2

□悪食に三度お会い致しまして
1ページ/2ページ




 今日もまた失敗した自殺は想定外の傷を私に残してしまった。腕は打ち身しちゃうし、膝も擦りむいた。あと細かい切り傷と、首には名誉の索状痕。

普段から体中に包帯を巻いている私としては愚痴を言いながら軽い消毒して包帯巻いてハイ終わり! となるはずだったんだけど。

間が悪い事に丁度包帯を解いて怪我を晒している時に灯子がやってきた。


 初めて見るであろう生々しい傷に悲鳴をあげられたら面倒だと思っていたけれど、彼女は息を飲み厳しい顔で私の前まできて珍しくも正座をする。

天井から垂らされた糸と背骨が一体化したようにピンと伸びた背筋を見て、私は灯子が真っ当な正論と甘ったるい正義感のまま責めてくると思い、小馬鹿にした口調で先に茶化す。


「なぁに。お説教でもするつもり?」

「……貸して」

「包帯を? 嫌だよ。それに灯子がやったって下手くそすぎて結局私が巻き直さなきゃいけなくなりそうだし」

 
 二度手間するほど暇じゃないんでね。そう付け加えて私は新品の包帯を手に取る。怪我とかさっき痛みをこらえてお風呂入ったし消毒しなくていいかなぁ。

私は目の前の灯子の好意を跳ねのけて自分の処理に目を向ける。死のうとしないでとか頑張って生きようとか綺麗ごとを灯子は言ってしまいそうな雰囲気があった。

それは心底嫌だ。傍迷惑だよ。だって自殺は私の生き甲斐であり大事な趣味なんだ。今までの私を構成する大事な要素をポッと出の灯子なんかに否定されたくない。


 彼女を見ないように足元の怪我を見ながら包帯を当てていたけれど視界に入った灯子の指に思わず動作を止める。

行き場の無い怒りかやるせなさなのか判断はつかないが、灯子の手は指先が真っ白に見えるくらい力強く握り込まれていた。

好意を否定されたから怒っている? でもそこまで怒る事かなぁ。否定されたから辛いとか? ああ、でもありえそうかも。

だって灯子は私と違って暖かい世界でのうのうと生きてきたんだろうから。誰かに否定されたとか裏切られたとか無かったのなら私の容赦ない本音が突き刺さったのかもしれない。

 
 私が動作を止めて血の気の無い指を見ていたのが灯子にも分かったらしく、その手がそっと私が持つ包帯へと再び伸ばされてきた。

奪われたら二度手間だ。成長途中の少女と頭脳派とはいえ成人の男ならば純粋な力比べで負ける訳が無い。だから力を籠めたつもりなんだけど、何故かあっさりと灯子に奪われた。

あれ? 何で簡単に奪われたんだろう。打ち身しているから力の籠め方が普段と違ったのかなぁ。

「私が巻くから太宰さんは邪魔しないで大人しくしてて」 

「だーかーらぁ!」

「っうるさい!」

 ビリリと怒声が耳を殴る。私は思わず閉口し灯子を見れば、彼女は肩で息をしながら満遍なく水の膜を張り詰めて私を睨みつけていた。

鼻をすすり、泣くのを堪える為か唇を噛み締めているのは怪我をした私では無く……無傷の灯子で。

反論する言葉は心の中で、壊れた蛇口から勢いよく溢れるように飛び交っていたけれど、現実として私の口は灯子の下手な真似をするように一文字になって彼女の手元を黙ってみていた。



.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ