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□オリオンのままに 45Q
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時間にして五分も経っていないだろう
大と小サイズの二人の会話は指輪から様々な事に飛び移っては戻り、を繰り返している
ロウは返ってきた指輪を見ないように瞼を下ろしながらチェーンを首にくぐらせ、人の体温の移る指輪が丁度心臓の少し上に落ち着いたのを感じる
ぱちりと瞼を開け主に会話に入らない赤司に、時折話題や無茶ぶりを振るのに嫌々答えつつ、じっと二人を見て思うことがあった
二人の会話が暴走と化しお菓子論争に差し掛かる手前で、流れを絶つように赤司は抑揚の無い無機質な声で一石を投じた
「お前達は主にバスケで仲がいいのか?」
ピタリ。ガルルルと睨みあった熊と小型犬が動きを止め、赤司へ視線を向けた後お互いを見る。打ち合わせをしたように答えは同じだった
「仲良くありませんね」
「仲良い訳ないしー」
ズバンッと切り捨てた言葉に多少傷付くものの次に続いたお互いの言葉にふわり、と妖精達は笑う
「でも部活が同じだから共有する時間は増えたので、バスケ以外の話で仲良くなっていったと思います」
「バスケの話すれば喧嘩なるけどーそれ以外だったら…別に俺怒らねーし。黒ちん単純だし」
「起立せよ紫原くん。僕の掌が君の腹に埋まりたいと叫んでいるので」
「嫌だ!!」
わちゃわちゃと話を逸らす達人なのだろう。必死に腹を守り机に蹲ろうとする紫原に発射準備を進める黒子
”普通の中学生”の休み時間を過ごす様子に赤司は眉を寄せた
「お前達が仲がいい事はよくわかった。だが、友達として仲がいいのは、部の仲間として過ごす時間が関係してるのも事実だ。そうだろ?」
緩慢な動作で頬杖をついた赤司はジロリと蛙を睨む蛇の様な鋭い眼光で、二人の動作を抑止させる
反論は求めていない。無駄話も求めていない。そう高圧的に言われた気になって二人は少ししょぼくれた
ロウには大らかで感情豊かなセイジュとは違い、会話の途中で横槍を入れられるのも、流れを乱されるのも酷く嫌う節がある
耐えに耐えての暴挙なら仕方ないかと黒子は納得したが、紫原は不服そうだ
「つまり部の内情が変化すれば友人関係にも影響する。ならば、」
そこで漸く赤司はにんまりと笑う。ただでさえ神に愛された子と豪語できる程の端正な顔だ
見ただけでゾッとする程完璧すぎる笑みは、どこか不安定で一歩足を踏み外せばとんでもない事を仕出かす様な危うさを孕んでいた
「…”キセキの世代”と呼ばれる僕達が力の均衡関係を崩し個人プレーに走る事になった場合」
スッ…とまっすぐ黒子を貫くように人差し指が伸びる
指輪越しに見た透き通る水色の瞳にささる少し前で止めた赤司は、見下した眼で黒子を試す
全く動揺を見せないまっすぐな水色の視線は、ただ純粋に赤司の様子を伺っていた
「コート(そこ)に黒子のパスは必要ないだろう?」
「…」
「そうなったらお前はコートを去る。そして僕達の前からも…恐らく友達という枠の中からさえも」
ピクリ。黒子が一瞬揺らぐが、眼の強さは消えず赤司の意見を吟味する
そうして究極の矛盾を見つける。ロウの意見が覆る人物を黒子は誰よりも知っていた
余裕が口元に出ていたらしい。滅多に笑わない黒子の異変に気付き紫原が、驚きながらも名前を呼ぶ
「黒ちん…なんでこんな酷い事言われて笑ってられんの?俺等、ていうか俺は黒ちんと仲間やめても友達ぜってー止めねーし!」
「いざその時になれば黒子は紫原との会話さえしないよ。出来ないだろ。それにコートを去る原因たるお前が、どうやって?」
「…っ知らない!けど、けど…」
大きな体も小さくなる程に酷くショックを受けているようだ
赤司の提示した言葉は戯言なんかでは無いのかもと思う節があったからだ。紫原自身最近妙に調子のいい時が増えた事も起因している
周りのプレイヤーがとてつもなく弱く貧弱に見え邪魔だと思う時があり、ハッと我に返る事も少しずつ増えていた
もしかしたら…黒子のことさえコート内で思う日がいつか来るのだろうか。紫原は疑心感を拭えずに泣きたくなった
「…ロウくんの言う通りそうなる未来も、もしかしたらあるのかもしれません」
物言わぬ貝と化してた黒子が口を重く開いた
眼の輝きは消えず、目の前に突き付けられた指をがしっと掴み下ろす。障害物も無く未だ見下すロウを直視したまま言葉を紡ぐ
ロウ自身の余裕がなくなる矛盾点を武器にして
「でも僕は…僕達はロウくんが予想するよりもずっと強いです。技術でもバスケでもなく、心が」
黒子らしい言葉だ。セイジュの記憶の情報から黒子が言うであろう反論部門三位に入る言葉だ
思わず鼻で笑ったロウに第二波を打つ覚悟をして黒子は続ける
「それに…ロウくんは故意的に忘れたつもりなんでしょうね。でもそれが君が言う言葉を根底から覆しますよ」
「…なに?」
柄が悪そうに眉を吊り上げ、意味深に笑う黒子に何故か胸がざわざわとする。セイジュが同意でもしてるというのだろうか
「ーーーアキラくんです。彼がいなければ赤司くんはロウくんと共に同じ感情を共有していたでしょうね。何で、食い違ってきたんですか?」
「……それは、」
「どうして指輪をキミに触れることすら許せなかったんでしょう。キミが想像する赤司くんなら許してくれたんでしょうね。でも、現実はそうでは無かった」
嘲笑を浮かべてたロウに困惑が滲む。黒子が下ろさせた赤司の手をグッと引き意識を向けさせてまで、ロウを追い詰めた
君の言うことは成立しない。その言葉の意味を深く理解させるために
「ロウくんの影響が一番強い赤司くんですらもう違いますよ。赤の他人である僕等は、言葉にするより難しい」
黒子は固い口調で言えば、ロウはふいっと顔を逸らし唇を噛み締める
たかが一人。なのにたった一人によって難易度が桁違いに跳ねあがる事をロウだって知っていた筈だ
それでも認めたくないし、受け入れたくも無いのはロウの意地だ。黒子の正論も、アキラの存在も
黒子が口を閉じれば当然だが、三人に会話は無くパタリと空気が死んでいる様だった
そんな中紫原が思い出したように表情を緩ませふわふわと思い出を突如話し始める
「ロウちんはアキラちんの事嫌いっていうけど、あんまり嫌いっていう人いないよね」
「そうですね。可愛い女の子に未だ声をかけるのは見受けられますけど、それを妬む男子は少ないです。あ、教師受けは最悪ですけどね!」
「なんだかんだ面倒見言い訳でしょ。三軍だってそうだし、俺等にも勿論だけど…ロウちんの面倒だってみてたじゃん」
「……僕が、倒れた時?」
「そう。ロウちん意識なくなったらアキラちん、血相変えて抱きかかえて全力疾走だよー?」
ロウにとっては忌まわしい出来事だった
嫌いな奴と共にいないと眠れないと分かり、尚且つ抱き締められてあっさり眠ってしまったのだ
死んでも安心したなどと認める訳もないが。それでも面倒見て貰った事実は消えない
人の記憶からも、自分自身からも
「別にアキラちんのこと嫌いっていうのはロウちんの勝手だし?文句は言わないようにするけど、傷つけたら怒るから」
「俺をか、僕をか…藍澤をか?」
「ぜえんぶ。全員俺好きだもん」
穢れの無い純粋無垢な笑みを持って言われた本心にロウは見開き驚く
嘘だ。そう反射的に言いかけた言葉を必死で飲み込みながら、何故かバクバクと煩い胸に手をやり心臓を鷲掴むよう制服を握る
恐らく存在してきて初めて言われた言葉。恋慕とは違う気持ちだが、存在を認められた気がして
それすら嘘と言われたら動揺を隠せない気がして、逃げるように視線を逸らしニマニマと微笑ましそうに傍観する黒子に鬱憤を晴らす
「…とにかく、近い未来に別離するのは必然だと僕は思う。黒子も…僕も、皆」
「何にしても僕達はしつこいくらい、諦めないんです。だから君がその考えを諦めるように頑張りますね」
あっけらかんとアッサリ反論された言葉に今度こそロウは脳内の情報を書き換える
黒子テツヤは本気で喰えない奴だ、と
あと紫原のことだけは僕と共感できるかもしれない、と
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