ボーダーラインを飛び越えて 1

□twenty-first.
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 闇夜に大きなハッカ飴のような真ん丸の月が星を押しのけて真上で煌々と輝く素敵な夜。

吐く息が寒空に生まれては溶けていく。それでも保温呪文のお蔭で室内と体感温度は差が無いが……

レギュラスの星座の説明にどこか上の空のメリッサに体調不良なのだろうかと心配もしたくなる。 レギュラスの声に我に返った反応を見せるメリッサは、背骨が抜けたようにしゅんと落ち込む。


「どうかしました?……どこか上の空に思えまして体調でも悪いですか?」

「え、あ……ごめんなさい。レギュラス君の説明なにも聞いてなか……ませんでした。あと物凄く元気だから心配しないで下さい」

「別に敬語にならなくても……」

 苦笑を返すものの、馬鹿正直に聞いていなかったと吐露するメリッサの悩まし気な顔がどうにも引っかかり、レギュラスは星よりも彼女へ顔を向けて悩みのはけ口になろうとする。

すると元々信頼関係が構築されている所為か……嫌がる素振りも迷う素振りもせずに、メリッサは月明りに横顔を照らしながらもレギュラスを見て考え耽った表情のまま、悩みの紐を緩めた。

「もし僕でよかったら悩みとか聞きますよ?」

「……そう?私は分からなくてもレギュラス君なら分かるとは思っていたから……助かるわ。突然だけど、レギュラス君は恋をしたことあるかしら?」

「んん……!?恋、ですか。まさかメリッサ誰か他に好きな人でも出来てしまったんですか!?」

 焦りを隠さず晒すレギュラスが内心「僕以外の好きな人が!?」と暴走していたが、考え込んでいるメリッサが淡々と首を振るのでレギュラスの全身から力が抜けていく。

安堵する彼を見つめながらもやんわりと眉をよせてメリッサは困った様に続ける。

「私は何でも幼いらしいわ。友達や家族に向ける好きという感情とは違う恋愛感情というのが、よく分からないの。普通の友達には幾ら仲が良くても向けない感情なんでしょう?」

「そう、ですね。例えで言わせて貰えばメリッサのお兄さんと僕の兄さんは、双子の様に仲が良いけれど恋愛感情では無く只の友情。ジェームズ先輩がリリー先輩へ向ける感情は恋愛感情ですけど……」

「……私もリリーって叫べばいい?ハグしてってお願いすればいいのかしら……」

「一応言っておきますけど恋愛感情を向ける相手にジェームズ先輩の熱烈なアプローチは良策では無いです。嫌がられるだけですよ。公衆の面前で名前を叫ばれるとどういう気分かメリッサも体験したでしょう?」

 その言葉に入学時に駅のホームで散々名前を叫ばれた記憶が甦ってしまったのだろう。赤くなったと思えば青褪め、煌々と照る月の色に似てしまったりと忙しない。

きっと叫ぶことは意地でもやらないだろうとレギュラスは察し、彼女がピンと来ないと頭を悩ます恋愛感情というものを、かつての記憶と現在の感情を照らし合わせて柔らかい思いを伝える。


「恋愛感情はね、いつか愛に変わる幼い感情なんです。まだ未発達で未成熟だから勝手に一喜一憂して……好きな相手の笑顔を見るだけで舞い上がってしまうほどに、難しい感情です」

 透き通ったハッカ色の月が映るハシバミ色の瞳には、どこか懐かしそうで深い包み込むような感情が籠められたレギュラスがひっそりといた。

それが彼女の心にまで忍び込み淡く芽吹くのを息を潜め待つように、メリッサを想って毛色の違う告白を打ち明けていく。吐く息のようにメリッサの心に溶けていけばいい。そう、願いを言葉に乗せた。

「幼いなりに感情が試行錯誤して……沢山傷付いて傷付けて。それでも傍に居たいと願ってしまうのです。その人を守りたくて、自分だけを見て欲しくて……どうにか育っても決して未来を歩めない事もある。そういう時は……」


 幼いメリッサを見ながらも一瞬レギュラスが思い返したのは、世界で一番酷い手紙を送り付けてしまった彼女だ。

あの時は恋だったのか愛に変わっていたのか……未だにレギュラスははっきりとした答えを出せていない。それでもメリッサが好きだった。

その当時の燃え上がる思いを瞳に灯したレギュラスはそっと瞼を下ろして隠す。そのままサラリと極論を口にするとメリッサが酷く驚いていたので、レギュラスは少し笑った。


「共に死ぬことを選ぶ人もいますーー勿論極論ですよ。全ての人がそうする訳じゃない。少なくとも僕には……遠い話です」

「……そう。ちょっとだけ、安心したわ。レギュラス君はその極論を選んでしまいそうなほど……好きな相手に惚れ込んでしまいそうだから」

「……あなたがそれを言いますか」

「私?」

 こほん。嘘くさい咳をひとつ月に向けてレギュラスは放つ。勿論紳士的に口元に手を添えて。

杖腕では無い手でその行為をしローブの中に隠して、綺麗なままの右腕を顔の高さまで上げ掌をメリッサに向けて開く。

ハシバミ色の瞳を月の形状と同化させたメリッサへ柔い掌を見せ指はピンと月へと伸ばす。少しだけ実体験して貰おうとレギュラスは意地悪なことへとメリッサを引き摺り込む。


「友情と恋愛感情の違いをより分かりやすく教えたいので、僕の手にメリッサの手を重ねて貰えますか?」


ハッカ色の月を横に一閃したような口元の笑みを浮かべたレギュラスは誰がどう見ても楽しそうだった。



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