ボーダーラインを飛び越えて 1

□first.
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(生まれて初めて人を愛した。その人と幸せになれないと知っていて僕は、彼女とーー恋をした)

 ホグワーツ生の二人が大きな窓に背を預け隣り合っている。本棚に囲まれたソコはあまり人気が無くて、でも邪魔もされたくなくて”僕”は人避けの呪文を毎回使っていた。

彼女が大切だった。明るい笑顔がいつしか”僕”の心の壁を溶かして、懐に入ってこられても彼女だから許せたのだと思う。傍にいてくれる時間が愛しかった。

彼女が笑う度に胸元で揺れるネクタイが赤と金で、”僕”は緑と銀。血を裏切った兄さんと同じ寮の彼女を”僕”の物にしたかったけれど、”僕”は……家を裏切れなかった。


(学年が上がるごとに僕は例のあの人にのめり込んでいく。彼女にもどうか魅力を知って欲しいと沢山話しをした)

 ”僕”の熱の入る話を遮ることもなく、ただ柔らかい笑みを浮かべて聞いてくれる彼女がより一層大切に想う日々だった。

最初から最後まで彼女は文句を言わず聞いていたけど、結局彼女が例のあの人を受け入れたかと言えばそうでは無くて。

”僕”の話なら何でも聞きたいと言われた時は柄にもなく照れてしまった。そうするとやっぱり彼女が笑うから、何度も例のあの人の話しをした。


(僕が死喰い人になり左腕に印まで貰った。そこからは転がり落ちる様に……闇の世界へと踏み入れていた。彼女とは隠れて会い続けたけれど、最期までこの曖昧な関係に名前はつかなかったと思う)

 初めて手を汚した時、感じたのは恐怖だった。彼女に知られる恐怖。いつか彼女を殺すかもしれない恐怖。そのあとに家族の事を心配する”僕”

我が君なら彼女の生を乞えば何とか聞き入れてくれるだろうなんて、甘い考えがあった。そうでなければ、”僕”は彼女に会い続けるなんて出来やしなかっただろう。

多分彼女も風の噂で”僕”が死喰い人になったことを知ってただろうに。それでも会い続けてくれたのは、少しでも好意があったからだろうか?

……なんて都合のいいことを考えて、彼女と肩が触れ合う距離で夢のような時間を過ごす。


(僕の大切な家族を傷付けたヴォルデモートを許さない)

 言われて喜んでクリーチャーを差し出した”僕”が愚かだった。あの人は本当はクリーチャーを殺すつもりだったのだ。

”僕”は失望と殺意にも似た感情に突き動かされるまま、分霊箱の情報を家中の禁書から探し出し、彼の分霊箱のひとつを破壊する為に時間稼ぎの偽物のロケットを用意する。

そこだけで準備を止めておけばよかった。だけど我を失った”僕”は……衝動のまま手紙を書いてしまった。三日も経たない内に彼女から返事が返って来た。

ーーわかったわ。

その言葉に体中が言葉にならない絶望と歓喜が駆け巡ったのを、今でも覚えている。



(生まれて初めて酷い手紙を書いた。でもそれはもしかしたら究極の愛の手紙だったんじゃないかと思う僕は、どこか狂っていたに違いない)

 生まれて初めて彼女の手を握った。か細い女性の手は恐怖で震えていて無理も無いと思いながらも、手放す気は無かった”僕”は誰よりも狡猾だろう。

クリーチャーに何個も命令をして、彼女にも手伝って貰いながら”僕”は毒薬を飲み干して偽物のロケットを本物とすり替えに成功したのだ。

だが”僕”は酷く喉が渇いて、苦しくて細胞が水不足で急激に死んでいく感覚に体の震えが止まらない。湖は底が見えない暗い闇を映したように深くて冷たいのだろう。


 クリーチャーと彼女の引き留める声も届かずに湖へ手を伸ばした”僕”は、深淵に飲み込まれていく。

赤ん坊を抱く母親のような優しさとは違い、”僕”の命を奪う為だけに体中に冷たい腕が絡みつき、闇の底へ力尽くで沈めていく亡者。やっと水が飲めたというのに体の外も中も痛い。

酸素が足りずに沈む”僕”の声を届けるように気泡が水面まで浮上しては弾けたことだろう。光ひとつも無い湖の中はそれすら見えずに怖くて、冷たくて、苦しい。


 死というものが”僕”の目の前にいる。息が吸えないのも徐々に弱くなる心臓の音も、意識も遠くなっていくのがわかる。

色々な心配をする頭も動くのを止めだして、死へのボーダーラインに足をかけてしまうーーその時だった。



(彼女が亡者を火の呪文で振り払いながら僕を抱きしめた。ぼやける視界でも彼女の笑みが見えて、僕は……本気で嬉しかった)


 彼女が来てくれた。来てしまった。死へのボーダーラインを、”僕”と越える為に。

嬉しいのに悔しくて。やっぱり生きて欲しいのに、このまま二人で死ねるなら幸せだと思う自分がいて、何が正しいか死にかけの頭では判断がつかなかった。

ただひとつ分かった事があるーー”僕”が、死を誘う程に彼女を愛しているんだ。


 ”僕”が答えを弾き出した時彼女が突然キスをしてきた。別れのキスなんて悲しすぎる。だけど不思議と暖かくて優しい。”僕”が望んだ物を彼女から貰った気がしたんだ。

出来るなら抱きしめ返したいのに指先すらかじかんで動けない”僕”に彼女は何かを流し込んでくる。ゆっくりと白くぼやける意識にはもう何も分からない。

でもこれだけは飲まないといけない気がして、最後の力を振り絞って何とか飲み込んだ。


 すると”僕”は彼女を冷たい常闇の底に取り残したままボーダーラインを超えてしまった。

ーー彼女を愛している。だけど……いま彼女はどこに?……まさか、まだ……






 誰かに強く肩を掴まれ前後に揺さぶられる感覚に、強制的に誰かの記憶から剥がされ、レギュラスは止まっていた呼吸を思い切り吸い、噎せかえる。

暗い湖の中では無い。あの喧嘩中だったシリウスと母、それに父までも心配そうにレギュラスを見て、呼吸が再開されたことに安堵の息を零していた。


 だがレギュラスは、過呼吸染みた忙しない呼吸よりも湖に取り残してしまった彼女の姿を、居るはずの無いリビング中を見渡して必死に探す。

家族を見ている訳じゃないと分かるほど、泣きながら失った宝物を探す小さな子供の様な姿は異常で、肩を掴んでいたシリウスが意識を戻そうと声をかけた。

「おいレギュラス?どうしたんだよ、クリーチャーでも探してんのか」

「くり、ちゃ……ックリーチャー!!」


 あの時と同じようにクリーチャーと共にいけばいいのだ。死んだレギュラスの記憶と今の自分の記憶に上書きされたように、その目には彼女しか見ていない。




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