番外編
□猛烈ホームシック症候群 5
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ケラケラ笑う灰崎をキツく睨む黄瀬。馬鹿にされていると理解し黄瀬の顔貌が人を殺しそうなくらい凶悪なモノに変わっていくが、灰崎には犬が威嚇する程度にしか思えない
頬杖をつき一人掛けソファを堪能し滅多に組まない脚さえ組んでしまう。灰崎はこの世の全てを知る神のように、黄瀬へ正しいあり方を教え込む
「リョータクンが嫌がる…傷付けるとかそーいうので全く揺らがない関係の名前を知ってるか」
「…上下関係」
「うぷぷ!流石犬だけあるなあ。だが違う」
緩慢な速度でその名前を灰崎の唇が紡ぐ
「ーー腐れ縁」
訝し気な黄瀬は初めて聞いた言葉のように反復する。マンガの知識だったりで少しだけ見た程度で深くは知らない言葉だ
足を組み直し喰い付いた黄瀬に分かりやすいよう砕いて説明してあげる灰崎が多少気持ち悪いが、彼は別に自分に酔っている訳では無い
もう間もなく仕事から解放されるであろう姿が見えるからこそテンションが上がってきている
「なんせテメエが思うより切っても切っても切れない…きっと死んでも切れねえ縁の前で散々罵っても傷ひとつ付きやしねえさ」
「傷付かない…?」
「ああ。どんなに嫌な事されようと言われようと、腐れ縁の奴等は繋がる。リョータクンが藍澤に思いの丈をぶちまけようと何一つ揺らがない…そんな関係になっちまえばいいんじゃね」
黄瀬の思う友達、親友像は付き合いたてのカップルが三か月目に突入時の離別率の高さと比例するくらい脆い印象が強かった
ちょっとした事ですれ違いもう友達では無い。そんな事を言う女子グループを見てきた経験が反映されていたのかもしれない
だが黄瀬的には気に食わないことだが、灰崎の意見に不思議と心に届いてしまう
頑なな弱音が僅かに窓を開き窺う気さえする。本当に傷付かないのかと問う声が最後の一言を絞り出す
「絶対なんて無いから傷付けて、呆れられる可能性だって…ある、だろ」
「腐れ縁は離れたくても離れられないんだ。どんなにお前に飽きても馬鹿にしても、俺がお前と話している現状がそうだろ」
つまりは灰崎も黄瀬も腐れ縁同士。散々罵り口喧嘩がコミュニケーションと誤解された日々をふと思い出し、白熱した中でもどんなに嫌い合っても罵り合う関係は途切れていない
ふふ、と笑いを零した黄瀬はようやく納得する
(ああ…ショーゴクンでも離れていかないほどに頑丈で厄介なものなんだ。そうか…そう、なんだ)
睨み付けていた顔を悩みの消え普段通りの黄瀬涼太の輝く笑みを一度だけ灰崎に向けた
奴は驚きもせず「早く宣言してこい」と面倒臭そうに手で払う仕草を見せるが、どこかホッとしているようにも見えた
覚悟を決め死んでいた眼の名残すら消え失せた強い眼差しを宿す黄瀬は立ち上がって別室で待機中のアキラの元へ一目散で駆けていく
行儀も何もない粗雑な手付きで襖を開け放った。睡魔へ微睡む赤司に膝枕をして呑気に携帯を弄るアキラは大きく見開き黄瀬を見つめる
黄瀬の必死な言葉を聞き、最後の最後に嬉しそうに同意を返す
感極まった犬が飛び付こうとダイビングして来るのを赤司を潰さぬように、どう止めようかと迷うアキラだが飛び付く前から始まる弱音の嵐に、やはり嬉しさが勝ってしまった
ーー俺が弱音を吐ける腐れ縁になって!
海常高校バスケ部では今日も黄瀬が笠松に愛ある指導を受け、蹴られた太腿を撫でながらもグチグチと文句を言う黄瀬の姿があった
「まったく…笠松先輩は暴力的っス…ショーゴクンと変わらないくらい酷いッスよ」
「うるせえ!少しは元気になって戻って来たと思ったら、かなり煩くなって帰って来たなお前」
「色々酷いっス!」
ショックを受ける黄瀬だがすぐに明るい心からの笑みがヘラヘラと表へと出ていた。久方ぶりに見る黄瀬らしい屈託のない無垢な子供ような笑み
それをまじまじと見た笠松は苦笑交じりに主語無く問いかける
「…もう大丈夫か?」
「ーーはい。もう俺には弱音を吐ける友達より親友より丈夫な関係の、腐れ縁がいるから」
笠松先輩も色々気にかけて下さってありがとうございました。深く一礼をした黄瀬はそのまま、レギュラーの三年の元へ次々訪れ感謝を伝えていく
真夏の太陽の所為でカラカラな空気のように晴れ渡る笑みは海常の体育館を照らし続けた
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