ボーダーラインを飛び越えて 1

□first.
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 グリモールド・プレイス十二番地。魔法界における「高貴で由緒正しい」貴族がそこに居た。

マグル(非魔法族)の血が一滴も入らない自分達のことを純血と呼び、マグル生まれを「穢れた血」と見下すのはそれだけ純血が尊いものと考えているからだ。

そう子々孫々と伝えられ骨の髄まで染みる教えは、魔法学校の寮すら高貴であるスリザリン寮しか認めない。

魔法界からマグル出身や半純血を殲滅し浄化させるべきと、根深い思想を訴える例のあの人を支持する両親の元に……性格の正反対な兄弟が生を受けた。


 兄は幼いながらも家の思想に盾突き、高貴なるスリザリン寮では無く敵対関係に等しいグリフィンドール寮に入ってしまったのだ。

高貴なる家系の恥だと両親に責められようと兄は「陰気なスリザリンになるくらいなら死んだ方がマシだ!」と盾突き続ける。それに対して弟はまさに従順な犬のよう。

親の教えが正しいと信じ、疑う事も無く純血主義を受け入れる弟を両親は可愛がるのだ。そんな彼を兄は愚かだと思う。


 入学後には挨拶もしないほどに冷え切った関係になったのも、両親の態度を真似したのだとすぐに兄は理解し、ますます弟が気に食わなかった。

きっとあのすました顔の下で俺を馬鹿にしてるんだ、と妄想を膨らます兄に弟は何も言わず、時だけが悪戯に過ぎて……今年の九月から弟も入学することになった。



 その為のちょっとした家族だけのお祝いごとに長テーブルに沢山の料理がならび、普段の冷えた雰囲気に蝋燭の火がほんのりと色をつけたように暖かく感じていたというのに……

夏休みで帰って来た兄は友達から貰ったマグルの玩具の飛行機を弄り、食事をそっちのけで遊び呆ける。そんな態度に両親は顔を顰め、尖った声で兄を咎めた。


「シリウス!この家にマグルの物など持ち込むのは許しませんよ……ッ」

「今日はレギュラスのお祝いだというのに、何かお祝い事のひとつでも言ったらどうなんだ」

 すると兄ーーシリウスは弟ーーレギュラスを冷めた目で見て鼻で笑いながら、皮肉を言った。

「……ああ!愚かなレギュラスは大層ご立派な寮に入られることでしょうね。そこで愚かな友人を持てたら教えてくれよ。優しいお兄様が蛇にでも変えてやるよ!」

「……結構です」

「あっそ」

 割とストレートに我が家ーーブラックの人間が卒業した寮を貶したことに母は怒り心頭で。美しい顔が鬼のように赤くなりシリウスにこれでもかと怒鳴りつけた。

短気なシリウスは売られた喧嘩は親でも買う主義を曲げずに、荒く席を立ち「クソババア!」と罵倒と共に高額な喧嘩を買う。

ヒートアップしていく口喧嘩が耳の鼓膜を何度も殴りつけて、レギュラスはあまりの煩さに顔を下げてしまう。折角のお祝いも、雰囲気も台無しだ。


 唯一喧嘩を止めてくれそうな父はひとり耳に防音魔法でもかけているのか、すました顔をして紅茶を優雅に飲んでおり、止める気など更々感じられない。

レギュラスは不安そうな顔で今度は兄と母の様子を窺うが、どちらも怒りに身を任せて今にも攻撃呪文を放ちそうで冷え冷えとした空気さえ感じられる。


(折角のお祝いなのに……兄さんがスリザリン寮に入ってて純血主義であったなら、僕がこんな気持ちを味わうことなんてなかったのに。家族がバラバラになる事なんて無かったのに)

ーー愚かなのは兄さんの方だ。


 心で愚痴を零したレギュラスは、火に油を注ぐマネをする前に水を勢いよく飲む。

凝った装飾のグラスの中で揺らぐ水はとても冷たくて、水の通り道が篭る怒りを吸い取っていく気がした。たった数口で大分頭が冷え、一度口からグラスを離す。

 だがその近くではまだ罵倒の応酬は止まず。もし魔法がなければ近所のマグルから苦情が来てしまうだろうが、その可能性などシリウスが純血主義者になるほどにありえない話だ。

薄く笑ったレギュラスは水へ視線を落とす。もう一度飲もうとグラスを傾け、迫る水の動きを無感動に見ながら水を流し込もうとしていた時だった。



ーー怒り狂ったシリウスが持っていた玩具を母の食器へと投げつけたのは。



 玩具の飛行機が使用済みの皿やフォーク、ナイフに強く当たり一瞬で食器同士が金属音を鳴らし、無残にも割れていく。

母の悲鳴が短く聞こえ咄嗟に杖で破片を防いだようだが、食器を割り跳ね返った玩具が母のグラスを翼にひっかけたまま、絨毯へとガラスが砕ける音と共に落ちていった。

その間ーー二秒程度だったろうか。


 その二秒で様々な音がした。怒声。悲鳴。食器やカトラリーがぶつかり合う音。

そして、グラスが無理矢理砕け散る音ーーレギュラスの目の前にある水の揺らぎが跳ね、とぷんと重い水音がしたと思えばーーレギュラスの脳内を一瞬でグシャグシャに書き殴っていく。

ーー自分が死んだ暗く冷たい……あの湖の記憶を。


「あ……っ」


力の抜けた手からグラスが絨毯へ落ちていったことさえ気づかずに、自分の知らない記憶が見せる光景にレギュラスは激しく動揺し、何故だか涙が止まらない。

集まる視線にも気付けない。変拍子の音楽のようにコロコロ変わる記憶と知らない感情が頭に叩き付けられる感覚に、頭を抱え蹲った。



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