番外編

□猛烈ホームシック症候群 5
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灰崎という男。見るからに粗暴で眼も吊り上がっている彼の第一印象は大抵同じ意見に落ち着く

不良や暴走族の一味だとか。そんな品行方正から最極端にいる彼は、見た目と反して中々に頭の回転が速い

テストの点数が良いという部類では無く、生きていく為の頭の良さだ


状況に応じて的確な判断や言葉回しに彼の親友である赤司から絶賛される彼は今怒りを玉ねぎを刻むことに向けていた

まな板を割るほどに力を入れる訳では無く盛大な拍手を刻むリズムで、背景が透けるミリ単位のスライスを作成中の中で苦笑した赤司と会話を続けている

そうでも無いとまな板さえも割ってしまいそうだったのだ

「灰崎そろそろ炒めようか」

「…俺スープ担当するから赤司は別のやってくれ。これ切り終わったら炒める」

「そう?んー何作ろうかな…」

少し伸びた後ろ髪をちょこんと結ぶ後ろ姿が赤いヒヨコに見える赤司は、冷蔵庫を覗き込んで食材の確認をする

もうその姿だけで灰崎の萌えゲージが震えながらも上昇し恐らく今日中に限界値を突破することだろう。萌えゲージが高まれば怒りの値が下がっていく

(赤司のひょこひょこ動く髪見てるだけで…傍若無人な藍澤への怒りが静まっていく…天使か)


今日の夕飯にしようとしていた鶏肉をつけた物を取り出した赤司が、感動の涙を零す灰崎の顔を覗き込んでギョッとした

鶏肉を持ち心配を隠さずに灰崎へティッシュを差し出す天使具合。黒子の同人誌が厚くならない訳が無い。少なくとも灰崎はそう思う

「玉葱は眼に染みるから早く拭いた方がいいよ」

「…おう」

「はい。じゃあちょっと先にフライパンを使わせて貰おうかな」

ティッシュを渡して柔らかく笑った赤司は手慣れた手付きでフライパンを出し、鼻歌混じりに火をつける


黄瀬と久々に会えることに機嫌がよろしいようで

黄瀬がアキラ以上に好きでは無い灰崎は、そいつの為に料理を作るなど顔を顰める位に嫌だが、赤司に困った様に頼まれたから仕方なく作ってあげるのだ

決してアキラの傍若無人に屈した訳では無い。決して黄瀬の為に作るのでは無い、寧ろ平伏せ


(藍澤も黄瀬もそろそろ俺に平伏せっての。赤司のフォローが無かったら誰が命令を聞くかっての…!)

じゅわじゅわとフライパンの上で肉に焼き色をつける赤司の横顔を見て、白い耳にかかる零れた髪を耳にかけ直す仕草に胸が痛くなる灰崎

怒りでは無く萌えの気持ちで最後の刻みを終えれば、赤司が「流石だよねスライス本当に上手」と褒め殺してくる

身悶える灰崎は色々な意味を含めて一言返すので一杯一杯だった


「…赤司には負ける」

不思議そうに首を傾げる姿は犯罪級で、いっそのこと俺の顔ごと焼いて下さいと言うか灰崎は本気で迷った事案は墓まで持って行こう











普段のきゃんきゃん煩い躾の成っていない犬振りは影も無く

アキラの背中に隠れるように大柄の体を隠すゴールデンレトリバーは、折角の料理を通夜真っただ中の静寂さを保ち、腹八分までちゃっかり食べダイニングからリビングへと一人移った

他の三人はその空気に引き摺られないようにリズムよく会話を続けていたが、彼がソファに身を投げたのを黙って見送り小声で現状を伝え始めた


「それで黄瀬は皆と同じ病気なの?」

「ホームシックが全身に回り手の施しようがありません。アキラ医師には現状気を使いすぎて言えないみたい」

「末期じゃねえか。最悪だな」

あの黄瀬が…褒め言葉が灰崎の頭を過ぎるがアキラにまで悩みを零す事が難しい奴をこの家に連れてきてどうするんだ、と思う

その考えを口に出した訳でも無いのにじーっと藍色の澄んだ瞳が灰崎を射抜き、眼でこう言ってくる

ーーお前の出番だ


口元をヒクヒクと動かす灰崎は生ゴミを頭から被ったような、死んだ魚の眼で見つめ返しふるふると頭を横に振る

無理だ、無理です。やめて下さい。黄瀬と同じ空気を吸いたくないです。あと赤司下さい


視線だけでどこまで通じたかは定かではないが、大袈裟な溜息をつくアキラはズボンのポケットから何かの券を取り出し、灰崎の眼前へ晒す

死んだ魚に誰かが復活の呪文を唱えた所為で灰崎の眼が、手持ち花火を映す如くきらきらと輝く

その視線が読み取った言葉を差し出した本人が読み上げ、聞いてしまった時点で灰崎は後に引けない状況になってしまうが…一瞬たりとも逸らせぬのだから仕方ない


「ーーセイジュ六時間独占券だ。これやるからちょっと黄瀬と口喧嘩して、俺に溜め込んだもの言えるように吹っ切れさせてくれ」

「う、ううう!け、券だけくれよ…!」

灰崎の目の前でヒラリヒラリと踊る券を掴もうとボールをスティールするように何度も手を伸ばすが、先を読まれて虚しく空振り続ける

釣りの疑似餌を巧みに動かす要領で灰崎を惹き付けながらもアキラは言質を取ろうとする物の、結末は決まっているのだろう

分かってて灰崎に言わせるのは非常にえげつない。食後のプリンを頬張っていた赤司は地味に観察しアキラの悪どい笑みは輝いていると確信していた

「券だけ何て勿体無い。死にたくなる仕事の後のご褒美が一番輝くものだろ?頑張ってくれたら、今日みたいに横槍は刺さないと約束するぞ」

「笑顔で人を地獄送りにするお前の心が恐ろしい…っ」

「それで?やるのかやらないのか…三秒で答えを出してくれ」


釣りごっこを止めたアキラは券に手をかけ三秒後に破けるようにする。それだけで灰崎の顔が青褪め引き攣るのとは正反対に満面の笑みへと変わっていくアキラ

どうあがいても灰崎が白旗をあげるしかないだろう。赤司は恋人と親友が自分を取り合う交渉テーブルにいながらも一切の口を挟むつもりなど無い

(券があろうとなかろうと俺は灰崎と遊ぶし。俺が言わなくてもアキラは口を挟むマネなんてしないのに。なんで灰崎は無駄な交渉をするんだろう?)


灰崎だけが必死になる交渉も実りが無いものだと気付きながらも赤司は口を挟まず、灰崎が白旗をあげる姿を最後の一口を舌で堪能して、満足気に微笑む

赤司の機嫌を損ねないようにアキラのプリンが賄賂として赤司へ輸出されるのにまた嬉しそうに微笑んでいた

灰崎はそこで漸く赤司が口を挟まなかった理由を理解し、頭を机に打ち付けた

(天使は小悪魔だった。それでも可愛いから許す…でも藍澤テメエは三日は許さねえ…ッ)





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