番外編

□猛烈ホームシック症候群 3
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午後四時過ぎーー秀徳高校の校門の前で私服の二人組がタクシーから降りたった

なにやら衣服やら様々な日用品が入ったバックを肩にかけた一人は周囲の下校中の生徒が二度見する程とても背が高い


秀徳高校バスケ部と同じくらい高いと素っ頓狂な顔で凝視する視線を気にも留めない。もう一人は手ぶらをいいことにSOS連絡を送った相手と詳しいやりとりをしている

制服や練習着を着こむ生徒とは明らかに違う育ちの良い服を着こなす二人組は、有名な絵画から出てきたように人の視線を釘づけにする魅力がある


だが普通じゃない中学を出た彼等は悲しい事に視線には慣れっこだ。視線そのものが地を這う蟻に向ける感情と同列なことは知らない方がいいだろう

携帯を仕舞い込んだ赤い髪がよく映える色白の肌を持ち、一瞬雌雄が分からなくなる中世的な顔立ちの少年は嬉しそうに笑いながら体育館のある方向を指差す

「直接体育館にきてほしいって」

「了解」

藍色の癖毛を風に踊らせ、鼻筋が通り僅かに異国の血を感じさせる顔立ちの少年は切れ長の眼をやんわりと細め、自分の顎より下から見上げる子の歩幅に合わせて歩く

お互いの首にチェーンが通った指輪をぶら下げマイペースに歩く彼等を知るものはこう呼ぶーー倦怠期知らずの夫婦(夫)と







緑間に許された特権である我儘は三回まで制度は本日は一度も使われはいない

だが自棄になり乾いた笑みを零す有様をみれば、制度を使わずともそっとしてあげようと思う日本人の空気を読む力が発動し、そっとしてあげ様子を見守っている


エース抜きの部活は僅かに支障があるが彼がいなくても強豪校としてのプライドがある

普段とは毛色の違う奇行に心配を瞳に揺らめかせても、練習に手を抜くことはない


努力家である緑間が正気に戻るかと思い各々で普段よりも声を出し、シュートをくぐらせる音を増やし、スキール音を鳥のように立てるが…瞬きを忘れたアイツの瞳は死んだままだ

休憩に入り心配そうな大坪と宮地、木村がいの一番に近寄り声をかけるも…廃人に声をかけるのは初めての事で、まるで虚しい独り言を吐いている気分だった

「たっくよォ…今までだって生き抜いてきたんだから死ぬ訳ねえだろ、いっそのこと轢いちまった方が正気戻るだろ、な?」

「今日は流石に貸せねえよ。正気の時に轢く分には問題ねえんだけどよ」

「お前等は心配してる癖にトドメを刺そうとしてるから質が悪いと思うぞ」

どうみても先輩心で心配してやってるだろ!

大坪へ鋭いツッコミが届くが緑間から「ヒヒッ」と狂った魔女の引き笑いに似た声が聞こえ、会話はピタリと止まってしまう


「これはやべーわ…コイツのラッキーアイテムはどうして用意できねえんだよ」

「何でも遠距離にいる旧友らしくてな」

「んだソレ…オレ等より質悪いな」

木村が厳つい顔を顰めた時だった。体育館の玄関の方がなにやらザワザワとどよめきが起こり、女子マネ達が音量を絞った色めき立つ声で興奮してる声が聞こえたのは

当然三人も騒がしいそちらへ好奇の視線を送るが、廃人なりかけの緑間を放置して行く程冷たい先輩でも無い


OBでも来たのかと会話してる間に部室から慌ただしく高尾が飛び出し、興奮気味に宮地達の足元にいる緑間に近寄り肩を揺らして言うのだ

「真ちゃん!赤司と藍澤が来た!マジでいま、そこまで来てるよッ」

「…ーー」

ぴくり。反応がなかった緑間の指先が動き、緩慢な動作で顔をあげ僅かに光が戻った眼を高尾へ向ける

興奮しっ放しの高尾は立て続けに「ラッキーアイテムがやってきたんだって!」と「これで真ちゃんは生きるっ」と嬉しそうにしている


眼鏡の無いぼやけた視界の中でも高尾の感極まる声は緑間にも届いていた。だがまだ気分は夢見心地で、彼等がここにくる筈が無いと暗い思いが巣食っていた

大坪が高尾に「連絡をしたのはお前なんだな」と問えば肯定が返ってきたので、高尾を立たせ「客人をお呼びするまでお前の仕事だ」と背を押す


すると忘れていたのか大慌てで玄関へと消えていく。ぺしぺしと気の抜けるスリッパ音を立てるお客人をつれてきた高尾は、主将である大坪の前で足を止め紹介をした

「こちらが主将の大坪さん。監督は出張でいないからこの人が一番偉い人!」

「そうですか。高尾くんも連絡ありがとう。もう自由にしてくれ…アキラ」

緑間とほぼ同じ背丈を持つアキラへ目配せを送り、何事もなかったように大坪へ挨拶から始まり詳細に話す役目を赤司が買って出た

キセキの世代の元主将として有名な彼と対峙するのは突然の事で動揺があるが、そこは幾度も経験した主将としての役目として見せずに、赤司との会話を成立させる


にこにこ笑ってるのにちょっと怖い。バスケ部員の誰かの言葉に無言で頷いたのは一人では無かった

赤司から緑間は任せたと無言の指示を貰ったアキラは、赤司のそばをそっと離れ座り込む緑間の近くに立つ高尾に緑間の荷物一式を持ってくるように頼む


戸惑いはあったものの笑顔でごり押しすれば容易く頷き部室へと走っていったのを最後まで視界に収めることもなく、反応が薄い緑間の側に膝をつき囁くように名を呼んだ

「シン、俺が誰か分かるか」

「ーー…アキラ、だ」

「そうだ。随分疲れ切った顔してんな…高尾くんから聞いた。今日一日ラッキーアイテム無しにここまで頑張ったらしいじゃないか」

高校に入ってからは極端に減ったスキンシップに入学当初戸惑った事を緑間は頬を撫でる手付きで思い出す

そのまま頭を撫でていく手の暖かさがこれほどまでに安心するものだっただろうか。ほぅ、と息を吐いた緑間は静かに眼を瞑り優しい手を甘受する


あの緑間が黙って撫でられているだと…!?

近距離にいる先輩方の心の叫びは重なったが、廃人をたった一言で意思疎通させた目の前の謎の人物は何物なんだと思う事でキャパオーバーだった


頑張った子供を慰めるように。彼を認めるように。離れていた時間を取り戻す様に…緑間を撫でては褒めていく

高尾が荷物一式を持って来た頃にはアキラに凭れかかりポツリポツリと会話をしている緑間の姿がそこにあった


驚いてる高尾の姿を視界に収めたアキラが薄く笑いながら感謝を述べ立ち上がり荷物を受け取る

急に凭れる相手が立ち上がりバランスを崩した緑間は、見るからに拗ねていた

咄嗟に床についた手を軸に立ち上がり眼鏡の位置を戻す手付きをするが、無い事に気付き困ったようにアキラへ話しかけた

「俺の眼鏡の予備がアキラの家にあるのだよ。取りに行きたい」

「眼鏡…ああそうだ確か…」

何かを思い出したのか自身の荷物を漁るアキラはやがて緑間の見覚えがある眼鏡ケースを取り出す

そのまま緑間が受け取り中の物を装着すれば一気にクリアになる視界


そこには一生お目にかかる事が無いであろう神話生物を見て現実か夢か疑ってる顔の先輩達と、笑い袋の職務を放棄してまで緑間をガン見してる高尾の姿

それと久しぶりに見た親友達の鮮やかな色が酷く眼に焼き付き…自然と頬が緩む


また騒めく雰囲気を感じ取りながら緑間は自身の荷物まで肩にかけ帰る支度を済ませているアキラに近付く

荷物を受け取ろうと言えどやんわり断られそのまま体育館を出ようと背を押され緑間は焦りを見せた

「帰るのか?でも俺はまだ練習が…」

「セイジュが早退の許可を取ってある。今日のシンの役目は体の充足に努める事さ」

「いやしかし、それでは先輩方が許す訳が…」

ーー俺達に構わず帰れ!安心して帰れ!廃人はもうやめろ!シンドイ!


なにやら必死な言い方に後ろを振り返りたくなる緑間だが背中をグイグイ押すアキラによって前のめり気味になった所為で見ることは叶わない

廃人だった後輩を非一般ピーポーに戻したアキラの背中へ今の今まで沈黙を守り、相棒のレアな姿を網膜にありったけ焼き付けていた高尾がヘラリと笑いながら生きの良い声を飛ばす


「ーー真ちゃんをよろしくっ」

「ああ。明日になったらいつものシンになって送り届けると約束するよ、それじゃ」






(高尾、お前にしては随分静かだったな)

(いやぁ…邪魔するなってお告げがあったものですから。おかげでイイモン見れたじゃないですか!)

(イイモンかよアレ…)



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