ボーダーラインを飛び越えて 1

□twenty-eighth.
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 初夏を過ぎれば後はグリンゴッツ銀行の急コースを下る如く一年の終わりの日がやってきてしまった。

トランク一杯に荷物を詰め込み、バタバタとキングス・クロス駅へと向かう紅のホグワーツ特急へと乗り込む生徒の波間から、少し離れ壁際へと背を預けたレギュラスは思い詰めていた。

わたわたと慌ただしい雑踏が幾重にも奏でる足音も話し声も、すべてが違う世界の言葉のようにすらレギュラスは感じられた。

強く握り締める拳がやけに冷たく、どこまでも白くて自分の体では無いと笑ってしまいたくもなる。


(もう一年が過ぎてしまった。まだ大した進展は見えないが……まだ間に合う。大丈夫だ、大丈夫……大丈夫だ。この休暇中も寝る時間を削って探し続けていけば、必ず解決できる……)


 言い聞かせるどころか最早暗示のよう。レギュラスが焦るほどに今まで繰り返した中で一番早く過ぎた一年だったのかもしれない。

疎遠だった兄の寮に入り、かつて敵同士だった人達と仲良くなり、拘束を幾つも破りメリッサと色々な経験をした。それに家族がようやく家族らしくなれた。

二人だけの世界だった筈なのに気付けば色取り取りの面々が集まり、毎日が賑やかで満ち足りていて。たったひとつの選択肢を選んだ結果レギュラスが手繰り寄せた世界は想像以上に優しくも暖かい。


(メリッサと共にボーダーラインを無事に乗り越えることは最優先事項だけど、兄さんや家族、先輩方と作る未来を見てみたいと思ってしまう僕は……我儘なんだろうか)


 今年一年が順調過ぎたのでレギュラス自身調子付いているのかもしれない。たった一人を守れずにここまで来たのに、それ以上望むなど……そう低く構え心が呟く声がした。

尤もな言葉だ。そう自嘲し口元を小さくあげるレギュラスの耳に雑踏の中から自身の名を呼ぶ声が聞こえ、重苦しい思考を放棄しそちらを見る。

去年の今頃と比べても明らかに伸び、周囲の生徒より身長が頭ひとつ分抜きん出ているシリウスがきょろきょろと探し回り、バチッと音が立ちそうな程レギュラスと視線がかち合う。

すると目に見えて安堵した表情に変わり大股で掻き分け、声をあげながらレギュラスへと近付いてきた。

「あー!やっと見つけたぜレギュラス。もうそろそろ特急が出ちまうぞ。幾ら人混みが嫌だからってこんなホームの端にいるのは止めろよな。ホグワーツにお前を置いて来たかと心配しちまっただろ」

「兄さん……兄さんは悩みが無さそうでいいですね」

「はあ?いきなり何言うんだよ。沢山悩みあるっつの……」

 八つ当たりに近いレギュラスの言い分に肩を竦めながらもシリウスは彼の荷物を奪い、レギュラスの手首を掴み最寄りの乗り口から乗り込む。

浮き立つ数多のコンパートメントを通り過ぎながらシリウスは早歩き状態のレギュラスへと早口で言う。

「これからあの家に帰る度に夢みてえな経験しなきゃならねえとことか、またお前が図書室へ篭りっ放しになるからババア共の相手を俺がしなきゃなんねえとか。これでも悩みなんて腐るほどあるぜ」

「そんなこといって決して嫌ではないんでしょう?耳赤いですよ」

「日焼けが取れないんだよ」

「ピンポイントで?」

 ぐぅ……っと言葉に詰まるシリウスがまたスピードアップしてレギュラスの手首を引く為にそろそろ駆け足の域に達しそうだ。

特急の決して広くない廊下をバタバタと駆けるブラック兄弟にはねられないようにと壁に避ける生徒が幾人もいる。

彼等を通り過ぎる度に「またブラック兄弟か」と半笑いで呟かれることがレギュラスの沈んだ心を少しだけ浮き上がらせた。 



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