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□オリオンのままに 45Q
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「ホントもーモデルの顔に傷つけて許さるもんじゃないんスよ!?」
「悪かったって。でも騒音問題おこしてる身分でちょっとおこがましい」
「お、おこが…?」
「身の程知らず」
酷いッス!
そんな声が螺旋階段をトントンと下りてくる音にリビングのソファで寛ぐ青峰は、顔だけ振り返り声をかける
「アキラ、俺の部屋すげえ広かったしでけえベッドあったんだけど!」
「ああ、ベッドとか最低限の物は備え付けだから俺は何も関与してねえよ。新しい物欲しいとか模様替えの相談はセイジュとしろよ?」
青峰を挟みアキラと黄瀬がドスンと勢いよく座りこむがソファは軋まない
大柄な三人が肩を並べて座るが十分に広いそこで、皆の視線はテレビのNBA中継で試合中の画面に釘付けだ
部に入ったばかりの黄瀬の熱狂ぶりは青峰の足元レベルだが注視してるのに変わらない。ただし大事そうに膝上にシューズを持ったままだが
流石に青峰もチラッと黄瀬をみた時に二度見してしまう程動揺してたのは言わずもがな
「赤司…けどよ最近赤司はロウ?だっけか。ソイツの時が多いじゃねえか」
「そう、だな」
膝に頬杖をつき前傾姿勢で画面から視線を逸らさないアキラは、ロウのツンツンぶりとセイジュのデレデレぶりを交互に思い出し、じわじわと笑みが零れるのを隠そうともしない
ロウがアキラを、藍澤を嫌う根本的な事案はまだわからない。アキラ自身が本当に関与してるのかさえ本人には分からない
だが雁字搦めになった糸も触れる内に、話す内にいつか解れるのではと淡い期待は抱いている
ただこの思いは誰にも言わず胸に秘めているだけ。軽い願掛けにも似ていた
「あんまりこの家にも帰ってきてねえんだろ?」
「一週間に二回あればいい方だな。流石に…離れる期間が長いと辛いなあ…」
ふぅ、と物思いに耽る溜息をひとつ
黙って口を挟まなかった黄瀬は内心…その間に耐え切れなく泣いたのは青峰には言わない方がいいだろうか、と大人の対応を覚え実行していた
どんよりと重い空気になる前に悩みを吹き飛ばす晴れやかな笑顔で、青峰がバシバシッと項垂れるアキラの背中を強めに叩く
痛みに声にならない悲鳴がするが気にせず言葉を持ってアキラの背を押してやるのだ
「お前らしくねえ。ロウぐらい、赤司同様に落としちまえ!」
「いやいや簡単そうに凄いこと言ってるけど!?てか赤司って…、あの赤司征十郎!?」
黄瀬は彼女という言い方を今までしてきたがそれは本当に性別が女だと思ってた故の言葉だった
だからこそ赤司征十郎と言う存在は男であり、女よりも整った美人さんだと最低限の知識はあったが…まさかアキラの相手だとは…
えっえっ、と騒ぎ二人の「何今更なことを」と言う呆れた表情を受け続ける黄瀬は激しく動揺していた
「黄瀬だって知ってるその赤司だな。アキラと関係持ってる奴は」
「だって、男じゃ…いや人それぞれの好みはあるけど!ちょっと、すげえびっくりしてる…!」
「…だってよお黄瀬。俺とほぼ同じスペック持ちの美人で、性格がとんでも無く可愛いく、献身的かつ料理も床も上手い存在が…この世にセイジュ以外にいるとでも?」
「いや…う、美人ならそれなりにいても…でも…まず、いません…」
「そういうこと。別に偏見向けても構わないが、帝光なんざ腐の最先端らしくそういうのに寛容なんだぜ」
「帝光中どうした!?」
なー?と仲良く青峰とアキラが顔を見合わせ首を傾げ意気投合するのを黄瀬は困惑しつつ、そういう世界もあるものだと無理に納得
例え尊敬するオリオンがゲイでもファンを辞める気にはならないのが不思議だが、本人が幸せなら許せるファンの鑑具合が黄瀬を奮い立たせていた
「黄瀬のクラスの灰崎だってアキラと同じなんだぜ?とかいう俺も…好きな奴は男だし」
急にテレたようにハニカミながら鼻を摩る青峰に、黄瀬はもう何も怖くない…!と軽い発狂状態のまま白く燃え尽きる
青峰が狙う人を知ってるアキラはなんだか親を取られるような妙な気分だが、強く反発するだとか邪魔立てする気は更々ない
(テッちゃんが決めたなら俺はそれで尊重するし。でも無理矢理なら…まあ大輝は俺を裏切ることはしねえだろうけどよ)
それでもなんだか妙に落ち着かなくて、コーヒーでも飲むかと席を立つ
目敏く気付く青峰が自分の要望する飲み物を口に出せば、黄瀬もつられたように口からスルリと注文する
面倒臭そうな顔しながらも用意してくれるアキラの優しさが、何だか出来の悪い子を可愛がる親の様だ
「大輝が前に来た時に残していったコーラあるからお前らソレ飲めよ」
「おー構わねえぞ」
「賞味期限切れてないなら賛成っスよ」
「…ほら」
洒落たグラスに炭酸が強く主張するコーラが躍るそれが運ばれ、何故か青峰と黄瀬はチンとグラスで乾杯をしていた
した二人はただのノリだったようでヘラッと笑い各々のスピードで口に運んでいく
口の中がパチパチとした刺激で満たされる中、鼻に淹れたてのコーヒー特有の香りに何故か自分達までコーヒーを飲んでる気分になった
だが誰もが通る道だろう。匂いと違い、コーヒー無糖のあの苦さの衝撃ったら核爆弾並だということを
それを知る青峰はサァと青褪めた事に誰も気付かず、コーヒー片手にアキラがソファへ戻り静かに座り何口か啜る
それだけで大人っぽいと漠然と思う。恐らく彼の今まで行動がそう思うのを後押ししてるのかもしれない
熱烈な視線に流石に気付いたようで、カップを置き苦笑しながら茶化しにかかってきた
「…なんだお前等。俺は見世物じゃねえんだがな?」
「…いやアキラは同年代の筈なのに大人っぽく見える…なあ黄瀬」
「……見えるッス。俺がコーヒー飲んでも何故か女子以外にはチャラいって…」
「ああ、チャラいわ」
「チャラいかもな。黄瀬は」
何なんスか二人して!
そうグワッと喰いかかる黄瀬を越える歓声が急に聞こえバッと画面を見ると、プレーヤーがゴールにぶり下がりダンクを決めた場面を見逃したらしい
ちゃっかり見てた青峰がひとり「うおおお!」と興奮しており、アキラが見逃したのか頭が垂れていた
黄瀬と同じ状況入りのアキラの恨めしそうな眼とバチッと視線があう。無言で交わすアイコンタクトの末、頷く
そのまま二人の間にいる青峰の脛目掛けてガッと蹴り各々の不満をぶつけるのであった
「くっそ…お前等くっそ!」
二人をソファから追い出しうつ伏せで頭から足までソファにダラリと突っ伏す青峰は不貞腐れていた
追い出されたといえどもテレビを囲むようにコの字型なソファな為、別の空いてる所に避難すればいい話だ
三人が別々に別れて座り、全く反省も後悔も無い黄瀬とアキラは先程の事を水に流し、彼女のことを話始める
「赤司くん…もう赤司っちでいいか。その人のもう一人の人格の…ロウ?ロウっち?と、今みたいに喧嘩しないんスか?」
「ロウとは得にそんなことはしてねえな。今喧嘩したら関係を築くのにも支障がでるし、デメリットの方が多いと思って」
「今はまだ様子見ってやつ…?」
「そんな所か…大輝も言ってたロウを落とす、にはきっと会話より接触の方が効果的なんだってことは分かってきたけどな」
NBA中継がつらつらと流暢で、プレイに上下するテンションが反映される解説の英語が歌うように流れてる
歓声がワッと湧くタイミングで三人の視線がバッと集中する流れを何度か超え、ようやく痛みと拗ねが消えた青峰が顔をあげ、会話に参戦する気になったらしい
「迫り過ぎて修羅場になったら仲裁してやるよ」
「あ!俺も!俺も助けるっスよ!」
むくりと上体を起こし胡坐をかいて座り直しながら、手をあげアピールをする黄瀬に眉をよせ無理無理と馬鹿にする
当然納得のいかない黄瀬が食って掛かるが青峰にしては正論をかませば何てことは無い
「合鍵無い癖にどうやって家での喧嘩を止めるんだよ」
「あ、あーと…ほら、親友パワーで!!」
シャラッと決めポーズまで決めたが、親友と公言されたアキラが酷く不味い物を食べたように顔を顰めるのを視界に収めてしまい、嘆く
「なんでそんな嫌そうな顔するんスか!」
「…いやだってそこまで仲良くは…部活で忙しいし…ごめん」
「そんな俺が告白して振られたみたいな雰囲気ださないでくれる!?」
ははっと笑い青峰が飲みかけのコーラを一気飲みする。そのまま上昇する機嫌を顔にまで出し、黄瀬を指さし禁断の知識をひけらかす
「仲良くなって数週間足らずのお前はいわば学園物主人公の四月状態。エロ展開の神様ですら四月は手を貸してくれねえぞ諦めろ!」
「大輝、おま、どこでその禁断の知識を手に入れた!?」
コーヒーを吹きかけたアキラが詰め寄り突き詰めれば、非常にデレデレと惚気るように青峰は口を割った
「実はよ…テツの奴が”これで恋愛の勉強と僕と会話を成立させる最低限の知識を身に付けて下さい”ってゲームを貸してくれてな…いやあ、エロゲー舐めてたわ」
背後にハートが乱舞する青峰の姿を見てアキラは一気に絶望の淵へと突き落とされた気分だ
恐らくギャルゲーのR物を何本か貸しているのだろう。その内BLの方へシフトアップするつもりか
(テッちゃんは大輝をどうしたいんだ…!一応大輝に狙われてる自覚あっての行動なら今が分岐点だって…バッドかR指定かの)
指を組み額をおしつけ深い溜息をつく。神様的存在である黒子が、無表情でピースをしてる姿で脳内を過ぎ去ったのだから始末に負えない
そんなアキラを置いて黄瀬が青峰に文句をつけ始める
「青峰っちばかり優遇されすぎっスよ。俺だって合鍵とかほしい…!」
「はあ?なら俺に1on1で勝てばいいだろ。まあお前が部屋や鍵を手に入れる前に、部屋という部屋をエロゲーで足の踏み場を無いくらいにしてやるよ!」
「おいふざけんな」
家主のドスがきいた声にビクッと肩が震えた。しかし黄瀬の勢いは止まらない
青峰そっちのけでアキラへギッと鋭い本気の眼光を向け、無様に懇願する内容は恐ろしくもおこがましい
「アキラっち!青峰っちとの1on1で一度でも勝てたら合鍵入手の交渉テーブルにつかせてください…!」
「あ、ああ…(交渉テーブルでいいのか訳分からない)」
絶対勝つ!と耳に小指を入れどうでも良さそうに見てる青峰を指差し、ひとり燃え上がる黄瀬
ぽかーんとその様子を呆けてみてたアキラは青峰と小声で思う事を話す
「別に鍵無くても客間もあれば、鍵持ちの誰かにくっついてくればこの家に入れるってのに…変な奴だな」
「アイツバカそうだし気付いてねんじゃね。勝つじゃなく一点でも取れたら、とかにすればいいってのに…変な奴だな」
ぼそぼそと会話されてるのに噂の本人が気付き、くわっと噛み付く
「内緒話は本人のいない所でして下さい!」
ところでお気づきだろうか。二階から降りてきた時点で膝に大事そうにおいていたシューズ
あれを今の今までずっと鎮座し、愛猫を撫でる手付きで愛でていた黄瀬の手に青峰とアキラが若干引いていた事を
だが優しい彼等は本人の前では言わないでおこうとアイコンタクトをとり、ただ一言伝えてあげることで許してあげるのだ
「「黄瀬って変だな」」
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