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□オリオンのままに 35Q
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「んで?お前がそこまで悩む理由を教えてくれるか」


どこからか調達した冷えたタオルを腫れ気味の眼にあて、灰崎は胡坐を掻き顔を下に向けたままポツリポツリと話し始める

何気に先程から繋いでた手は離さず時々勇気を絞り出すように力を籠めた。応援する気持ちをこめ赤司は何度も握り返す

ずっとベッドに横になったままだが…まぁ座れない理由でもあるのだろう



「……二年あがる少し前からお互いに忙しくてさ…一緒にいる時間とか減って来てて…なんか、ちょっとずつ距離置かれてるって感じる」


きゅ、赤司の方から弱めに握ってきた。大丈夫、まだ大丈夫

アキラがその心の動きに気付いたように項垂れる灰色の髪を撫でる


コイツ等なんで同じように慰めてくるんだか。思わず口元が緩む


「普通の恋愛じゃないってわかってるし家族にも簡単に受け入れて貰えないだろうなって思ってんだ。でも、俺はアイツ好きだし…別れるつもりなんてねえ…けど」


ピクッと赤司の手が動いた。誤魔化すように何度か握り直され落ち着く

数回…深く、深呼吸。目元にあてたタオルを外し白いシーツを直視して、情けない声で一番の本音を零した




「ーー俺のこと飽きたかな」




薄暗い室内に冷たく染み込む言葉。誰もが無言になる程重い言葉だった

言った本人も聞いた二人も心臓が凍えた気分で、ナイフを突きつけられ脅迫されるよりも恐怖心が強かった

灰崎が下を向いてても感じるほどの視線を感じる。決して責め立てる強い感じではなく、動揺や驚愕に揺らぐ視線を


ぽすっ
「!」

「それは本人にきいた方がいい。付き合ってるなら向き合わなきゃいけねえだろ」


慌てて顔を上げると灰崎をホッとさせるような優しい笑みと声色で諭すアキラがいた

眼を見開く灰崎をもう一度撫で、すぐに離れた


携帯を確認し今度はまだ驚いてる赤司の頬にキスをひとつ。早口で何かを伝えそのまま退室する様をぽかんと見ていた



くすくす、と鈴が揺れるような耳障りの良い声が聞こえそっと起き上がる赤司

「迎えに行ってくるんだって」

「…え?」

「お前の彼氏。いま連れてくるって」


何がおかしいのかふにゃふにゃ笑ってる赤司は、普段よりゆっくりした動きで自身の服装を整え始めた

ブレザーを羽織り、アキラの分を脇に抱える


帰る準備でもしてる?あれ。いま連れてくるって……!


サァァと一気に血の気が引いた顔を晒す灰崎。オドオドとして不安そうに赤司の袖を掴む

迷子が漸く会えた母親を離すまいと握るように強く



「大丈夫。いまは俺がそばにいるから」

「でも、剛田と二人きりにするんだろ?なんか、気まずい…」

「…多分だけど、それはすぐに解消されるよ。具体的にいえば…顔を見た時にでも」


首をこてんと傾げ眼を細め愛らしく笑う赤司はあざとい。黒子が発狂すると豪語してたのが漸く理解できそうだ

「俺とアキラも稀にケンカする時あってね…今の灰崎よりも気まずいよ。だって同じ家で生活してるし」


あの時はなんで喧嘩したんだっけ、忘れちゃったなぁ

曇りを吹き飛ばすくらい眩しい笑顔で話せるのは、その時は悩んでた事でも今は思い出の一部と化したからだ


(俺がいま悩んでることって…簡単に思い出にできねえ気がする…)


「でも…ちょっと考えられるくらい心に余裕ができたらさ、会いたくなるんだよ。謝らなきゃとかあっちが悪いとか思いつつ顔を合わせたら…」

「…たら?」


ふふ。可笑しそうに声を零す。懐かしむ笑みは赤司が間違いなくアキラを想っての表情だった

「アキラを好きだって気持ちで溢れて、本人の前でボロ泣き。好き好き言ってたらアッチが折れて抱きしめて終わり!」

「ん!?終わるの!?」

「終わるよ?まぁ何が言いたいかというと、好きな人の顔をみればどうでもよくなるってこと」

それはお前でも経験あるんじゃない?


そっと問われた言葉に思わず言葉に詰まる。思い当たる節があったからだ

ムシャクシャしてどうしようも無くなった時剛田と偶然会い、眼をみた瞬間スッと心が凪いだ時もあった

どうでもいい女と会話せざるを得ない状況でムカついてた時も、エースとして活躍するアイツの横顔を見て思わず魅入ったあの時も



(いま、この不安も会えば…?)



無理だろと思ってた気持ちが揺らぐ

揺らがせた本人は未だに幸せそうに笑ってる。なんとなく、腹が立つ


「……なあ」

「ん?」

「……八つ当たりしていい?」


きょとんとした後困った笑みを向け「お手柔らかに」と繋いでた手を離す

赤司は灰崎が暴力をふるうとは露程も思っておらず、これから自分が理不尽な事をされるかもしれないのに甘受しようとしてる


(…なんか、本当に信頼されてるんだな。改めて言うのも変だけどよ)

考えれば考える程照れくさい。離れていく白い手をもう一度つかみジト目で見返す


「キスとか手を繋ぐとか…最近全然してないからお前等みてると…羨ましくて堪らなくなる」

羨ましいと思う一方で空しくなる。自分達の気持ちは通じ合ってる筈なのに、と

「赤司は自分の彼氏に愛されてる。行動にも言動にも…どうせ表れてんだろ」


返事は返ってこない。てっきり笑って「そうだよ」なんざ言うと思っていたのに

赤司は解けない問題に挑むような眼差しで考えていた。顎に手を置き、やがて淡々と答える



「俺はアキラに愛してるといわれた事は一度も無いよ」



「は!?嘘だろ」

信じられないと顔に出せば赤司の表情がすこし綻ぶ。嘘ではないと顔に書いてあった


「好きとか大好きは星の数程いわれたけどね」

「それは予想済みだわ」

「ふふ。態度とか眼で訴えてるような気がするときはあるけど…」


アキラのことを考えてる赤司は普段よりも蕩けた笑みを浮かべ幸せそうにしてる時が多い

だが灰崎の目の前の赤司は少しだけ辛そうに見え眉も下がってた。言葉を選び濁した言い方はアキラを配慮した為なのだろう



「多分、アキラは”愛してる”と言えない理由がある。だけど、俺はそれでもいいんだ」



寂しそうな笑みを向けられても灰崎は納得できない。責め立てる口調で追い詰めそうになり無理矢理閉口

やはり赤司は困った笑みを浮かべたままだ


「ほんとに?」

「……」

「お前本当は誰よりも聞きたくて、安心したいんじゃないのか」


見開いた赤眼。赤司の本音を言い当てた気がした

困った笑みをスッと消し真顔になり灰崎をまっすぐ見つめる

仲良くなる前は居心地悪くて仕方なかっただろうが、今の灰崎には動揺を必死で隠してるようにしか見えない


くしゃくしゃと赤い柔い髪を撫でつければ今度こそ、力を抜いたようなふにゃりとした笑みが浮かぶ

風が吹けば聞こえなくなるくらい小さな声で本音を零す。愛に飢えてたのはこの場にいる二人に間違いなかった


「ーーほんとは、言われてみたい…ちゃんと愛されてるって実感したい、なぁ」






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