ボーダーラインを飛び越えて 1

□fourteenth.
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 深々と積もる雪が敷き詰められた平坦な野原を、真紅のホグワーツ特急がその身を温める様に白い息を吐き、全速力で終着駅へと走り続ける。

特急に乗る数多の生徒の学び舎であるホグワーツ城は遥か遠くに離れてしまい、厚い雲に隠されてその雄々しい姿は見るのは数週間先になる。

窓から見える沢山の生徒は誰もが笑顔で久しぶりに実家に帰ることに喜びを浮かべていた……二人の兄弟を除いて。


 
 


 ぼんやりとした心ここにあらずと言いたげな顔は走り去る景色を眺めたまま一言も発しない。

以前実家に戻った夏休みと比べ半年の間で大分体つきが大人に近付いたシリウスは長い脚を組み、誰からの声かけにも無視を決め続ける。

そんな兄の姿に他のメンバー同様に口籠るレギュラスは、そっとシリウスから視線を逸らし……自身もまた重い気分で特急の揺れに体を任せていた。


 昼前に終着駅キングス・クロス駅に到着し、他のメンバーと休み明けにまた……と別れの挨拶を済ませる。その間もシリウスは虚ろな顔で「……ん」としか返さない。

お蔭でレギュラスが兄の分も返事を取り持つ羽目になったのだが、悪戯仕掛け人とメリッサは苦笑してそのまま親と共に家へと帰っていった。

……ブラック兄弟の迎えは何故か来ない。普通なら来ている筈の父が全く見えずに探している合間にも、少しずつ家族連れは暖かい家庭へと帰っていく。

 
 親を探しキョロキョロと周囲を見るレギュラスへと淡々とした口調でシリウスは投げ槍に言う。

その言葉と表情は比例してて、レギュラスが考える以上にシリウスが家族をどう思っているのか垣間見えた気がした。

「捨てたんじゃねえの。俺達が邪魔でさ、本当はグリフィンドールに入った息子達なんざ要らないのが……アイツ等の本音なんだよ」

「僕はそう思いません。兄さんが僕を受け入れたように、父上もまた受け入れているのだと信じています」

「……俺と親じゃ考え方だって違う。理性が効く中で考え直したんじゃねえの。お前も俺も家を出る準備をした方がいいのかもな」

「兄さん……」

 特急から見えた処女雪のようにシリウスの言葉は冷たい。彼が入学後に散々味わった罵倒や待遇が積み重なり、元来頑固な性格のシリウスへ不信感がこびり付いてしまったのだろうか。

簡単に捨てる。簡単に裏切る。だから信用し切れないーー今日もただそうだっただけ。

そう呟き鼻で笑い飛ばすシリウスがすっかり人気の無くなった駅のホームを見回し、来る気配の無い迎えに疲れたように溜息を吐く。


 そうして呆けるレギュラスの手から彼の分の荷物を奪い、迷いの無い足取りで九と四分の三番線を出ようとするので、慌ててレギュラスは彼の背を追いながらも引き留める。

「何しているんです!?待たないと父上達が困るでしょう!?」

「もう来ねえよ!いいか。俺はお前を裏切らないけどアイツ等は簡単に裏切るんだ!今だってそうだ!」

「母上が入院している関係で僕等の迎えに遅れが生じただけでしょうっもう少し待ちましょうよッ」

「これ以上ここにか?休暇中は魔法が使えない俺等がこの寒い中に?……これ以上いればレギュラスが寒さに耐えきれねえよ。手がかじかんで荷物も俺に簡単に奪われただろう」

 その奪った荷物をもう一度肩にかけ直したシリウスは肩越しに、指摘された手を背中に隠すレギュラスを見て、揺らがぬ固い意思が感じられる声色で言う。

「……この冬休みは漏れ鍋に泊まるぞ。もし金が足りなくなったらジェームズの家に転がり込む」

「馬鹿ですか!僕がメリッサに手を出したらどうするつもりですかっ」

「心配するのはそこかよ……」

 呆れかえった声色で思わず足を止めレギュラスを振り返るシリウス。

割と本気で心配している問題故にレギュラスは、かじかんだ指先を握り顔の前で訴えかけるように振りながら、空気を読まずに本音を零し……巧妙にこの場にシリウスを留める作戦を決行する。


「同じ屋根の下で手を出さないようにしてても無意識に手を出してしまったら、兄さんまでジェームズ先輩との仲が決裂しますよ!」

「それは本気でまずい。そしてレギュラスが俺の血を受け継いでるようにしか思えなくなってきた」

「どういう意味ですか。僕は別に不特定多数の人と関係なんて持ちません」

「どこでその話を聞いた!?お前が入寮してから大分抑えてるつもりなのに……ピーターか!ピーターの野郎が密告したんだな!?」

 無実のピーターに容疑をかけたシリウスがレギュラスへと怒鳴りながら詰め寄り、ヴォルデモートよりも何十倍も迫力のある睨み付けに引き攣った声が幼い喉元から漏れる。

焚き付けた本人が早急に助けを求めたい気分になる。逃げる様に縮こまろうとするレギュラスに舌打ちをしたシリウスが両手の荷物を荒っぽく手放す。

そのまま空いた手でレギュラスの胸倉を掴み前後に揺す振るので、傍から見ればカツアゲする不良にしか見えない。

しかも残念なことに二人以外に人影は無く、揺す振られるレギュラスは兄を落ち着かせようと頑張るが、視界も定まらない状況下でまともな言葉が紡げるわけがないだろう。


「一応言っておくがその不特定多数云々は去年までの話だからな!勘違いした女共が色々妙な噂立てようが今年の俺は潔白だってジェームズに誓えるッ」

「に、さ……っや……ゲス、い……」

「どうしていきなり非難するんだレギュラス!?潔白だって言っただろうが……っ」

 シリウスの言い回しに彼の悪い面が出ていたのを指摘したつもりだが、色々省略され誤解が発生する。

更に揺さぶりが増す所為でレギュラスの視界と頭はシェイクされ、まともな思考までも掻き混ぜられる。

止めて下さいと言いたくてもうあああ……としか発音されない状況下で、救いの手は漸く差し伸べられる。


 バチンッと冷えた空気に鞭を打つような音が響いたと同時に呼吸が乱れたキーキーと叫ぶ屋敷しもべ特有の声が響く。

それにより残酷なシェイクの刑は止まったが、レギュラスのぐるりぐるりと回り続ける視界の中で聞き覚えのある声に耳は、溶け掛けの脳へSOSの信号を発するように指示を出す。


「申し訳ありませんお二方!!クリーチャーめが坊ちゃま方の迎えに遅れるなど……っどうぞ存分にお叱り付け下さいまし!ーーん?」


 ガバッと冷え切った床へ頭をつけ這う形で謝ろうとしたクリーチャーだったが、レギュラスの胸倉を掴みガンを飛ばすシリウスを見つけたのだろう。

不自然に手を浮かせどうしようか迷ってる様子のクリーチャーへレギュラスは回る視界の中で絞るような声で助けを求める。勘違いに勘違いを重ね拍車をかける一言であるのは間違いないだろう。


「くり、ちゃ……たす……け」

「おい変なこというなよレギュラス、話はまだ終わってねえんだぞ」

「し、シリウス様!」


 面倒臭そうな視線をクリーチャーへと向けたシリウスへ、床に付きそうな長い手を握り締めてクリーチャーは勘違いした内容を叫ぶ。

思わず表情を一変し何とか誤解を解こうとするシリウスの声は駅のホームに響き渡った。

「実の弟にご自身の性癖を押し付けるなどお止め下さい!それでもブラック家の長男ですか……っ」

「いやいや待て。これは性癖じゃないっどんな酷い誤解をしているんだお前は!?」

「それとも金をせびっておいででしたか?ああ……天下のブラック家の者が……なんてことを」

「せびってねえよ!!寧ろ貢いでるよ!」

「なんと!?ではクリーチャーの誤解でしたか……?」

「その通りだよ、たっく……」 

 誤解解決の終着点がとんでもないことになっていると二人は気付いているのだろうか。

徐々に定まって来た視界の中でやっと胸倉を解放されたレギュラスはドッと疲れた気分になり、早く暖かい家に帰りたいと思う。

(クルーシオよりもきついマグル式のシェイクの刑……ちょっと吐きそう……)




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