番外編

□猛烈ホームシック症候群 1
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「…敦が?」

日本高校バスケ界隈において名を轟かせている洛山高校のとあるクラスにて。ロウが珍しくも呆けた顔を見せた

窓枠に凭れながら通話を切ったアキラが薄く笑いながら頷く。軽い説明を入れる前にもう一度どこかに電話をし、なにやら手配してる様子にロウは黙って待つ


一分もかからずに通話は終わる。いつにも増してニヤケが止まらないアキラは比例した口調で話し始めた

「むっくんがホームシックらしい。だから俺達に会いに来るってさ」

「念の為聞くがいつ会いに来る予定なんだ」

「今日」

「…今日?」

「ついでにいえばあと二時間以内」

「……これまで馬鹿だとは思っていたが、これほどとは。本当に馬鹿じゃないのか」

馬鹿だ馬鹿だと嘆き、心労で痛む頭を抱えるロウは彼の中で組み立てられていた予定が木端微塵に砕け散る音で頭がいっぱいだった

決して紫原が嫌いだからと言う訳では無く。綿密に組まれた予定が突拍子も無く崩される事が気に食わない


だが気持ち悪い程機嫌のよいアキラはロウが幾ら言っても突発的訪問の期日を先延ばしするつもりは無いだろう

嘆く傍らで冷静にそういう結末を簡単に描けてしまう自分の頭の良さが腹立たしいとロウは感じる。最後にもう一度だけ馬鹿だ、と吐き捨てロウは気持ちを切り替える


「ハァ…っ来てしまうなら仕方ない。泊まらせるのか」

「いや今回は日帰りさせるつもりだよ。でもむっくんがココに居る間は俺達は部活中なんだけど、多分どちらか或いはどちらも部活に参加できるかは分からない」

「相当溜め込んでいるなら僕達が拘束され動けない状態になりかねない…ということか」

ぐりぐりと険しい眉間をほぐすロウはふと胸の中でうずうずと揺れ動く存在に気付く

考えこんでいる様にみせてもう一人の自分と会話をし、キャッキャッと嬉しがるセイジュの声が大きくなる

ゆっくり瞼を閉じ次に開けた時には爛々と輝く赤眼の赤司がアキラへと笑いかけていた


「アキラっ」

「うおっセイジュ?ロウと会話してたんだが…」

「ロウが俺と代わってあげるって。お前の方がこういうの得意だろうって言ってた」

困った子だね。やんわり眉を下げたセイジュには深まる眉間のしわなど皆無で、ロウが怒っていた内容に少しは同意しても紫原が来る事実に怒りを流してしまった様だ

ロウらしいと思いアキラは苦笑しつつセイジュの髪を撫でる。それだけで蕩けそうな笑みを浮かべるセイジュの耳元でそっと囁き、それにセイジュは即同意した


ーー俺達の大切な子の寂しさを吹き飛ばしてやろうぜ?












その日の部活中に洛山バスケ部一軍は正直どうすればいいのか分からなかった

我等が主将は通常の極寒の氷さえ視線で木端微塵にする鋭利な視線をどこかに忘れてきてしまったのだろうか


トロトロの半熟卵のオムライスよりも蕩けた赤い瞳をして愛らしく笑ってる。正直腰に来る野郎共がいたが、赤司を背後から抱きしめる藍澤アキラの威圧感のある視線にノックアウトだ

中には新しい世界を開き恍惚の眼差しを向ける猛者もいたが、アキラを背後から抱きしめる紫原の純粋無垢な子供から蔑む眼差しを受け、ビクンと体で波を打つ


それがコートの戦場中に起こるものだから実渕からのパスが新世界へ旅立った部員の手に収まる筈も無い

落ちた隙をついて葉山が奪い敵チームに点が加算され、ついに実渕が嘆きの乙女を露わにする

「もおッなんなのよ!!何回目だと思ってるの!?」

地団駄を踏む実渕を他所に今度は葉山のパスが赤司に見惚れていた部員から全力スルーされ、リズミカルにコートを跳ねるボールを奪い根武谷がダンクを決めた

同時に休憩のブザーが鳴り響き面々が通常のハードな練習とは違う疲労感を蓄積したままコート内に死屍累々が倒れ伏した。無事だったのはレギュラー陣のみらしい


トタトタと葉山が怒れる実渕へ満面の笑みで油を注ぎにかかる。遅れて根武谷が集まり、異様な光景を生んだ原因へと話の展開が移るのは至極当然であろう

「レオ姉なに生理?だから怒ってんのっアダッ」

「何バカな事言ってんの!アタシが生理なら征ちゃんはとっくに藍ちゃんの子を妊娠してるわよっキャッ」

「おいおいやめろよ。取りあえずあのやべぇ奴等をなんとかしねぇと…俺達までも死屍累々の仲間入りだぞ」

「あらアンタそんな言葉知ってたの。意外ね、あと仕返しよ」

「痛ぇ!」

三人でからくり人形のように順々に互いの頭を叩きあった面々は根武谷が嫌な汗を掻きながら親指で指差す”やべぇ奴等”に頭を悩ませる

今現在奴等は大中小が背後から抱き付きながら会話をしていた。赤司は自然と二人から腹に手を回され、誰かに抱き付くことはしていないが嬉しそうに二人の腕に触れている。天使か


実渕達からは距離的に会話内容は聞こえはしないが、アキラや赤司の背景に花がぱやぱやと浮かんでみえる程に緩まってる雰囲気で喜んでいる事を容易に察せる

時折アキラが自身の肩口に顔を埋めてる紫原の頭を撫でている。普段は格好良い兄貴(年下だが)風な彼も針の抜けた剣山のよう


紫原へ全力で甘やかしてる姿は新米パパさんにしか見えず、葉山が不満そうに言う

「ずりー!オレは頭撫でて貰ったことねえのに」

「征ちゃんだけだと思ってたのに…キセキの世代には特別ってことかしら」

「あいつ等が仲良いのは藍澤が言ってたから知ってたけどよ、仲良すぎ…だよな?俺の眼がおかしい訳じゃねぇよな。距離感がカレカノレベルだぞ」

「オレは赤司の機嫌がよくて珍しく笑ってた時に聞いたけど子供も同然な友人が何人かいるって。そのひとり?」

「ひとり、でしょうねえ…ああ、征ちゃんも藍ちゃんも幸せそう…!」

直視しすぎた所為なのか実渕の様子がおかしい。死屍累々に倒れてる部員と同じような恍惚染みた笑みを浮かべ始め、デッドゾーンへと近付いていく

ふらふらとコート外の赤司達の元へ行こうとする実渕を根武谷が羽交い締めにし、葉山が行く手を阻む為ディフェンス体勢に入り説得をかける

「れれれレオ姉!?まずいって、近寄るのだけはヤバイって」

「煩いわねえっいいのよ楽園にいくのよ!ついでにちょっとお触りしてくるだけよ!」

「煩悩の塊すぎるだろッ実渕…うおおっパワーで負けて堪るかァァ…!」

コート内でぎゃあぎゃあと煩い三人の視界にはうっすらとしか映らない人影が、実渕のいう楽園へ近付き何かを渡しながら話をしていた

親指で外へ出ろのサインを何度もしながら説得をかけていれば、少々不満そうだが彼の言う通り場所を移してくれるらしい


目的地へ移動する時もベッタリくっついて歩く姿に偶然目撃した洛山生が「トーテムポールが歩いていた」と噂を流し、七不思議のひとつに加わるとは誰もその時はしるよしも無かった



(あら!?征ちゃん達がいないじゃない…楽園は、死んだ!)

(死んでねえよ。移動しただけ)

(((黛さん…居たんだ)))




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