番外編

□金色に伸びる径(みち)
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優柔不断とはかけ離れてる二人はずらーっと並ぶ着物の波を一目見てパートナーに似合う一式を選び抜く

テストの答案の選択肢を迷いなく選ぶ優等生の様に「あれ」「これ」と即決していく姿に店員達は一瞬ポカンとして我に返り指示された一式以外を片付ける

想像していた以上に高価なものを即決していく若者に驚いたと、店員の擁護を一応させて頂く

ババっと手際よく片すと丁寧に頭を下げ退室をし、上客の機嫌をこれ以上下げないように配慮に配慮を重ねたようだ


余りにもバタバタとしていた事に驚愕を見せるセイジュは、取りあえずアキラの物から着付けようと一番上に重なっていた羽織を除けながらもサラリと苦情を漏らす

「…うーん。まぁまぁの質かな」

「そりゃ一般向けの貸衣装だぜ?セイジュが実家の新年会で着てたレベルと比べるのは失礼だろ」

「わかってるけど…でもアキラ、今度京都来るなら実家の御用達の店にしよう?」

「ああ。今回は行きたい場所に近いからここを選んだだけだしな。次京都来るときはセイジュを見ても惚れない呉服屋だな」

「…(あそこは従業員の年齢層高いし…比較的顔が整ってる赤司家に動揺は見せてないし…大丈夫、かなぁ)」


「服を脱いで」といえば「下着はどうする?」とわざとらしくニヤッと口元をあげて聞いてくるので、完璧な笑顔で「どちらでも嬉しい」と返してやった

すると「じゃあ脱がない」と笑顔で返し長襦袢を持つセイジュに「着付けするんだろ?はやく」と急かす始末だ


慣れてるセイジュは「はいはい」と流しつつ短い指示を飛ばしながらパパッと着物を着せ、羽織を着せる時は爪先で背伸びしながらも頑張っていた

可愛いすぎかと旦那の心が震える。何も言わずセイジュが掛けやすい低さに膝を屈めて腕を通し前を留められて完成する


「足袋は流石に自分で履いてよ」

「…わかった。お前の生着替え見ながら履く」

「うん、それでいいから」

足袋を履く為に腰を下ろしたアキラは嫁の着替えを下アングルから見ながら非常にゆっくりした動作で足袋を履く。視線は常にセイジュだ

左右を履き間違えたり色々アキラらしくないわざとらしい失敗を繰り返す。熱烈な視線を感じながらもマフラーや上着を脱ぎ上半身裸になれば、複数の赤い華が背中に散らばっていた

当然セイジュからは見えずそれを晒してる気も無いだろう。実にエロ…いや雅だ



アキラが選んだ一式をまじまじと見下ろしながら長襦袢を着た後にズボンを脱ぐ

それに小声で「cazzo(ちくしょう)」と聞こえたのでアキラの方を向けば彼はまだ一足も履けていなかった

「ねえねえ、珍しく着物とか男性物だけどさ。なんで羽織が女物?」

「似合うし俺が見たかったから」

「…ついでに脱がしたかった?」

「できるなら…お、髪紐も使うか。今持ってきて貰う」

「待って待ってちゃんと足袋履いてから廊下出て!!格好悪いでしょ!」


足の指に緩く被ったままの足袋と素足で廊下へ出ようとするのを全力で止め、セイジュが遂には膝をつき足袋を履かせれば、計画通りと楽しそうに言う旦那の声

溜息をつきたくなるもアキラがセイジュに過保護になるように、セイジュはアキラの身の回りに手を出したくなるのも事実。似たもの夫婦なのだろう


足袋を履いたアキラは退室し熱烈な視線から解放されたセイジュは着付けを済ます

純白の着物には白以外の色は無く、小さな花があちこちに白く縫われ陽の当たり様で銀にも透けるようにも見えるだろうか。腰に藍色の男帯を締め、女物の羽織に腕を通す

深めの赤に中くらいの牡丹。緑葉が根本に付き、赤や白にピンクと言った牡丹が羽織に息衝いている。袖口付近には最後の仕上げなのか金粉を散りばめたような模様

最後に襟元をきゅ、と整え長襦袢の襟元だけ黒いそれが全体を引き締めて見せた


全て身に付け足袋もきちんと履き姿見で出来栄えを確認すると、ついついセイジュは出来栄えに感嘆する

「白と赤…腹に藍は、抱きしめられてる腕か?」

白は雪。赤はセイジュの生まれ持った色。藍は…いわずもがな

身に纏った全てで雪景色でセイジュがアキラに腰を抱かれてる様子を表してる様で、強めの独占欲もここまで来れば欲情にでも変わりそうだ


かというセイジュもアキラへ選んだ着物は、白系で帯は暗い赤だったのだからこちらも独占欲は無意識に反映されたのではないだろうか。羽織は藍色に縦縞…やはりどっちもどっちだ

「それにしても京都で観光する為に貸衣装を借りたのかな。でも大事な日とも言ってたし…十二月二十日…ん?」

袋に入った未使用の櫛を手に取り袋を破いて手入れの行き届いた髪を梳かす

十二月二十日になにか出来事があったかと考えながら梳かす内にふと思い付く


「ユリ・ゲラーとか虚淵 玄さんの誕生日だった筈。テツヤが中学の時アニメ解説でとても流暢に喋っていたから覚えてる…なるほど、なるほど」


謎は全て解けた、と言わんばかりに達成感がある顔をしてるがこの場に黒子がいれば、きっと彼は無表情で「オタク検定は合格ですけど三次元なら不合格ですね」の一言くらい言うだろう

愛されてると実感があるからこそ自分のことを気にしなくてもいい環境にいるから、現状を招いたのかもしれないが…それにしても酷い

櫛が一度も引っかかる事が無い程サラサラな髪を梳かしている内に、体重を感じさせる足音が近づいてくるのに気付く


「失礼いたします」の一言も無しにガラッと開けるが閉める時は音を立てないようにする微妙な気遣い

髪を梳いてるセイジュに嬉しそうに近付き、拳ひとつ分の距離に膝をつき選んできた髪紐を見せてきた

数珠くらいの長さで全体が白い。紐の先には両端に三つずつ小ぶりなガラス玉がついていた。それだけなら普通の髪紐なのだが、色を見て思わず息を呑む


水青黄 緑紫桃


と並ぶ姿に大事な大事な仲間の姿を重ね合わせた。キセキの世代と呼ばれた懐かしい中学時代の友に。親友に

セイジュがアキラを見上げると、同じ事を想像したであろう…「だから選んできた」と心底嬉しそうに笑った

そのままセイジュの後ろに周り鏡越しに気にしてるセイジュとの会話を続けながら、髪紐としての役目を与える


「暗い所でみれば紐も灰色に見える。つまり灰崎、で俺とセイジュは羽織と帯で…キセキと桃ちゃんは髪紐…これ見つけた瞬間目が離せなくてな」

「こんな偶然あるものなんだね…すごい。これだけでも買取できないかな…皆も喜ぶよ!」

「そういいながらセイジュが物凄く気に入っただけだろ。見た瞬間眼をキラッキラさせてたぜ?」

「…ばれた。ふふ、だって気に入っちゃったんだ仕方ない」

「、おい、揺れんな。手元狂う」

「酷いなあ。完成したら皆に写真送るから頑張って旦那様」


鏡越しにそうアピールしてくるセイジュに苦笑を零す。「頑張るから揺れてくれるな嫁さん」といいつつ髪紐を形として完成させた

ポニーテールを髪紐で結び最後のキツめに玉結び。そこからリボン結びをし手を離せば結び目から十センチ程下に垂れるガラス玉

常に玉がぶつかり煩いかと思えば、長い髪がクッション代わりにもなってるようであまり気にならないらしい


アキラは懐から携帯を取り出しガラス玉とポニーテールをそれぞれ取り、セイジュが振り向いた時に不意打ちに写真を撮る

ぽかん、としてるセイジュと鏡越しにニヤリと笑う口元が隠しきれてないアキラの写真。それぞれを仲間内に送信し速攻で電源を切った

再び懐に入れ直す最中にふ、と思い出したようにセイジュは尋ねた


「ボク携帯をシアトルに忘れてきたみたい。探しても無いんだ」

「ああ、お前のは俺が持ってきてる。いまはキャリーの中だからマンションついたらでいいか」

「そうなの?助かるよ」

セイジュにはどうでもいい話題だったようで機嫌良くゆっくりと頭を横に交互に振る。かつん、からんとガラス玉があたる音を聞きたいようで、聞こえると子供の様に微笑む

見ているだけで微笑みが移る程に愛らしく、つい遊んでるセイジュの頬に手を伸ばしキスをしてしまった

至近距離で見る互いの瞳は何よりも美しくて、ガラス玉より遥かに魅力的だと改めて思う。鼻をすりよせればセイジュの両手もアキラの頬へ伸びそっと包み込む

昔から相も変わらないシャンプーの香りが幸せを体現してるようだった


「…ここに」

アキラがちゅ、と吸い付く。それに合わせて瞳をとじたりあけたりするのが堪らない程に可愛い

「口紅でも塗る…?」

「塗っちゃうの?あと五分もすれば同じ色になると思うけどね」

「それもそうか。キツイ色じゃないお前によく似合う可愛い赤な」

「ふふっ」

あと五分。なんて言ってキスをする

外の雪景色に出て味わう寒さで色付くのとは訳が違う、愛情深いそれで体の内側から熱くなる


その五分後に声かけをしようと襖の向こうで空気を読んでスタンバイしてた店員と、退室した瞬間に視線がバッチリ合い、妙に血行が良くなってた二人は非常に気まずい空気になるとは露知らず

その気まずさの中髪紐の買取の交渉をする羽目になるとは五分前の二人は気付いていない




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