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□オリオンのままに 45Q
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そびえ立つマンション…いや億ションと言った方が正しいか

それを見上げた初めての人は大抵同じ反応をする。それはモデルも同じだったらしい

黄瀬は呆然と立ち尽くし口を鯉の様にパクパクと開け閉めをし、その姿を青峰に指をさされ笑われていた


「だっははは!俺はそんな顔をした奴等を何人も見てきた口だ!」

「…ハッ、あ、いまの無し!事務所には絶対言わないで下さい、これあげるから!」


モデルに口止め賄賂をそっと渡された青峰は手に収まる物を見て、そっと胸ポケットに仕舞いこみ、これ以上ない笑顔で固い握手を交わした

「これからも仲良くしようぜ黄瀬」

「…うん(この人チョロいなあ)」


青峰の胸ポケに収まるソレは限定物のマイちゃんのサイン入りハンカチ(使用済み)だ

それを使ってテーブルに零した液体を何度も拭いたのは黄瀬は墓まで持っていくことに決めた。本気で法廷沙汰になる未来を回避する為に




あらゆる人体のセキュリティー登録を済ませた黄瀬は、テストで初めて赤点をとった時以来に心臓がバクバクとしていた

胸に手をあて見えない明後日の方角を見てる黄瀬の横で、青峰が両手でぎゅっと握りにやにやと顔を綻ばせている


選ばれたものしか入れないマンションのカードキーを手に入れただけで、自分までも何かが変わったような気がしてやまないのだろう

小声で家主に「顔」と言われようが緩みは抑えられそうに無い



病人が乗るストレッチャーが二つ分が並んでも問題ない広さのエレベーターへ乗り最上階で降りた

自宅の扉でふと足を止めたアキラは青峰を振り返りそっと手で「どうぞお開け下さい」とジェスチャー

嬉々として反応し青峰が震える両手でカードキーを差し込みピッとドアのロックが解除され、思わず両拳を上へ突き上げ無言で喜びを感じ取っていた


「あれやばいっスよ。見てるの俺等でよかったスね」

「まあしょうがねえだろ。欲しかったものが手に入ったら誰でもああなるんじゃねえか」

つぅ、と流し目を受け黄瀬は何だか胸がざわつく

これが…恋?アキラの恋人に殺され掛けないと結論付けるとキュッと心臓が縮こまり、フラグは折れた

「お前だって、オリオンとの1on1が出来たらアレくらいするんじゃねえの?」


ふ、と小さく微笑み黄瀬を残し自宅へ入るアキラの背中を我に返って追いかける

憧れのオリオンの家…!恋愛より尊敬が強い黄瀬は心臓の速い弾みの理由をよく知っていた











「ふうううううううううう!!いいやっふううう!!」

リアルで発狂してる人を直視した黄瀬の平常心は急速に下がっていく

あわあわと青褪めていく黄瀬の前でアキラは丁寧にスリッパを人数分出し揃えて並べた


(青峰っちの発狂具合に気にも留めずにスリッパ出し!?嫁の教育行き渡りすぎでしょ!)


「こら。大輝、汗かいた足のままフローリング歩くな。スリッパ履け、ほら」


藍色のスリッパを履きリビングで奇声を発する青峰の元までスリッパを持っていくアキラ

その姿は本気で子供の世話をする父親にしか見えなかったがどちらも百八十越えの長身だ。惑わされてはいけない

玄関に取り残された黄瀬は所々にある高級品であろうものを壊さないように気をつかい、残されたスリッパを履く


「やべえ…スリッパってこんなにふかふかしてるなんて、俺知らなかった…!」

小さな感動を乗り越えてリビングへ到達した頃には青峰の姿は無く、十人掛けはあるソファにゆったりと身を任せるアキラのみだった

「青峰っちは…?」

「上…真上見てどうする。あの螺旋階段上れば複数の部屋あるから、そのうちの一つを大輝にあげた」


指摘された通りに上を見た黄瀬は誘導されるように視線を螺旋階段に向け、再びカルチャーショックを受ける

ロフトくらいだろうなと浅はかな考えを持っていた自分を殴りたい。黄瀬は崩れ落ちるようにソファにバタッと体全体で倒れ込む

倒れ込んだというのにあまり音を立てない優秀さに泣きたくなった


「革張り…うう。すごい弾力」

「これ一度買い換えなきゃいけない程汚してなあ。だからコレは二代目だ」

「そうなんスか…はあ。俺達とは生活水準本気で違うんスね」


ペトリと頬をソファに押し付ければ革特有の冷たさを感じた。そのまま瞼を閉じ耳を澄ませば本当に微かに聞こえる青峰の奇声

そうして思い出した。アキラが先程言ってた言葉に、例のあの部屋があるということを

オリオンファンである黄瀬がなにより見たいものが詰まってあるだろう場所。そこに行かねばファンが廃る…!


ガバッと上体を起こしそのまま腕の力だけで匍匐前進をして薄気味がるアキラにすぐ隣で声を張り上げる

「寝室が!オリオングッズが!見たい…!」

「……絶対に荒らさないって誓うか?」


待てを守る忠犬の如く首を縦に振る。瞳は星を散らばせたように煌めきキラキラとアキラに光線を放っていた

思わず無言になったアキラはそっと黄瀬の髪を梳き「いいぜ」と了承の意を返す

途端青峰がレアな蝉を見つけたような喜ぶ表情をしたのには苦笑をするしかなかったようだ










螺旋階段を黄瀬は一歩一歩噛み締めて上り、一番近い部屋のドアを開けたアキラの後を辿り踏み入れた

そう…電気をつけなければ暗すぎて分からない程の暗さの原因。それは電気をつけられた瞬間に黄瀬は理解し、なんとも形容しがたい顔で訴えた


「アキラっち…なにか悩みでもあるなら俺聞くっすよ…」

「部屋の色見て言ったなら追い出すぞ」


部屋の床と壁、天井以外には黒色しか無い

ベッドもカーテンもクローゼットに至るまで徹底された色の統一加減にアキラの完璧主義者具合が垣間見えた

アキラの機嫌を損ねないように言葉を選び黄瀬は徐々にオリオンのグッズへの道を辿る


「だってこんなに黒一色なのはちょっと意外で…もしかして夜は電気をつけずに眠る人?」

「ああ。ここまで黒いと電気を消せば当然暗いしな。寝るには最適だろ」

「なるほど。彼女さんもそのタイプなんスか」

「いや、灯りがある方がいいらしいけど俺と寝る時は八割方意識なくすから問題ないってよ」

「……うん。突然の夜の事情に俺は心底びっくりしてる」


顔に手をあてチラッとキングサイズのベッドを見て、ここで一人は寂しいなとふと考えた

それに黄瀬がアキラとより一層仲良くなった時は彼女が二重人格で実家に帰ってしまったような。それは解消されたのだろうか


手を下ろし聞き辛そうに口ごもりながらも黄瀬は聞いた


「あー…確か彼女さんと色々あってあまりこの家に寄り付かなくなった…んだよね?」

「…まあ、毎日いた頃に比べたらな。でもこの前アイツ倒れてさ、そのままお持ち帰りした」

「はあ!?アンタ、意識の無い彼女に無理矢理…!」

「変な事いうな!ただ寄り添って寝ただけだっつの…ああ新しい人格の方とな。それからちょくちょく寝に来る」


そういうとアキラは藍色の髪を掻き、話は終わったとばかりベッドの奥のクローゼットへ向かう

ひょこひょこついてきた黄瀬を確認してから開け、眼をこれでもかと輝かせる奴を見て歯をみせて笑う


「これが、リストバンド。あっちでつけてた」

「ふぉおお…」

「これがシューズ…もうサイズ違うから本当に履かねえな」

「これ貰っても!?」

「……世に出さないって約束する上に俺の存在がバレるマネはよしてくれよ」


お古のシューズを貰い黄瀬の心臓がバックバクと激しく弾み、心なしか息が荒い

まるで部活を終えた直後の黒子だと呑気に考えてたアキラはふいうちの形で攻撃を受ける

背後でテンションが異常な高まりをみせた黄瀬の奇声の咆哮によって


「ひゃああはあああああ!」

「!?」


びくっと体を震わすアキラをよそに入手したシューズを両手で天井に掲げ、まるでひとりライオンキングだ

どこかから聞こえるそれっぽいBGMは近くの部屋の青峰の奇声なのだろうか。どんな器用さだ。

黄瀬のテンションが下がるように考えた策…デコピンによって彼が理性を取り戻す様にと願い、アキラは指を放つ


抉るような痛みで仰け反っているが、シューズだけは離さないファン根性にアキラは若干引くが、奇声が聴こえなくなっただけでも良しとしよう








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