番外編
□金色に伸びる径(みち)
2ページ/5ページ
シアトルを昼に立ち約十時間。日本についたのはおよそ午後。そこから車を回して貰い約二時間ようやく京都の嵐山へと到着
キャリーは運転手(藍澤家勤続二十年のベテラン)に任せ「いってらっしゃいませ」と九十度の丁寧な礼付きで送り出される
アキラが感謝と手を振る間も決して顔をあげることなく頭を垂れていた。実に優秀な運転手さんだ
「うわぁ久しぶりの京都…」
「懐かしい?」
「ここは玲央達に一度だけ案内して貰った事がある。でも季節は夏頃だったから…寒さが全然違うね」
暖を取ろうとアキラの腕にピトッと貼りつくセイジュ。念の為中に着る物は暖かめにと伝えたものの本当に実行したかは定かではない
アキラが巻いてた緑生地に赤のタータンチェックのマフラーを外し、セイジュのラフな髪を巻き込まないように丁寧に巻く
セイジュに言わせてみれば「どこでその巻き方覚えてきたの?」と思わせる結びをきゅ、と完成され首元が温もりもあってホワンと暖かい
ほわほわとした笑みで感謝を述べられアキラは満更ではない。車内で寝ていた為高いセイジュの体温が指先から冷えないように片方の手袋を渡し、空いたままの手はしっかりと握る
どこまでも過保護なアキラは年を重ねる毎に過保護度が高まっている気がする
そう思うが指先まで愛されてるとひしひしと感じる愛情に嫌な気分になる筈も無く。嬉しそうなセイジュの顔にまた過保護度をあげていくのはアキラにとって自然なことなのだろう
防寒対策を整え携帯を使い目的地のひとつであるとあるお店へと足を進めた
あまり記憶に残っていないであろう景色をキョロキョロ見るセイジュが転ばないように支えつつ、目的の店の看板を見つけたアキラは携帯を仕舞い躊躇なく入店していく
手を引かれながらもセイジュがこの店の看板を見て、着せ替え人形のような目に合うのではと顔を青褪めた所で最早体は入店を果たしてしまっていた
店員と話をしてるアキラの会話を盗み聞ぎするとどうやら、彼は予約をしていたらしい
そして着替えるのはセイジュひとりらしく、アキラの背後でバレないように体を小さくしてた彼を店員の前へ背をそっと押し「後はよろしく」と言い放つ
セイジュは訳も分からず背を押され反射的に足に力を入れて踏ん張る。気分は幼稚園に置いていかれたくない園児とその親。当然セイジュは園児寄りの気持ちだった
「…セイジュ。何も売り飛ばそうとか置いてけぼりにするとか、絶対にありえねえから力抜けって」
「嘘だ!アキラはボクをここに置いて、ボクが着せ替え人形に徹するのを遠くで見守るつもりだろう!そんなの絶対許さないからなッ」
「どんな誤解だ!?こらっいい加減動かないと俺が全部着付けするぞ!ぐちゃぐちゃなまま外歩かせるぞ!」
「構わないっどうせボクが着付けし直せばいい話だ!」
「…そうだった。お前…自分で着付けできるんだった」
店員の苦笑いがこの場にいる他の客や従業員の心を代弁しているようだ
頭を抱えたアキラが項垂れ、自由になったセイジュがそっとアキラに耳打ちをし小悪魔の囁きで引き摺り込む
「ボクを着付けするんだろ?ならアキラをボクが着付けしてもいいよね」
「いや今回の主役はセイジュだけだし俺が切る必要は…」
「ボクが主役ならアキラにも着替えてほしい。二人で着物きて二人で並んで歩きたい…駄目、かな」
最後の一言の前までは子猫のように甘える眼差しだったのに、いつの間にかうるうるとオッドアイが潤み儚げに訴え、諦めたようにそっと視線を逸らす
あざといと分かっていながらアキラはセイジュのそんな顔に本当に弱い。反射的にセイジュを腕に抱き上げ逃がさないように力を籠め、本日の主役の意見を尊重しようと心を決めた
苦笑しつつセイジュを見下ろす眼は限りなく甘く、この場にいる誰もが口一杯に砂糖を突っ込まれた気分だった
「わかった。セイジュがそこまで言うなら、いや甘えるなら聞くしかねえよ」
「ふふっ流石アキラ。部屋借りてパパッと着替えよう」
アキラの首筋に手を回してぎゅっと抱き付くセイジュが動く度に、結んでいない髪がサラリと揺れ思わず直視した人の眼を奪う
例え女でも男でも「セイジュの毛先までも俺のもの」と豪語するアキラが目敏く惹かれたであろう人物に厳しい眼を向ける
それがただの客ならばいいが店員も複数人いた為、上客の機嫌を損ねて堪るかと必死に顔を横に振る具合だ
熱い嫉妬の混ざる視線と冷たい口調で「この店で高価な一式を両手分上に持ってきてくれ」と言い捨て、返事を聞かずに着付け室であろう二階へリズミカルに上がる
アキラの嫉妬さえ嬉しいとクスクス笑ってるセイジュは悪戯に不機嫌な唇へ吸い付く。動揺し足元が一瞬止まるがキスが一秒足らずで終わると同時に再び足は動く
不機嫌はたった一秒で大分払拭された模様。バタバタと一階が慌ただしい様子なのはガン無視し無事に階段を登り切り、そっとセイジュを床へ下ろす
身長差から自然と上目使いとなるオッドアイは澄み切り未開封の飴の様だ。実際は開封済みで愛情やら快楽やらでアキラ好みに染まりきった極上の代物
その目元を親指で何度かなぞり反応を返される前に目元に、髪に、口にキスを送る。バタバタと騒がしい店内にした張本人とは思えない程に丁寧で繊細に。愛を込めて
「アキラさーん?アキラの為に自分を磨いて、高めていったボクの努力は…迷惑かい?」
「…迷惑なものなんてねえよ。俺の為に尽した結果が老若男女問わず眼を惹くってのは、至極当たり前のことなんだろ…お前は身も、心も綺麗だからな」
ーー惹かれちまうのはしょうがねえ。その分セイジュを何度でも惚れ直させる努力を俺がすればいい話だ
自信たっぷりに笑い言い放ったその言葉に暫し眼をぱちくりとさせたセイジュが意味を理解したのかボボボッと顔全体を赤らめた
先程までの小悪魔ぶりはどこにいったのか。あうあう、と恥ずかしげに声にならない言葉を零したと思えば両手で顔を覆い、心に直撃した甘言に震えながら言うのだ
「っ…有言実行できる旦那様がたまに怖い」
「ああ?幸せだろ…と、準備できたらしい。いくぞ」
バタバタと肩で呼吸をしながら大量の箱を数人がかりで担ぎ階段をかけのぼる人の影
それを視界に収めたアキラはそっとセイジュの腰を抱き、荷物係を先に部屋へ移動させる為に廊下の隅へ移動し、パタパタと駆けていく背中を見送った
必死に箱を運ぶ店員達には見る隙さえなかったが、艶やかに色付く嫁の顔をそれとなく隠す旦那に、また嫁が身悶えしてるとは当人以外は露知らず
.