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□悪食に三度お会い致しまして
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 随分昔、首領になる前のただの医者だった森先生との会話を私はまだ覚えている。

彼との会話は、幼い私の自殺未遂の後が包帯の下で喘ぐ裂傷を抉るように、淡々としていた。

私は笑み一つ浮かべずにいたけれど森先生はずっと楽しそうに笑っていたこともまだ覚えている。


「こんな話を知っているかい太宰君。異能力は心臓から発生し、尚且つ異能力を司る臓器だという説が学会に発表された話を」

「知っています。誰もが信じずに発言者は学会を追放されて遂には自殺をしたと……」

「その通り」

 森先生は「だけどね」と続けて、マフィアの医者を長年務めるだけある深い影をチラつかせて、私に言う。

「私は正しい説なのではないかと思うんだ」

 彼は続けてこうも言った。どんな異能力者も心臓がなければ存命は出来ない。だが心臓があればたとえ脳が死んでいても能力は発動すると。

実験の末にそういう発言したとすぐに察することが出来た。幼い私はそのことに関して特に思う事は無かった。森先生は知的好奇心を埋める為にどんな方法も使うと知っていたから。

そしてその結論が私に流れ込み新たな知識として私を構築していくことも当たり前になっていたからだ。

人の死に重みが無い世界では、他人の死は何の価値も無い。同情するという行為が昔の私には理解出来なかった。 


「では太宰君の異能力ではどうなのだろう?」

「同じ結末なのだと分かり切っているでしょう」

「私はそうは思わないんだよ。なにせ君は何度死のうとしても結局死にきれないからね」

 包帯に巻かれ吊下げられた私の右腕を指差して、森先生は知的好奇心のままに楽しそうに私を見下ろした。

森先生とは相反して無感動な私の姿が彼の瞳に映る。何度試しても死ねないし、殺しにかかろうとする連中の策も見え見えな上に結局そいつ等が私より先に死んでしまうし。

ずるいなぁ。毎日そう思っていた。死にたい人が死ねなくて、死にたくない人が死ぬ世界はいつだってつまらない。そう思いながら森先生の話を聞いていた。

「君の異能力を無効化するというその能力が作用して太宰君の自殺は上手くいかないのではないだろうかと最近思うんだ」

「自殺は異能力では無いのでその説はおかしいです」

「そうだね。でも心臓が異能力の根源の臓器であるならば、君の能力が血流に乗り全身に行き渡り、結論として死に難い体質になっているとしたら……」

「やはりその説はおかしいです。私の能力はあくまでも異能力の無効化。死を拒む能力では無いので、別の要因で私が生き延びてしまうだけでしょう」

 きっぱりと否定する。森先生にしては随分と矛盾に満ちており、子供みたいな願望を機関銃で乱れ撃ちをしているようにしか思えない。

少し知的好奇心が抜け落ちたのか森先生はがっかりしたように肩を落とした。残念だと顔に書いてある森先生は「じゃあ要因は何だと思う?」と私に質問してきた。

どんなに考えてもこの言葉しか出ない。そのことに私は残念な気持ちでいっぱいだったし、こればかりはどうにもならないとまた死にたくなった。

「悪運が強いんだと思います。死にかけても悪運が強いから、今日もまた生き残っています」


 なるほど。そういう考えに太宰君は至った訳だ。

そう頷きながら頭の中で整理しているように見える森先生は、ふと意識を切り替えたのか私の胸……小さな拳と比例する心臓が収まる胸部を指差す。

今度は何だろう。疑問には思ったけれど次に続けられた言葉は少しだけ予想外のものだった。

「悪運が強くてもこの心臓を損傷したらいくら君でも死んでしまうよ。本当に死にたくなったら試してみるのも一興」

 にんまりと悪魔が笑う。つん……と指先で心臓を一度だけ軽く突かれて思わず溜息を吐き捨てた。

森先生は私の知識を試している。すぐに分かったから私は淡々と返した。

「心臓に仮に銃弾を受けた場合、下手な相手の場合約二分苦しみ抜いた末に死亡する。この前実験結果として教えて下さいましたよね?」

「うんうん」

「痛みの無い確実な即死を選ぶならば脳を撃ち抜く事。心臓を撃つなんて馬鹿な真似、私なら選びません」


 そっか。

満足そうに答えた森先生は鼻歌を零し始めていた。この数日後、森先生は病床の首領を殺し、自らがポートマフィアの首領として君臨する。

その日もやっぱり私は死ねなくて残念だった。



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