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□オリオンのままに 44Q
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少年達はベンチに座り距離をおいた会話をしていた。物理的にも、精神的にも

互いの視線は交わらずまっすぐ前を見つめ、赤司の見覚えの無いイングリッシュガーデンを淡々と見つめているのだ


「すてきなお庭ですね」

「ありがとうございます」


恐らくは幼稚園の年中か年長くらいの年頃でお互いに社交辞令を交わす二人に赤司は驚いている


(この年頃ってこんなつまらない会話するの?俺の小さい頃…て覚えてないから、わからないや)


少なくともこの二人よりは可愛らしい会話をしていたと思いたい。そんな赤司の浅い願いを他所に淡々と会話は続けられる

まるで台本の読み合いの様な姿は誰にも邪魔される事なく、早くも数十分は経過していた

赤司の拙い言葉使いが際立つように顔が見えない少年はスラスラと流暢に話す。少し聞いてるだけで頭のいい子だと察する事ができる程だった


幼い赤司が父兄の言いつけの通りの情報に踏み入ろうとした時にそれは本性を晒す


「そちらにも兄弟がいるとおききしましたが、…っひ、」


平行線をたどる雰囲気は、顔が塗り潰された少年の一言で変わる


「ーー結局アナタ方が欲しいのは藍澤の情報なのですね。ぼくらでは無く、アイツの…!」


傍観者の赤司にはわからなかったが、少年の赤司が怯える程の形相をして睨み付けているらしい

抑揚の無かった声が急に尖り責め立てる口調で少年の赤司を怒鳴りつけ、すぐにハッと我に返ったらしく、罰が悪そうに謝った


「…すみません。口が滑りました」

「…っぃ、ぃぇ…」

聞き取るのが難しい小声で返した少年の赤司は怯え切ってるのか、ピンと伸びてた背を丸まらせ視線を下げてしまっていた

ぎゅうっと半ズボンを握る手の強さと服の皺が彼の恐怖を表し、それを盗み見た少年は申し訳なさそうにポツリと零す

赤司家が求める情報の断片を


「…僕には弟がいるのは事実です。でも僕自身、彼の事はメイド達の噂で聞いた事くらいしか知りません」

「…あ、の…もしかして、その弟さんはアッチの屋敷に?」


辛うじて恐怖が多少抜けた腕でガーデニングの向こうにそびえ立つ洋館を指差す

ガーデニングを挟んで二つの洋館が並ぶ変わった家だとは思うが、もしかして別居状態なのだろうか


(顔見えないけど、この子…弟の事話したくないんだね。嫌いなのかな…それにわざわざ聞き出さなきゃいけない小さい俺もドンドン地雷踏みに行って可哀相な役目…)


視えないのだから息を顰める必要など無いのになぜかそうしてしまっている赤司は、目の前の光景も会話も他人事に感じる


俺、と怯えてる子を指すが…正直それが本当に過去の自分だとも思えず

赤司の覚えていない過去をなぞった光景だと信じきれない現状に少しだけ、飽きを感じていた


(この顔も見えない子も、目の前の俺も…どうでもいいかな。赤の他人である俺が、込み入った話盗み聞きするのも…気に病むというか)



キョロキョロと辺りを見回す事が可能だと理解した赤司は、前回身動きの一切が取れなかったのも嘘のようにその場で屈伸

そのまま伸びをして自由に動けるのを純粋に喜び、深刻そうに話し込む二人に背を向け、指差された洋館の門扉へと好奇心の赴くまま進む



少しずつ遠くなる会話。ただのBGMと化す言葉は顔の見えない少年の言葉を最後に、完全に聞こえなくなってしまった

だがその言葉が赤司の胸にひっかかった気がした


「…俺だって兄のことよくしりません。あの人が何かんがえているか、まったくです」

「それでも隣に並べるのでしょう?僕のはそれすら許されません。会話を交わすのさえ許されませんから…貴方達とは天と地の差だ」

「かいわも…ですか」

「罵倒は可だと知りまして、それ以来罵倒が唯一のコミュニケーションです。なにも楽しくはありませんが」

「……あなたはそれを変えたいとねがわないのですか?」




「ーーすべて最初から恵まれてたアナタには分からないでしょうね。ソレすら選択権が無い者の気持ちなど」




歩む足を一度とめ顔だけで後ろを振り返る

相変わらず顔が見えない少年の横に泣きべそをかく手前の赤司がいる。それを嫌そうに眉を顰め赤司は足を進めた


(…なにソレ。嫌味ったらしい子供だなあ)



振り切るように大股でその場を去る。縋るような視線に気付かず赤司は門扉の前に立ち、改めて建物の大きさに舌を巻く

全体的にヨーロピアンな佇まい且つ上品さが垣間見える作りは、赤司の実家とまた違った上流階級を体現していた


「あれ?俺の家じゃない…よね。名字が同じだけど…」


豪華で紫原を優に飛び越えるアーチ型の門扉のすぐ横。明るいレンガ調の石柱に「赤司」と表札があったことに、首を傾げる

反対側にもある石柱にもなにかあるだろうかと視線をむけた時だった



赤司の眼が見開き、嫌に脳内がざわめき心臓の音がいやに響いたのは

バクン、バクン…



見慣れた名字だ。恐らく赤司自身の名字よりも

それを唯一名字として名乗っている相手も、赤司は誰よりも知っている


だからこそ、信じられなかった



「あい、ざわ」



正確にはAizawa表記だったが、藍澤で間違いないだろう

そして溜め込んでいた知識は血流に乗り、全身がとある方程式を解いていく

参考ばかりにどうぞ、と言わんばかり記憶が知識を与えた本人の声を引き出し反響したまま、次々に知識はあふれていく

赤司の背筋に嫌な汗が伝う。その感触で夢なのに夢では無いことがはっきり分かってしまった



≪藍澤と赤司の表札が対立するように並んでる≫
≪弟の方の情報を詳しく≫
≪俺の旧姓は赤司だ≫
≪藍澤に殺させはしない≫



最後に赤司の一番好きな声でとどめが刺される。耳元に囁くように、愛を囁く唇は冷たく吐き捨て…方程式はイコールで結ばれる



≪出来損ないの兄が、いた≫



赤司と表札の間をすり抜けるように意味の無い風が吹き抜けていく


弾き出された答えにただ呆然とする

妙に乾いた口から紡がれた言葉は、空っぽだった幼い記憶のキーワードだと理解できても、追い付かない感情が酷く困惑していた



「俺は…アキラの兄を知ってる。アキラを知るよりもずっと前に」



堅く冷たい門扉を握り額を擦り付ける

その冷たさはきっと顔の見えない少年…いやアキラの兄の頑なな心に似ている…そんな気持ちがふ、と湧いた

先程まで関係と高を括った相手によくも言えた物だと赤司は自嘲の笑みを浮かべ、幼い自分の心を記憶に同調するように冷たい門扉を握りしめた



「ああ、知ってる。知ってるんだ、だって…彼が、彼が死ぬまで俺は…っ」


ーー友達(味方)で居続けたんだから




幼い心が暴走するのに比例して赤司の口調も理性から外れていく


まるで失っていた記憶を幼い赤司が成長した赤司に託すように。もう忘れるなと釘を刺す様に。後は頼むと託されたように


泣きたくなる程の荒く幼い感情が涙を誘う。わなわなと震える唇を噛み締め、ついに堪え切れず熱い涙が頬を一筋伝い、地に落ちた瞬間…



地面が水面の様に波紋を波打ちぐにゃりと平衡感覚が歪む


それに困惑する暇も無くただ静かに泣く赤司が気付いた時には元のスノードームだった

相変わらず誰もいない、だが帰ってきたと思える心の安らぎが確かに感じられるそこへ


「…あの子の名前、調べないと」

潤む赤眼が荒く袖で涙を拭いポツリと呟く

顔を塗り潰された彼の最期まで辿れた記憶でさえ、彼の顔や名前だけは残っていなかった。その隙間を埋めようと使命感に似た感情が赤司に巣食っていた


のろのろと起き上り雪面にしっかりと足跡を残し帰り道へと向かう。ばしゃん、と体重の感じられる水音がした泉には、大きい波紋が幾つも波打つだけ


誰もいなくなったスノードーム。赤司は小さな変化に気付けなかったが、ひとつだけ変わった部分があった

段ボールの上にちょこんと置いてある掌サイズの木の箱。それは、駒入れと呼ばれる将棋の駒が入った箱


ロウが今まで段ボール上で行っていたことを、赤司は漸く知ることができる





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