ボーダーラインを飛び越えて 1

□twenty-third.
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 呆然自失状態のジェームズを何とか抱えて、自分達が知る限りの抜け道を活用して何とか寮まで誰にも見られることも無く四人は辿り着いた。

談話室に入ると相変わらず騒がしくて授業後の解放感がそこら中を飛び回っている。きっと四人の会話ですら雰囲気に吞みこまれ、誰も盗み聞きをしようとは思わないだろう。

普段使っている対面ソファへジェームズを転がすと、彼はひとりでにうつ伏せになり、だらりとソファから腕を垂らし落ち込み続けた。


 ジェームズが寝転がるソファの対面にリーマスとピーター、シリウスは彼がよく座る一人掛けのソファに全身を任せ気怠そうに頭を掻く。

暫し沈黙が訪れる。浮ついた談話室の空気を拒む沈黙に耐え切れずにピーターは席を立ち、備え付けの紅茶セットを使い人数分の飲み物を用意した。

小さく感謝の声はあがるがピーターとリーマス以外はカップに手をつけようともしない。ストレートの味に渋そうな顔をするリーマスが角砂糖の瓶を開けて四個を投入しティースプーンで混ぜる。


 その光景をおどおどしながらも見ていたピーターは率直に感じた意見をぼそぼそと述べる。他の三人の視線がピーターへと突き刺さるほどに的確だった。

「そ、その紅茶がぐるぐる回っているのを見ているとね、ジェームズとシリウスの気持ちみたいだなって……僕思うんだ」

「……どうして?」

「だってねリーマス、二人はレギュラスとメリッサに見られて……ジェームズの方は散々言われたし、シリウスも凄い目で見られてたし……今日の事こ、後悔してるんじゃないかなって」

 ピーターの言葉にシリウスはそっと視線を逸らしてジェームズはゆっくりと起き上り、落ち込んだ様子で前屈みになる。波紋ひとつも無い透き通った深い朱色の紅茶を覗き込みジェームズはため息交じりに言う。

「……僕の場合は後悔とはちょっと違うかも。ただショックだったんだよ。見られたことでは無くて、言われた言葉にね」


 ジェームズは緩慢な動作でカップを持ち安価な値段相応の匂いが漂う紅茶を一口飲む。すると半ば噎せるように咳き込み、慌ててカップを置いた。

ごふっごほ。シリウスが自分に配られた紅茶を訝し気に見て、色や匂いを確かめて安堵の溜息と呆れた視線をジェームズに送る。

「イングリッシュ・ブレックファスト・ティーをこんな夕方からストレートで飲むなんざ……よっぽど胃の具合が悪いんだな?」

「ごふっ……っ現在進行形でね……!」

「違いねえ。リーマス、ミルク取ってくれ。俺は落ち込んでいる時にストレートで飲む気分には成れないぜ」

 また角砂糖を二個投下したリーマスがミルクの容器をシリウスのカップの傍に置く前に、自身の砂糖が溶け切っていない飽和状態のカップにミルクを注ぎ、何事も無かったようにミルクを渡す。

シリウスの目が点になる姿を見ないようにカップを傾けたリーマスは満足そうに頷き言うのだ。

「やっぱりミルクティーが一番合う茶葉だよね。何で僕は砂糖なんて入れてたんだろう」

「いや、まて。お前何で俺のミルクを……!」

「チキンじゃないからいいじゃないか。ミルクなら許せるだろ」

「許せるけど……!」

 完全にミルクが無くならないと追加されない仕組みの為に中途半端な量を手渡されても……一気に望む量を入れたい人間ならば、言葉にならない声を噛み締めるしかない。


 シリウスが飲む前に新たな心の傷を負った所でジェームズの咳が無事に止まり、シリウスの元にある中途半端な量のミルクを奪って自身のカップへと全て注ぐ。

するとぐぐぐっと空の容器から白い液体が底から湧き出てあっと言う間に満杯になる。それをシリウスの横に戻してあげるジェームズは少量のミルクの混ざる紅茶を掻き混ぜる。

グルグルとティースプーンの描く線を辿り紅茶が踊る。深い朱色に映るジェームズの顔はミルクの色に飲み込まれて見え辛くなった。


 渋みが強いストレートをぐびぐびと飲み干したピーターは、人を魅了するヴィーラに魅入ってしまったように踊る湖面を見つめ続けるジェームズへ好奇心を覗かせて聞く。

ジェームズは来ると思ったと言いたげに口元をあげてカップから視線をあげた。その顔は普段仲間内に見せる笑みとは毛色が違い、妹にだけ見せる穏やかでいて神聖な物をみる眼差しだった。


「ジェームズはさっきみたいに妹と喧嘩することが、もしかしてなかったの?普通の兄妹ってあんな口喧嘩くらいするもんだって思っていたけど……」

「普通の兄妹はどうか分からないけれど、僕は僕自身がお兄ちゃんになった時からメリッサを大事にするって決めてたからね。喧嘩らしい喧嘩はしたことが無いよ」

 この場にいる四人の中で一人っ子のリーマスとピーターは実体験が無いからこそ、ジェームズの話に何の疑問を抱かなかったらしい。

だが同じく兄弟を持つ兄として言いたい事があるようで。肘掛に頬杖をつき疑問をなげかける。

「おいおい。俺もレギュラスと喧嘩らしい事はしたことは一応無いけれどな、物心つく前からそんな大事にするだなんて考えに至らなかったぜ。余程年が離れてるならまだ分かるけどよ」

「それはシリウスが心底願ってレギュラスを産んでくれと自分なりに努力した訳でも無いからさ」

「お前……」


 シリウスが絶句する。リーマスも同様に驚きの眼差しをジェームズに向け、ピーターは僅かに首を傾げてジェームズの言葉を待っているらしい。

その様子をジェームズは寛容さが溢れる笑みで受け止め、メリッサと同じハシバミ色の瞳を通してその当時の気持ちを思い出すように、ミルク色の紅茶を覗き込む。




「僕はねーー初めからメリッサが欲しかったのさ」




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