ボーダーラインを飛び越えて 1

□eighth.
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 ホグワーツに激震が走る組分けから一日が経つ。

緑を基調としたシックで落ち着いたスリザリン寮とは違い、赤を前面に推すグリフィンドール寮はレギュラスにとって居心地の悪さを感じさせたが、これもいつか慣れる事だろう。

緑と銀では無く赤と金のネクタイを結びまじまじと手に取って見下ろせば、レギュラスの心にはある種の達成感で満たされていく。


「本当に僕は……グリフィンドールに入ってしまったんだ……。兄さんと、メリッサと同じ寮に……ふふ」


 黒い学校指定のローブの裏地は彼女の好きな苺よりもずっと赤くて、緑を着ていた身としてはとても刺激的な色だ。そうまるで全てを燃やし尽くす炎の呪文に似ている。それを羽織り腕を通す。

口元に笑みを浮かべたままレギュラスは大事な相棒である杖をローブにしまい、同室のメンバーが起き出す前に授業に必要な教材、読みかけの禁書に縮小魔法をかけてそっとローブのポケットにしまう。


 朝食は一緒に取ろうと約束したメリッサがまだ眠そうな顔をして談話室に下りてくるまでは自習時間にあてるのが得策だろう。

朝日が昇り眩い日差しが東の窓から差し込む談話室の一角の二人掛けソファに腰を下ろし、禁書にかけた魔法を解き古書の香りを指に染みつく程にレギュラスは読み更けていく。

一時間後に七年の監督生が気配も無く読書をするレギュラスを見つけ、心臓が飛び出そうになったのは言うまでも無い。







 炎の呪文。一番簡単なものだとインセンディオ。一番難しいものだと悪霊の火だろうか。だがこの大量の手紙を燃やすのにはインセンディオで十分だ。

まるでレギュラスだけがクリスマスのお祝いを先取りしたように積み重なる手紙の山。料理が乗る皿まで飲み込むその量に巻き添えを喰らう悪戯仕掛け人とメリッサ。

彼女だけはぽやーっと寝惚け眼で現状を理解出来ていなそうだが、他の四人は二年前の光景を思い出し楽し気に白い手紙を見て皮肉を言い合う。


「モテモテだなレギュラス!」

「ええ。ブラックサンタからのお祝い改めお呪いと言う所ですがね」

「ブラック家へグリーンサンタからの贈り物かい?流石狡猾!卑怯な所は在学中だろうと卒業済みだろうと骨の髄まで染みてしまったんだね……ほらメリッサ、この手紙なんて指が爛れる魔法がついてる。危ないねえ」

 つんつんと杖で悪意に満ちた手紙をニタニタと笑いながら突くジェームズは、妹へスリザリンに近付くなと刷り込む為に教えているが、頭がまだ機能していないメリッサは全く聞いていない。

それに気付いたジェームズが飽きたのか杖をローブに仕舞いこんだ。


 レギュラスは面倒臭そうに杖を出し、一切の言葉も無く手紙の山に火をつけ一瞬の内にハグリットの背程の高い炎の柱が上がる。

ざわりとどよめく大広間にいる生徒が二度瞬きする間にソレは塵ひとつ残らず、焼け焦げた皿と炭だけがつまらなそうなレギュラスの目の前にある。


 ごくり、と恐怖の味がする生唾を飲む音がスリザリン側から聞こえたが周囲の上級生はたった今レギュラスが使った魔法に目を疑う生徒が多かった。

彼は一言も発せずに初級魔法とは思えない火力を出し、なおかつ残りカスである炭までも消していたからだ。

つまりは無言呪文を二度行った上で素知らぬ顔をしているレギュラスは六年生で習うレベルのことをあっさりとこなして見せたのだ。これには流石の悪戯仕掛け人も絶句する。

 
 そして教員テーブルの中央にいた床まで届く白いサンタのような髭の持ち主もまた、同様に絶句し……半月型の眼鏡の奥で、凍り付きそうなブルーアイを細めた。


 絶句する悪戯仕掛け人からいち早く回復したのはリーマスだった。焦げ付いた皿に杖を向けて振り焦げ一つない元通りの皿と料理に戻したレギュラスに言い難そうに声をかけた。

「あーその、レギュラス?」

「何でしょう」

「どうして無言呪文使えるのかな?僕達もまだ授業を受けていない分野の奴だよね。多分……ジェームズとかはすんなり出来る難しい奴なんだろうけど……」

 噂のジェームズはメリッサにニコニコと話しかけながら、彼女の食べられそうな軽い料理を遠くのテーブルから無言呪文で引き寄せ皿に取り分け、何事も無かったように元の場所へ返す。

視線を感じたのかきょとりとハシバミ色の瞳を丸くさせリーマスへ笑みを向け、すぐに今にも眠りそうなメリッサを心配していた。


 ぐしぐしと幼い動作で目を擦るメリッサに疑問はあったレギュラスだったが、入学で興奮して眠れなかったのだろうと決め、頭を抱えているシリウスを一瞥して彼に質問を丸投げをする。

「兄さんに聞いて下さい」

「え?」

「はあ!?また俺かよ!」

 兄の叫びを無視し焼きたてのパンに手を伸ばすレギュラスを恨みがましそうに見た後に、どうにか頭を働かせしどろもどろにリーマスへ返した。

「ぶ……ブラック家の、英才教育……?」

「え?シリウス無言呪文使えたっけ?」

「うるせえぞピーター!!朝から変な質問すんなッ」

「ひっ、酷い……リーマスが質問したのに……」

「何の事かな?」 

 華麗なる掌返しを見せるリーマスは朝から甘いプディングをつつき、泣きそうなピーターのことをあっさり見捨てた。

ゴブレットに入るカボチャジュースの甘さに眉を寄せながらレギュラスは一口飲み、悪質な手紙を思い出しズシリと重い気分のまま思う。

(母上からの吼えメールが無い……誰よりも先に送ってくると思ったのに。病状が悪くてそれどころじゃないのかな……)



 視界の隅でついにメリッサが眠りに落ちテーブルへ勢いよく額をぶつけ、ジェームズが吼えメールのように叫びながら、ここにはいない癒者を呼んでいた。


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