番外編

□猛烈ホームシック症候群 3
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秀徳高校の校門を出て早二時間が経った

帝光時代に活用していたアキラ宅に戻った三人は特にする事も無く、異常に密着しながらテンポよく会話に花を咲かせていた


緑間を挟みアキラと赤司が指一本分も隙間を開けずにピトリと緑間にくっつき三人でソファを占領している

緑間はその距離感になんだか懐かしい気分になるばかりで平時の彼とは違う安心しきった顔付きが心の距離を示していた

「…なるほど。ここ数日のホームシック来訪を見かねてお前達がこっちに来たと」

「そう。いっそのこと全員の顔を見てから帰ろうかって話しをしてね。それで何とか一週間ばかりこっちにいる許可貰ったんだ」

赤司が中々に大変だったよと彼の苦労を感じさせる声色で言う。それを止めたのは緑間の顔を見てホッとしたように笑ったからだ

「でも頑張った甲斐があったよ…偶然なんだろうけど緑間の命の危機も救えたことだし」

「廃人一歩手前まで追い込まれるって相当だぞ。シンが助けを求めたら俺達だって京都にいても何とかしたぜ?」

グサグサと容赦なく緑間が助けを求めてこなかった事を本人に直接物申す言葉の切れ味が鋭い

どうして何も言ってくれなかったんだ、と不満気な顔をする二人の視線が両方から緑間へ突き刺さる


ぐぬぬ…と視線に耐え、言う物かと口籠るが強めに「シン」と呼ばれれば岩の様に硬い口だって粘土のようになってしまう

実の親に同じ事をされてもこうはならない。全幅の信頼と過ごした密度の濃さが諦めろと言い聞かせるので緑間は仕方なしに答える


「……流石に俺の我儘で二人を呼びつけるのは、あまり褒められたことではないだろう。他の奴等だって中々会えない状況なのに…そんな我儘言えるものか」

長男の鑑が今ここに…誕生する。緑間のお堅い言葉をそのままの意味で受け取る程浅い付き合いでは無い

彼の言葉の裏を読み解けば、頻繁に会えるなら助けの一言くらい言うと取れる

この言葉は緑間なりの甘えなのだと解釈した赤司とアキラはそっと顔を見合わせ、当初計画していた案を採用しようと苦笑し一度だけ頷きあう


俺を挟んで何を笑っているのだよ。緑間がそう口に出そうとした瞬間ーー黒子曰く天使と小悪魔が御降臨現象が彼に襲い掛かる

突如二人がよじよじと緑間の太腿を仲良く片方ずつに乗り上げ驚愕で固まる緑間の肩口に頬を寄せ始めた


これが青峰や灰崎なら緑間は心底震えあがり反射的に叩き倒す可能性が三割はある。だが現在硬直傾向にある緑間の至近距離には男臭さの感じられない顔立ちがいるのだ

世間一般で言うなら中性的。アキラは赤司よりは男性寄りな顔立ちだが目鼻立ちがはっきりした彼に不思議と嫌悪感は湧かない


精巧な人形が意思を持って動いていると一瞬思ってしまうが、そんな事をアキラに言ってしまえば物凄く不愉快そうな顔をして睨まれそうだ

グッと下唇を噛み締め言葉を殺す緑間に天使と小悪魔の容赦ない猛攻が迫ってきた


赤司が立ち膝となり緑間の頭を急に抱きしめてきたのだ。ビクッと反射的に震えるが奴等にとってこれくらいのスキンシップは朝飯前なのだ

優しい手が滅多に撫でられる事の無くなった頭を撫でていく。強張る体が弛緩していく事さえ計画の内なのだろうか


(微かな花の香りがするコイツ等の性別があやふやに…いいや男だ)

緊張が引いていく緑間の首筋に額を寄せるアキラの穏やかな言葉が赤司の優しい手の温度と相俟って、穏やかにけれど強引に緑間の心を癒していく

「シンは俺達に会いたかったと採るぞ。ここで幾ら言ってもシンは頑固だからな、何度だって我慢するだろう。だから俺達は、シンや他の皆に我慢させないようにあることを考えた」

むくっと首筋から顔を起こしたアキラは大して座高も変わらない緑間とまっすぐ視線を合わせる

なにか企んでるような…まるでキセキのメンバーの誕生日会をサプライズでやろうと言い出した時の顔にそっくりだ


ニヤッと笑うその顔を見て赤司が小さく笑ったのを緑間は聞き逃さない

まっすぐ逸らさない藍色の澄んだ瞳に気の抜けた顔の自分が映るとは緑間は想像もつく筈も無いだろう


「ーー少なくとも月に一度。都合がつけばもっと…集まる機会を増やそうと思う」


交通費とか所謂大人の都合は気にしなくていい、と続く言葉すら緑間には別の国の言葉に聞こえてくる

何を言っているんだ。中学の時とは違ってそんな容易くいける筈がないのだよ。馬鹿なのか


心が勝手にそういいかけて声になる前に誰かに殺されていく。誰か、と考えるまでも無い

クソ真面目な堅い建前は緑間が無意識に浮かべた自制できない喜びによって殺されたのだ


また皆と会える。アスファルトに雨が叩き付けられては弾かれる程に頑なだった心に一滴…滴り落ちる

水の波紋が広まれば、緑間から取り繕う堅い言葉は姿を消し彼の本音が喜びに体を震わせて聞くのだ

「…また皆で、本当に…会えるのか?」

「ああ。約束しよう。絶対だ」

「アキラも、赤司も…気を使わなくてもいいほど近くに…いてくれるんだな」

「前よりは頻繁にくるよ。だから緑間は俺とかアキラとか、お前が心を許せる相手に助けを求めていいんだよ」

不安な幼児を慰め落ち着かせるように頭を撫で、たまに頬をすりよせる赤司にそっと安心した笑みを見せ眼を閉じる


ーー今みたいに手の届く所にお前達がいてくれると…すごく安心するのだよ


そっと零した本音はしっかりと二人の耳に入り、数十分はスキンシップタイムへと突入するのだが…

「やめるのだよ」と緑間が言う言葉はすべて柔らかくて彼自身も幸せそうに笑っていて説得する気など無いと丸分かりだった









【今日のおは朝占いの一位は…蟹座のあなた!長らくの我慢の日々は終わりを告げました、これからは素直に自分を表現しましょう!】

とんとん。制服に身を包んだ緑間は靴先で床を蹴り踵までしっかり履く。背後には完全なる休日の二人が緑間の見送りにと玄関までついてきてくれていた

なんだか二人はお見送りをするのが初めてらしく妙にキラキラした眼差しで今か今かとその時を待っている


わくわくうきうきと伝わる空気に口角をあげ眼鏡の位置を戻しながら、二人を振り返りその時を告げた

「いってくるのだよ。居残り練が終わったら連絡する」

「了解。いってら…っ!?」

一足先に言おうと抜け駆けしたアキラと触れ合う腕をバシィっと強めに叩いた赤司は頬を膨らませ怒りを主張する

膨らんだ頬に指をぷすりとさしたアキラは赤司に合図を出すから一緒にな、と言い聞かせ同意を得て間延びした掛け声をあげた

「せーのぉ」

ーーいってらっしゃい


綺麗に重なった言葉に二人は実に嬉しそうに笑い合う。本当に仲が良い。二人の笑顔が癒されると実感しながら緑間は、蕩けんばかりに笑いドアを開けた

「…いってきます」





廃人緑間が復活どころか素直すぎて逆に気持ち悪いとバスケ部内で噂が立つのだが、本人は大して気にせずに練習に明け暮れた

その傍らにはラッキーアイテムである花の香りがするシャンプーがあり、匂いを嗅ぐ度に赤司達のことを思い出し照れたように笑うレア緑間が複数回目撃された


(なんだアレ…すげえ幸せそうな笑み浮かべてるぞ。轢くしかねえな)

(今日はいいだろう)

(良い香りだ…本当にいい香りで、何だか赤司の匂いと似てる)

(ちょ、大坪さん!?駄目っスよ、あの子リア充だって真ちゃんがいってましたって…!)




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