ボーダーラインを飛び越えて 1

□twelfth.
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 三年生以上の学生が待ちに待っているホグズミード村へ行ける日は、浮つく人間のお蔭で積もった雪が解けてしまいそうだ。

恋人や候補の人間とデートが出来ると喜ぶ人間もいれば、友人と外に出る楽しみに心を弾ませる人もいる。

シリウス達は後者の方らしく、リリーを誘いバッサリ断られ落ち込むジェームズを引き摺り「お土産期待してろよ」と颯爽と出かけてしまい、グリフィンドール全体から火が消えた様にも感じられた。


 折角の休日とは言えレギュラスには一分一秒も惜しい。色めき立つのと一気に人が消えた寂しさを混ぜる談話室から飛び出し、眠気を跳ねのけ図書室へと足を進めた。

やはり大勢の人がホグズミードへ行った所為か普段よりも静かに感じられる。図書室の禁書の部屋の近くで興味深そうな本のタイトルを左から右へと流しては、その場で本を取りパラパラと捲る。

だが一度でも見た事がある内容にがっかりしながらレギュラスは本を棚に戻す。ぼそりと溜息まじりに呟きながらも視線は禁書を集める部屋へと向けられていた。

「やはり……禁書じゃないと……教科書に載るレベルじゃ解決できない。どうすべきだろう」


 とはいえレギュラスはこっそり忍び込むなど……浅はかな考えは持ち合わせていない。十二月も中旬に差し掛かった現時点でボーダーラインを解決出来そうな有力な情報には、まだ出会っていない。 

彼は少しばかり焦りを感じ始めていた。貴族としての嗜みが細胞の奥底まで染みる体では不満を床に蹴る事で八つ当たりなんて出来やしない。

「まだ……まだ時間はある。まだ、大丈夫……」

 その暗示のように呟くレギュラスの姿は絶対にメリッサには見せられそうにない。

彼女は誰よりも日向で愛されて、レギュラスの血の滲む努力など気にせずに死のボーダーラインを共に越して、今度こそ卒業するだけでいいとレギュラスは思っていた。

自分以上に苦しんだメリッサに共に苦しんでほしいと誰が言えるだろう。レギュラスは自嘲染みた笑みを浮かべ焦りを跳ねのけるように本棚から離れ、魔法薬学の棚へと移動した。







 
 魔法薬学の棚といえど低学年用は見る価値も無い。最初から高学年用の棚に向かい鋭い目つきで本のタイトルを眺める新入生であるレギュラスの姿はとても浮いていた。

五年生が受けるふくろう試験や最高学年が受けるイモリ試験で睡眠不足に陥った深い隈を作る上級生が、夢でも見ているのだろうかとフラフラと机に戻っていく。

ごんっと頭を打ち付ける音があちこちから響いたが、間違いなく勉強疲れだろう。


 彼等以上に知識を欲しているレギュラスは一段ずつ視線を配り、丁度レギュラスが背伸びしようとも届かない場所に興味深い本のタイトルを見つけ、視線を止めた。

近くにはしごは見つからない。仕方なく杖を取り出し無言呪文で本を呼び寄せ、試し読みをしてみようと表紙に手をかけた瞬間ーー記憶の中で聞いた事がある声にその手が止まる。


「流石はグリフィンドールの天才。ブラック家の血を裏切ろうとその体に流れる優秀な血は……忌まわしい貴様の兄と同じようだな、え?レギュラス・ブラック」
 
「っあなた、は……」


 一番最初に目がいったのはベタリと脂ぎった黒髪。そして驚くレギュラスを見下す冷たい眼差し。視線を下げれば彼の印象を更に暗くさせる緑と銀のネクタイ。

過去で何度かレギュラス自身へ薬学の指導したことがある彼は、悪戯仕掛け人に執拗にいじめを受けていた……いや今も受け続けている人だ。

あの時はここまで憎しみを込めて見下された事など無かった。その記憶があるからこそ、彼の名前を呼ぶことに躊躇しながらも呼べば、僅かに関心した様子に見える。


「スリザリンの……セブルス・スネイプ、先輩」

「ほう?よく僕の名を知ってるものだな。教えられたか?貴様は兄と同じように人を貶し、ボロ雑巾のように地を這い蹲らせる趣味でもお有りですかな?将来有望で結構」

 ふんっと鼻でレギュラスを笑うセブルスに何を言われても黙っていた。

レギュラスは記憶の奥という奥までを掘り返しセブルス・スネイプという人物がどれ程魔法薬学が得意だったかを確認していたのだ。

そしてシリウスの未来を見た時に彼の姿が何度かあった。ホグワーツで教鞭を振るっている……そう、魔法薬学の教授となった人物がいまレギュラスの目の前にいる。

 
 彼は元から闇の魔術と魔法薬学に長けていた。教師になった経緯は知らないがそれでも学生時代から知識量は飛びぬけていた筈だ。

レギュラスはいま目の前で初めてあっただろうレギュラスをシリウスの代わりに罵る彼をじっと見て……淡々と質問をする。


「ーーアスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか……五秒以内にお答えください」

「は?」

「五、四、三……」

「何なんだ貴様は……答えは生ける屍の水薬だ。これは新入生が知る問題では無いぞ。英才教育で知っていたというならホグワーツに来る意味など……」

「次行きますよ。ベゾアール石はどんな効果がありますか?」

 言葉を遮られ一層眉間を寄せたセブルスは気味が悪そうにレギュラスを見ながらも、渋々返答していく。それも間違える事は無く更に次の問題へと移り変わる。

それを両手の指では足りなくなるほどに繰り返すとセブルスの対応に変化が生じ始めた。

レギュラスを通してシリウスを見ていた憎悪が込められた表情から、魔法薬学の知識が年相応では無い……まるで昔のセブルスの様に知識が豊富なレギュラス自身を見始めていたのだ。


 ずっと質問を出すレギュラスへセブルスの方から質問を出せば、反射的に正解が返ってくるものだからセブルスは本気で関心してしまう。

いつの間にか眉間の皺がなだらかになり二人の魔法薬学の知識はイモリ試験を遥かに凌駕しているレベルだと互いに理解すれば質問はピタリと止む。

二人を包む雰囲気は知的好奇心を刺激する優秀な相手へ向ける敬意に溢れている。


(想像以上だ……この先輩は使える)

 寮が変わろうが思考回路はスリザリンと同等なレギュラスは、勿体ぶった口調に変えて彼が一番知りたい情報を探りにかかった。

「最後の問題ですーー生命維持に影響するほどの異物が体にある場合どうすればいいか……ご存知ですか?」





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