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□オリオンのままに 34Q
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オリオン。たった四文字に籠められた覚悟も努力も失望も全て身に覚えがあった


リゲル。たった三文字に強い憤りと絶望に失意、糸くず程度の信頼が脳内を埋め尽くす


どんなに記憶から掻き消そうともアイツの笑顔も、眩しすぎる金色の髪も眼も鮮明に残って、思考回路が滅茶苦茶だ



(…ッなんで、なんで、何で…っ)



脳内でも混乱を極める俺は傍から見ても動揺してる事が丸分かりだろう

あれこれ考えてもすべて塗り潰される感覚。図太い精神だった筈なのに全て虚勢だったのだろうか



「どうした?」

「!…アンタ達は教える側の俺に会いに来たのか?…ファンとしてオリオンに会いに来たのか、どっちなんだ」


最早敬語を取り繕う余裕も無くて視線をそらしつつ早口で問う

真田が困惑顔で簡潔に答え、白金は俺の逸らした視線を追うように目下のコートへ意識と体を向ける

不自然に背を向けた白金を無意識に眼で追い、鰻上りの警戒心を抑えるので必死だった


「コーチ兼監督のキミに挨拶をしにきただけだ。だから何も…」

「なら用は済んだろ。さっさと一軍へ戻ったらいい」

「おい、何をそんなに怒ってる?私達がなにかしたか」

「…怒ってなどない。だがアンタ達が俺の機嫌を損ねたのに変わりねえよ…ッ」



まともな思考も働かない。何を言われても全てが癇に障る

ファンじゃねえだろ、アイツの手先だろ。


えげつない策を立てるのはアイツは得意だった。これだって、きっとアイツが、仕向けて




ぽすっぽす、ぽむ

「ーーは?」


背を向けてた筈の白金が笑顔で俺の頭を叩く。優しすぎる手付きは警戒心を困惑へと変え、横へ縦へ頭が揺れる

反発する余裕も無く


「髪質が柔らかいとは知らなかったぞ」

「白金さん…どんな感触ですか」

「猫の毛並に似てる」

「なんと」


と頭上で会話される。常に頭を振られる現状に全力で困惑を晒し、当の犯人である人物を見上げれば漸く動きは止まる


なにを言われるだろう、どこか親に怒られる子になった気分だ。自分でも訳が分からない



「オリオン。キミの教え子達は皆笑顔だな」


にっかり笑って言われた言葉にただ瞠目

脈略も無い唐突な話題転換だと理解していたが、誰にも言われたことが無い事に反発する意思を削られていく


「一応、これでも昔に帝光で監督業をしていたことがあったのだが…その時は二、三軍には笑顔などなかった。悔し涙と諦めと、退部届の印象がどうも強くてなあ」


実際に俺が一般の部員として三軍にいた時間の間にも十人は辞めていた。たった数か月でその始末ならば…白金の時は山が崩れる程の退部届が受理されたのかもしれない

その考えが伝わったのか再び頭を撫でられ微笑ましそうに見られる。生温い視線が真田からも刺さりどうも居心地が悪い



「だが…教える者が変われば、こうも変わるものなんだなあ」



思い知らされたよ、と続けじぃっと俺の顔を覗き込む。読めない笑みな筈なのに楽しげに見えてきてしょうがない

教諭としての顔というより孫を愛でる爺だ。俺が孫ってか?ありえねえ…


「オリオン…いや藍澤アキラ。これからもこの子達を救ってあげて欲しい。涙よりも笑顔を増やす事は我々には不可能だから」

「…?、ああ。救うかはわからねえが、バスケを嫌って辞める奴はいないようにやってやるさ」

「…そうか。お前なら出来るだろう、逆境に強いオリオンなら」


よく言った!男気溢れてるぞオリオン!

そういいながら人の頭を鳥の巣にするのは如何なものか。ぎゃいぎゃい反発して漸く反抗すれば呆気なく離れていく

悪い悪い、と心にも思ってない事を笑いながら言う姿に深い溜息をつく



(なんだか調子狂わされる…)


鳥の巣状態の頭をどこからか出した櫛でサッと梳かしてくれた真田に軽く礼を返す

真顔な癖に背後でブワッと花が咲いたように一瞬みえ思わず眼を擦るが、彼が戻ってしまいその背には花などひとつも無い


(犬っぽい反応する奴に犬耳と尾が見えるような感じと同じか?そんな奴とはあったことねえけどよ)


そんな真田の肩を容赦なく叩き痛がる反応を無視し肩を抱く白金


「オリオン。この男に物申すことがあったら容赦なく言ってやってくれ。助けが必要な時があったなら助けてやってくれ」


バッシバシと叩かれ最早青褪めてる真田に同情しつつ反射的に頷き解放を促してみる

豪快すぎる白金は叩くのを止め崩れ落ちそうな真田を受け止め床に座らせていた

患部は湿布で治る程度で済めばいいが…流石に大丈夫か


「さて、最初の挨拶はこれくらいにしておこう。よし、真田先生。帰りましょう」

「い、いたたたたっ」

「大丈夫大丈夫!死なん!」

「いつか死にます!」


用が済み帰ろうとする二人を眼で追い、手を振られたその時スルリと喉から声が飛び出る

ほぼ無意識といっていい。言い終わった後に思わず口に手をやってしまう程、自分でもびっくりしてる




「ーー皆の前でオリオンと口外しないでくれ…っ、あ…」




糸目が驚きでバッと開く。すぐに元の糸目に戻り優しい声が俺の後悔を責めることは無かった



「約束しよう。俺達、は口外せん」



含むを持たせる言い方をした事には気付いていた。だけどあまりにも包み込む様な優しい声に何も言えない




「…いまのキミは帝光中の生徒だ。その肩書は暫く眠っていても我々は責めないしキミの意思を尊重しよう」




最後ににっかり笑って今度こそ体育館を後にした二つの影。口元にやった手をそのままに深い深い溜息をつく

情けない声も共に漏れたがスキール音に消され誰にも聞こえなかっただろう



「……ホント、調子狂わされる」



最初から最後まで白金に振り回されっぱなしで。初対面で頭撫でられるのは中学生活で初めてだった

警戒心も早々に溶かされて今は微塵も残ってない。こういうのを絆されたというのだろうか

なにひとつ自分を否定しなかった先生というのは彼等が初めてで…照れてるのか戸惑ってるのか嬉しいのか、わからない



「…駄目だ。セイジュに会って気持ち切り替えなきゃやべえ」






ーーオリオンの名が日本にまで届いてるというなら、本気でアイツは俺を…



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