番外編

□金色に伸びる径(みち)
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「セイジュッ見えたぞ!」

ハッと我にかえる。無意識下でも足はちゃんと動き呼吸も正常だったようで、アキラに不審に思われなかったらしい

アキラが感極まる声をあげてセイジュに知らせるその向こうには、ずっと遠い記憶にある天高く伸びる竹藪が金色に光っていた

記憶に残る青々とする色は眩い光に照らされ竹藪が生まれた時から金色だったような、そう思わせる程に綺麗で堂々としてて、ただただ圧倒される




本来であればこんな人を呼びそうな場所には二人しかおらず、先程すれ違った群れがこれを見に来た人々だと察するのは容易い

言葉も出ず圧倒される中どうして二人しかいないのか、と思ったが目の前の大きな背中が答えだともすぐにわかった


きっとアキラが言う大事な日にセイジュと一緒に見たかった。それぐらい単純で純粋な気持ちで特等席を用意してくれたのだ

だから…金に輝く竹の幻想的な光景も、この特等席をくれたのも、計画を立ててこの場にセイジュを連れて来てくれたアキラにも…感極まってしまう

幼く稚拙な子供のように騒いで喜ぶも大人らしく理論で感動を伝えるでも手段はあったというのにセイジュはひとつしか選べなかった


「すご、い」

こんな素敵な場所に連れてきてくれてありがとうも綺麗な場所を一緒に見れてよかったも、言えない

ただ言葉以上に胸が熱くてぐるぐると嬉しい気持ちで満たされてて…習いたての言葉を使ったような口振りになってしまった


それでもアキラは足を止め、セイジュを振り返る。一瞬眼を見開き次の瞬間には困ったように笑っていた

きっとセイジュのように分かったのだ。伝えたい言葉も想いも全部伝っていると笑みが訴えていた


「ばぁか。これくらいで泣く奴がいるか」

セイジュの目元に手が伸び親指がいつの間にか流れていた涙を拭っていた。その大きな手を両手で包みすり、と頬を寄せる

中学や高校の頃よりもはっきりと手の大きさが違うと実感できる。今もボールに触れてるアキラと離れたセイジュ。努力の所為でゴツゴツと固い掌に何度も涙が触れ滑り落ちていく


そう。見たかったのだ。誰よりもセイジュを優先し優しさも愛情も一心に向けるこの掌の持ち主と

セイジュが自覚するよりも前に記憶が、心がそう願っていた結果の涙なのだろう


「はいはい。嬉しいな、セイジュに喜んでもらえて俺も嬉しい。嬉しくて泣いてるんだもんなー?」

「ぅーっな、でわ、かなっど」

「なんでか分かんないけど、じゃねえの。お前、普段は素直な癖に泣くときだけ反抗的になるのどうなんだよ」

「ひっぐ、てだっ…〜〜〜ッ」

「…ボロ泣きかよ」


ボロボロと泣くセイジュに苦笑するも指先はずっと彼の涙を拭う。中々泣き止まない姿に痺れを切らし抱き寄せ、額や目元に吸い付けばセイジュの手はアキラの背後の羽織をぎゅっと握る

時折茶化す声色も徐々に効果を出し涙が少しずつ治まっていく。嗚咽も同様に凪いでいく頃合いにふ、とアキラの顔がセイジュに近付き反射的に腫れぼったい瞼を下ろす

小声で「…よくわかってんじゃねえか」と褒められたと思えば数秒二人の呼吸が止まる。愛でるようにも慰めるようにもとれる優しいキス

それ以上深まることなく離れていったのを最後にセイジュの涙はピタリと止まっていた



涙で濡れた掌を一度どうするか考え結局羽織で軽く拭いてもう一度セイジュと手を繋ぐことにしたらしい

簡単に拭いただけなので苦情が出たが身から出た錆というか涙というか。それでも互いに離そうとしないのだからどうしようもない程に甘い


「…濡れてる」

「濡れてるなあ。でも離さねえから」

「…ん」

一際ぐっと力を込められる。それに弱弱しくセイジュは応え繋いだ腕にこてんと頭を摺り寄せる


「歩けるか。おんぶでも姫抱きでもするならそうするが」

「…いい。ちゃんと、歩く。アキラの隣で、同じ景色見たい」

「ーー…そう、か。じゃあ行こうぜ」


どちらかが腕を引くのでは無く一緒に歩みを進め隣合って進んでいく。これからもこうして生きていくのだろうな、とそう感じさせるゆったりとした歩み

金色に揺蕩う竹林の小径を進んでいく。金色の稲穂の真っただ中にいるような、不思議なその道を進みながらアキラは独り言を呟くように数時間前に約束したことを話し始める


「今日が大事な日だって言っただろ。アレお前は気付いていないようだけどさ、セイジュに関係する日だって事くらいは察することはできただろ」

「…一応?」

「別にどっちの答えでもいいんだが…お前今日誕生日なんだよ」


誕生日。十二月二十日。ユリ・ゲラーも虚淵 玄さんもだが、セイジュの

十二月二十日を思い返しても全く気付かなかったという妙な鈍感さに自分自身が驚くが、漸く急な帰国も納得できたとセイジュは思う

一年に一度の大切な日に大切な人と二人きりで。そうアキラは飛行機の中で言っていたのだとやっとわかった身としては少しだけ自分が恥ずかしくなった

そんな気持ちの変化に気付いていたアキラは穏やかな顔で何でもない様に言う


「セイジュが忘れてるなら思い出させるのだって俺の仕事だろ?まあ俺が帰国する前にお前の携帯をこっそり隠したのも試行錯誤したのも意味を成してなかったけど」

「ぅ…」

「でもやっぱりセイジュが生まれた大切な日には変わらねえ。俺が、勝手に祝いたくて。俺がお前の笑顔も涙も見たくて…」


ふぅ。アキラが深呼吸をする

緊張を多少滲ませる様子がセイジュにも伝わったのか緊張し始めてるのに、アキラが吹き出し「セイジュが緊張してどうするんだ」と茶化した。それに納得したセイジュもヘラリと笑う

緊張がほどけたようで握る手の力を少し強めたまま愛しそうにセイジュの眼を見て今日一番秘めていた言葉を伝える

泣くか笑うかどっちだろうかとセイジュの反応を予想しながら。大事なワードの頭が乱れるも言い切った



「世界で一番セイジュが好きだって…あ、あいしてるってお前の誕生日にずっと伝えていきたいから」

「ーー…い、ま」

「…誕生日おめでとう。生まれてきてくれて、俺と出会ってくれて…あ、愛してくれて、ありがとう」


セイジュは自然と涙は溢れなかった。心底驚きすぎて逆に涙が引っ込んだともいえるが

妙に澄み切った理性が今の一字一句も忘れない様に脳内に、記憶に、心の奥底に次々に刻み付けていくのがはっきりと分かる

ーーきっと奥にいるロウにも聞こえる程に。強く強くセイジュはアキラから与えられた純粋な愛の言葉に高まる鼓動が喜びを叫んでいた




ーーちゃんと答えを返してあげなよ。捨てられた犬みたいにしょげてしまうよ

ロウからの言葉にハッと現実に戻る。するとセイジュが暫く何も言わずに驚いたままだったのに不安に思ったらしく、眉をさげてしまってるアキラの姿が目の前にあった

ーーそれと心臓の音がキミの言葉代わりに煩い。はやく言葉にして静かにしてくれ。目の前の男には笑顔が似合うんだろう?はやく何とかしなよ、ボクはもう寝るから



言葉よりも口調が遥かに優しいロウに背を押されセイジュは握っていた手にグッと力を籠め、言葉にする勇気を先に見せたアキラをまっすぐ見つめ想いを返す

「来年も、再来年もずっとずっと…ボクにその言葉を言ってくれる?」

「っああ。言う。場所は違うだろうけど必ず」

「そっか…アキラ、あのねボク今言葉にしても足りない位嬉しくて、幸せを感じてる。ロウに心臓の音煩いって言われるくらい、嬉しくて。多分そのうちアキラにも聞こえるかも」


真面目にそんなことをいうセイジュに再びアキラが吹き出す。ケラケラと太陽みたいに、金色に光る竹よりも眩しいほどに

アキラの笑みが好きなセイジュがやはり同じような笑みを浮かべれば、全く同じことを思ってるなど互いに知る訳もないが、なんとなく伝わっている気がする

不意にアキラがセイジュの腕を引き力強く腕の中に収め姫抱きにした。普通に抱き合うより顔の距離が近いそれは互いに好んでいる

好きなことを好きな人にされてまた心臓が煩くなる。それは至近距離にいたアキラにもきっと…


「…聞こえた。セイジュの心臓煩い」

「だってこればかりはボクはどうしようもできない。多分好きって、愛してるよって言葉以上に伝えてるんだよ」

「だろうなあ…はあぁ。お前温い…」

「ちょっと、はは、くすぐったい…」

頬に頬を摺り寄せれば嬉しそうなセイジュの声があがる。自重しろでもいいたいのか髪紐のガラス玉がぶつかり小さく音を立てるが、笑い声に掻き消されてしまっていた









記憶の中に埋もれて掘り出された欠片

それはキセキにも似た力で引き寄せ、道を静かに手繰り寄せる


《ーーその時、あなたは誰と見に来たいかしら?》
《…俺は、ーーーアキラと二人で来たい》






ーーhappy birthday 2015

ーーin Kyoto


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