ボーダーラインを飛び越えて 1

□twenty-fifth.
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 深々と積もる雪は、体温は奪っても誰かの怒りや悲しみを奪う物では無い。

子供の元気な足跡がつかないポッター家の庭には昼夜問わず厚い雲から雪が降り続けている。もうじき休暇も明けてしまうというのに厚い雲は晴れぬまま。

明るく甲高い声の代わりに固く閉じられた旧子供部屋の扉を力無くノックし、今にも引き千切られる糸のような声でジェームズは立て籠もるメリッサへ声かけを続けていた。


「メリッサ、もうそろそろ休暇も明けてしまうよ。いい加減その部屋から出よう?」
 
 相も変わらずだんまりを決めるメリッサの顔をジェームズは暫く見ていない。

休暇中ならば挨拶やちょっとした会話くらいしてくれるだろうと踏んでいたジェームズの考え虚しく。

母を味方につけ旧子供部屋で生活できるようにありったけの魔法をかけて貰い、徹底抗戦へと無言で参加を宣言した彼女が荒っぽくこの扉を閉めた。

その時のことをジェームズは鮮明に思い出せるほど脳裏にこびり付いている。話す気など無い。そう理解するのに時間など必要無い上に、怒りが治まっていない事もよくわかった。

「メリッサ……」


 ノックしようとした手をふいに止めたジェームズは冷たい扉に背を預ける形でずるずると床に腰を下ろした。背を少々打ち付けてしまい扉が迷惑気に音を立てる。

暖炉の火だけでは寒さに凍えてしまうこの家では常時保温魔法がかけられている。その所為で床は暖かく感じ取れるのに、背に当たる扉の冷たさが際立つ。

触れている背中が凍り付いてしまいそうな冷たさをひしひしと感じながらジェームズは苦笑する。


「まるで今の僕とメリッサの心の距離みたいだね」 


 ジェームズの言葉に反応したように少々くぐもった声が扉の向こうから聞こえ、ジェームズは反射的に扉に顔を向けたがメリッサの顔が見えることは無い。

それでも聞こえてくるツンツンとした拗ねた口調が心に安堵を齎してくれた。ほぅ……とホッとした声が繋げる言葉に混ざり、何とも言えない……兄らしくも男らしくも無い声だった。


「……誰の所為でこうなったと思っているの」

「っ!……僕の、所為だね。ごめんよメリッサ」


 聞こえる声は凄く近くから聞こえてくる。まるで冷たい扉一枚を挟んですぐ傍から聞こえるように。

もしそうならば……とジェームズは考えるがここでそんな無粋なことを言うのは得策でない気がした。心配の言葉を口にしようとしてそのまま名残惜しそうに閉じる。

扉を挟んでジェームズとメリッサは背を預け合っているのならばそれだけでまだマシだ。だがそう思った瞬間ジェームズは熱い腹の中へ氷水を浴びせられた気分になる。

(まさかメリッサはずっと扉に背を預けて待っていた……?この休暇が始まった時から、ずっと……?)


 ジェームズが扉に背を預けなければ浮かばない言葉。それを言った途端にメリッサから返事が返って来た。これはジェームズが彼女と同じ目線になるまで待っていたとでも言うのだろうか。

何が正しいのかすら分からない。聞ける状況でも無い。それでも間違ってはいないんじゃないかとジェームズは確信し、待たせてしまった事に罪悪感で潰れたような声で懺悔を零す。

「ごめん……」

「ーー何に謝っているの?」

 突き放す口調でメリッサは聞き返してくる。熱せられた針先がチクチクと刺さる感覚にジェームズは言い難そうに返す。

「メリッサに、待たせてごめんって……」

「……私そんな謝罪を聞きたい訳じゃないの。それがお兄ちゃんの本心からの謝罪なら、もう話す事なんて……」

「これも本心だよ。でも休暇前のことを許して欲しいと一番に僕は思っている」

 喧嘩した日からほぼ毎日謝り通してきているジェームズ。でもそれは……メリッサを怒らせてしまい挙句の果てに泣かせた件についての謝罪だ。

決してあの日の虐めた相手に向けてでは無い。迷いの欠片も無いハッキリとした言葉にメリッサが、外で無言で降り積もる雪のように淡々とした言葉を扉の向こうで零す。


「……私が許しても結局お兄ちゃんは私を泣かせるだけよ。同じ過ちを繰り返してその度にお兄ちゃんは私に謝るの?」

「何を言っているんだい?もうメリッサには見せないと言ったじゃないか。だから君が見て悲しむことなんて……」

「現場を見なくてもお兄ちゃんの行動や表情を見れば虐めをしてきたかわかるわ……兄妹だもの」

 兄弟だから分かる。そう言い切ったメリッサにつられジェームズは、随分小さい頃の記憶をふと思い返す。

たまたまメリッサと別々に遊んでいて合流した時、普段通りに振る舞うメリッサに違和感を覚えて問い詰めたらジェームズの玩具を壊してしまったとぐずりながら謝ったことがあった。

その時はジェームズ自身何故分かったかと問われれば違和感があったとしか言えない。でも今言われた言葉の通りなのかもしれない。


 メリッサの行動の異変を感じ取れたように。兄の異変を感じ取ることなど、長年で培った密度の濃い兄妹の仲だからこそ分かってしまうのだろう。

ジェームズが口の中で笑いを転がし懐かしむ声色で同意を返す。それは違うと突っぱねる言葉は何処にも存在しない。


「そうだね。僕達は凄く仲が良い兄妹だから……些細な事にも気づいてしまうだろう。メリッサは自分の求めている答えでは無い僕の謝罪を見抜いていたんだね」

「……うん」

「そっかぁ……それならこんなに長引いたのも頷けるや。流石僕の妹だよ……」

 そっと膝を抱えその上に顔を埋めた。何だか扉の冷たさに互いの体温が移り始めた気がするとジェームズは思う。

深々と降り続ける雪に紛れそうなか細いメリッサの声は心地よくもジェームズの耳へと滑り込む。ああ久しぶりだなぁと安堵が体中を駆け巡る気分だった。


「お兄ちゃんは本当は私の求める答えなんて分かってるんでしょう?それでも認められないことがあるから口に出さないんだって、私勝手に思っているの」

「そうだね。その言葉は当たっているさ。僕が寮監なら五十点あげるのに」

「ふふ……そんなの要らないもの」

「……僕もさ」

 何となく……メリッサも自分と同じ格好をしているんじゃないかとジェームズは思う。

小さい子供が蹲る様に体を丸めている自分達に立ちはだかる扉は、そう遠くない内に溶けるか、開くかしてその姿を消すのだろう。

メリッサの穏やかな声にジェームズは目を閉じ耳をすませた。


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