ボーダーラインを飛び越えて 1

□first.
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 初めて聞くレギュラスの怒声に驚きながらもクリーチャーは二秒とかからず、姿現しをしてリビングの家族から少し離れた場所で、丁寧に頭を下げた。

屋敷しもべ妖精と呼ばれる小さく醜い人型の魔法生物のクリーチャーを、この家で大切に思って接していたレギュラスが、泣きながらも理性を失っているように何度も名を叫ぶ。

温厚なレギュラスの気に触れるようなことを仕出かしたのだろうかと怯えながらも、おずおずと近付いてきたクリーチャー。

彼の床まで届きそうな細過ぎる腕を掴み、レギュラスは喉が枯れんばかりに悲痛な声を張り上げ願うのだ。


「今すぐ僕を、あの洞窟へ連れていくんだ!まだ彼女が……メリッサが湖の底にっ」

「も、申し訳ありません……クリーチャーめは洞窟がわかりません」

「何を言っているんだ!?僕が死んだ洞窟だ、スリザリンのロケットを……っクリーチャーを殺そうとしたヴォルデモートの分霊箱を偽物とすり替えに行っただろう!?」


 分霊箱。そのワードに父が息を呑む。

普通の魔法使いならば知らない魔法を入学前で、従順で大人しいあのレギュラスが知っていること自体がおかしい。

錯乱したように声を張り上げ明らかに例のあの人へ敵意を持っているのも、まるで呪いにかかったようにしか見えない。

母もシリウスも困惑しながらもレギュラスの悲痛な叫びを聞く事しか出来なかった。

「いいえ、いいえ。レギュラス様は死んでなどおりません!まだホグワーツに入学前のあなた様とは一度たりとも外出などしたこともございません!」

「入学前?何を言ってるんだクリーチャー!僕はもうスリザリンの七年生だ……いや、だったというべきか。卒業前に僕は彼女と死んだのだから」

「どうなされたのですかレギュラス様……?あなた様はご自身の杖すら持っていないではありませんか」

「そんな筈……」 

 胸元を服の上から叩きある筈の感触が感じられずレギュラスは焦って体中を叩くが出てこない。

それもその筈で入学前の彼の杖は今週買いに行く予定だったのだ。そして体の異変にも気付きレギュラスは自身の紅葉の様な掌を見下ろし、絶望すら感じられる掠れた声で言う。


「なんで……こんなに手が小さいんだ。まるで子供じゃないか……」

 小さな体に釣り合わない大人が入ってしまったような台詞を吐くレギュラス。

そうしてもうひとつ証拠を思い出したのか、声色通りの表情を浮かべ背後で困惑するシリウスへ顔を向けた。

「……ああ、夢だ。家系図から消された兄さんがこの場にいるなんて、ありえない。夢だ、夢……ああ、メリッサ、どこにいるんです……?」


「おいババア。俺のこと家系図から消したのかよ?」

「ば……っまだ消しておりません。なので……レギュラスの言葉は精確では無いと思いますよ。どうしたのかしら、シリウスが呪いをかけたんじゃないでしょうね」

「かけてねえよッこんな胸糞悪いモン誰がやるかよ!」

 こっそりと確認し合うが結局犯人どころか原因さえ掴めそうに無い。

レギュラスは何もない空間を見て寂しそうに「メリッサ」と何度も呼んでおり、クリーチャーが何とかあやそうとしてるが実る気配は無かった。

ただごとでは無い様子にブラック家当主であるオリオン……シリウスとレギュラスの父がひとつの決断をする。それに反対が出ない程に事態は深刻だった。


「聖マンゴ病院へレギュラスを連れていくぞ。いまからだ、身なりなどどうでもいいだろう!私がレギュラスを連れていくから、ヴァルブルガはシリウスを頼む」

「ええ。分かりましたわアナタ。シリウス私の腕に掴まりなさい」

「……くそ。わかったよ」


オリオンが歩行も困難な幼いレギュラスを抱き上げ、杖を出し姿現しをしようとした。

だが曇った目でレギュラスが見た目にそぐわない言葉を言うので、我が子の異変に奥歯を噛み締め、絞り出す反論はどこか実体が無くレギュラスの曇った目のようだった。


「殺して下さいますか父上。死の呪文は一瞬で死ねるから楽ですよね。あの子はまだ湖の中で苦しんでいるのに、僕がのうのうと生きているなど……」

「……はやく夢から覚めるんだ、レギュラス」

「ええ。メリッサがいないこの世界から、はやく覚めなければ」


 曇った目の奥には笑顔のメリッサが張り付いていた。闇の中で彷徨うレギュラスを照らす光だった彼女はいま……常闇の底で、ひとり。

僕が行かないで誰が行くんだ。そう思うのにレギュラスは聖マンゴ病院に緊急入院をさせられ、精神安定の呪文を唱えられ重くなる瞼に抗えずに閉じた。

声に出さずに彼女の名を紡いだのをシリウスは何とも言えない顔で見下ろし、二年ぶりにレギュラスの手を握り締め、無事の回復を願う。それしか出来なかった。



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