噛み締める思いはしなくてもいい……それほどに自由になれた。

だから……レギュラスは覚悟を決め深呼吸をひとつ。恐怖が消えないメリッサはあの日の表情に近いので、それを吹き飛ばす為にーー過去に自ら引いたボーダーラインを飛び越える。


「ーーその未来に僕も居て、いいですか?」

「……?」

「僕はずっと言えなかったけれども本当はずっと……あなたと同じ気持ちで未来を夢見ていました。卒業した先もずっと傍にいて、誰よりも幸せにしてあげたい。あなたの隣に僕以外がいるのは……死んでも嫌なんです」

 ハシバミ色の瞳が大きく見開き、その中にはどこか必死そうなレギュラスの姿が映っていた。

メリッサの答えを心臓を活発にさせて待つ姿はいつかの彼女と同じ立ち位置で。勇気を出してボーダーラインを越えた所為で気分が少しだけ晴れやかだとレギュラスは感じていた。

彼女が驚愕から恐怖の色を削ぎ落とし嬉しそうに目を細め小さく笑う姿に、ようやくあの日のメリッサが流した涙を拭えた気がして……レギュラスは胸の奥が熱くなる。


「ふふ……なあにそれ。プロポーズみたいね」

「あ……確かに、そうですね。でもこんな陰気臭い所で本番は絶対しません。もっと良い場所を選定してメリッサを喜ばせるつもりなので……」

 掴んでいた手首を解放したレギュラスは染みついた貴族の嗜みによりスマートに彼女へ手を差し伸べた。十一歳にしてはスラリと伸びた指は、メリッサの幼い手を求める。

茶化すように誘い言葉をウィンクと一緒に贈った彼へ楽しそうに笑うメリッサは、小さな紳士の手に白い手を乗せ彼の手助けもあり、勇気を出して船へ足を進めた。


「こんな陰気臭い場所を抜け出して、僕と一緒に未来へ歩きましょう?ーーお手をどうぞ、レディ」

「不思議ね。レギュラス君の言葉はいつも暖かくて怖い思いすら掻き消して楽しい気分に変えてしまうの。あなたと知り合えてよかったわーー小さな紳士さん」

「……小さな、は余計です」

「そうかしら。でもその言葉以外は全部私の本心なの。許して欲しいわ」

「いいですよ。もう二度とそんな言葉が言えないほどに成長してみせますから。どうぞ隣で背を伸ばしていく僕を悔しんでいて下さい」

「……酷い人」


 ぷかりと進み始める二人きりの船。他はぎゅうぎゅう詰めだというのに空気を読んでくれた新入生がいかに優秀か。

 
 波紋を何重にも重ね呑み込んだ三日月を黒く塗りつぶす水面は、今にも亡者の黒い手が伸びてきそうで恐ろしい。

だが二人の心には朧げだった未来が徐々に輪郭を鮮明に変えてきた様子に夢中で、あれだけ恐怖を感じていた湖を気にせずに楽しそうに会話を続けていた。








 船から降りた後は城へ入り、寮の説明もほどほどに上級生の待つ大広間へと通された(手を繋いでいることを注意されたので外してしまった)

最初の記憶の頃と何も変わらない四つの長テーブルと何千と空中に浮かぶ柔らかな火が灯る蝋燭。好奇心に踊る先輩方の視線が悪戯に突き刺さる。

そして屋外の満天の星空を掻き集めたような星々が光る天井……ほとんどの新入生が口をぽかんと開けてその素晴らしい光景に魅入ってしまう。

それに例外は無く隣でほぅと感嘆を吐くメリッサも、杖選びの時よりはずっと弱くハシバミ色の瞳に星々をバラ撒き、それを隣で見ているだけでレギュラスは微笑ましかった。


 引率のマクゴナガル先生の背中は相変わらず定規が入ったようにピンと伸びヒールがリズミカルに鳴り続ける。

慌てて新入生がついて行くとレギュラスにメリッサがこっそりと話しかけてきた。

「あの星の中にオリバンダーの店で見た星が見つからなかったの。レギュラス君の出した星……赤く光ってたアレが無いからつまらないわ」

「もしかしてレグルスのことですか?」

「名前を言われてもちょっと分からないけれど、心臓みたいに赤く脈打ってるように見えて……もう一度見たかった。あれほど目を奪われたことなんて無かったから……」

 そういって残念がるメリッサの横顔を一瞥し喜びでニヤケそうな顔を何とか隠すレギュラスは、騒がしいグリフィンドール席で悪戯仕掛け人を見つけ、手を振られたので軽く会釈を返す。

シリウスが小さく指先を動かし挨拶を返してくれたことに薄く笑って、内緒話をするように小声で提案するとメリッサは幼い瞳をキラキラと光らせ強く頷く。

「……いつか二人で星を見に行きません?メリッサが見たい星も、それ以外も僕が教えますから」

「うん……っ約束よレギュラス君」

「はい」

 
 また前回と違う所を作ることができたとレギュラスは安心し、マクゴナガル先生が足を止め新入生の前に背凭れの無い椅子とくたびれて布が破れたボロボロな帽子を用意し、椅子の上へ帽子を置く。
 
急に歌い出した帽子に驚く群れの中で、唯一鋭く誰よりも強い意思が篭る瞳で組分け帽子を見るレギュラス。

 ここからが正念場だ。何としてでも帽子を説得させて今までと違う寮に入らなければ話にならない。今ここでスリザリンに入ってしまえば全てを裏切ることになる。

その為に必要な事ーーそれは閉心術を使わない事だ。全てを見て貰った上で炎よりも熱く岩よりも硬い意思を酌んで貰わねば。


 レギュラスは帽子が奏でる歌など全く耳に入れずに悶々と考え事に耽っていた。

隣のメリッサが見た事も無いような、瞬きすらせずに薄汚い帽子から視線を外さぬレギュラスに彼女は少しだけ怖く感じる。

だが歌が終わる頃にふと視線を感じたのかレギュラスが急にメリッサの方を向き、安心させる笑みと共に確固たる意志を再確認したと同時に歌は終わりを告げた。


「グリフィンドール寮でメリッサを待っていますから」

「う、うん」

「大丈夫ですよ。ただ頭でグリフィンドールに入りたいって思うだけで入れるらしいです。兄さんが言ってましたから信憑性あるでしょう?」


 茶目っ気たっぷりに言うレギュラスは表面上の優しい笑みとは裏腹に、心の中ではどんな手段を用いても絶対にグリフィンドールへ入ると狡猾の極みを磨き上げる。

巻紙の羊皮紙を開き厳格な声でマクゴナガル先生は新入生をアルファベット順に読み上げていく。

Aから始まる子が二人、それぞれ組分けられ……本日の目玉ともいえる人物の名が大広間に広がり、水を打った静けさが訪れ蝋燭までも期待しているのか不自然に揺れていた。



「ブラック・レギュラス!」



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