番外編

□猛烈ホームシック症候群 2
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その日の桐皇学園は荒れに荒れていた。とある人物の奇行に眼を奪われパスカットをされるわミスが多発しザワザワとどよめく。敵味方関係なく、だ

個人プレーよろしくと銘打つ桐皇に相応しく強烈で一際目立つ個人プレーを発揮する奴が原因である


サボリ魔どころかサボリ魔ザリガニに昇進した青峰大輝は一身上の都合により猛烈に号泣していた。ちなみに現在地は彼の聖地の屋上では無い

バスケ部が個人の技を磨き青春の汗を流す体育館のど真ん中…コートに参戦しながら屈強なディフェンダーを針に糸を通すようにスルリと抜き、そのまま流れるようにダンクをぶち込む


もう一度言う。号泣しながらだ

正直ディフェンスやらマークをしてる目の前で強面の良い体格の色黒男が、ボロッボロ涙を垂れ流し微妙に鼻水まで出してるとなれば、バスケ所では無い


敵味方関係なく青峰の立ち尽す背中を呆然と見る。とん、とん…と音が弱まっても青峰から転がり離れようとするボールが止まった瞬間…

「ううっう、…ああぁああぁ…!」

青峰山が噴火する。その場にうつ伏せに倒れ大声で大号泣をかました青峰に傍観者側でどよめきが起こった

とてもじゃないが試合などしてる場合では無い。寧ろ集中出来る方がおかしいのだ


天地が逆転した程の異常な光景を目撃した桐皇バスケ部には精神的な動揺でざわめきが治まりそうにない

誰もが口を開け我等がエース様の奇行に絶句する中、いの一番に正気を取り戻した今吉が後輩の若松に近寄り軽く肩を叩き正気を取り戻させ、青峰をコート外へ運ぶように頼む


火山の様子おかしいから火山口から覗いてくれへんか?そんな事を言われ生贄に選ばれた感が拭えないが年功序列には逆らえない日本人の性

若松が恐る恐る近付く。大号泣のあまり奴の顔付近の床が地味に濡れている。正直触れたくもないのだが大号泣の有様を見せつけられ放置出来る程腐ってもいない


とはいえやはり抵抗はある訳で。今吉の休憩を促す声が響く体育館の隅へ青峰の両足を引き摺り運ぶ

わらわらと集まるはレギュラー陣と監督、それにこの中で青峰の一番の理解者であろう桃井のみ


男泣きする青峰を囲むように腰を下ろしたり、しゃがみこむ面々の中でやはり会話の糸口を掴むのはキャプテンたるこの人だろう

「なんや…青峰らしゅうないな。誰か死んだんか?珍しく出てきよったと思えば…こんな泣くのはやめえ」

気を遣う声色とぱしぱしと肩を叩き慰める手で今吉は取りあえず青峰の涙を止めることに出たらしい

正直泣きすぎて日本語どころか人間の言語では無い言葉が返ってくるのをケラケラ笑い「わからん」と笑いながらも、青峰の興奮状態を解こうと会話を続ける


その横で諏佐が眼に光が無い桃井に身内の訃報の有無を尋ねると、彼女らしく無く数瞬遅れて我に返ったように早口で答え始めた

「…ーーっあ、いいえ。青峰くんの身内は今日も元気です。おじいさまが御年八十を迎えついこの間お祝いをしたばかりです」

「そうか。なら誰かが死んで悲しんでいる線は消えるか。ありがとう桃井」

「…いえ」

「……」

諏佐の感謝の言葉も大して響かず桃井はそっと目線を下に落とし重苦しい溜息を吐く。どこか気怠そうで外見が美少女である桃井を初めてみる人は見惚れてしまうだろう

しかし青峰同様桃井も異常な様子を察し桐皇レギュラー陣が思う事はただひとつだ


(お前もか桃井)


ふぅっと隠す気も無い溜息を吐きながら原澤監督は前髪を弄る癖を無意識にやり、現状打破の鍵となり得る桃井へと簡潔に問う

「桃井さんは青峰くんがこうなった原因を知っていますか」

「…原因は恐らく今の今まで沈黙を貫いてる桜井くんかと」

普段の桃井とは格段に違う抑揚の無い落ち込んだ声で指名された桜井は、心臓が嫌に冷えその血が全身にぐるりと回り指先に至るまで青褪めていく気がした

それを後押しするようにギンッと先輩方の「お前が原因か」と突き刺す眼差しにぶるりと震え、首元に凶器を突きつけられた兎よろしくとばかり縮こまった声で真実を暴露する

「ひぃ…っボ、ボクが止めを刺しました…ッ」

「いやそんな人殺しましたみたいなこと言われてもよ…桜井。分かるように説明してくれ」

「は、い」

若松の呆れ混じりの言葉に更に怯えてしまうが桜井は部活前の更衣室で起こった…青峰のストレス地雷タップダンス事件を事細かに話し始めた








桜井が掃除の関係で通常より少し遅めに更衣室へと駆け込んだ時、誰もいないと思ったその場に珍しい人物が彼自身のロッカーを開いていた

「あ…青峰サン?」

「んあ?おー良か。部活もう始まるんじゃねーの。急いで着替えた方がいいぜ」

「アッハイ」

そう声をかけた青峰は緩く結ばれたネクタイを外す気配も無くただ立ち尽していた。青峰の背後を通り過ぎ桜井は自分のロッカーを開きいそいそと着替えを始める

その間もやはり青峰は着替える様子は無い。桜井が器用に盗み見しようが気付かない程何かを見つめていた

(まさかマイちゃんの写真集?でもそれならベンチに座って見る人なのに…)

違和感があった。きっかけはただそれだけなのだが、思い返せば桜井は度胸があったなと思う言動を取ってしまっていた

「あの…」

「ん?んだよ…今日はもうちょいしたら顔出すって」

「そ、そうなんですか。じゃなくてですね…っ」

桜井にしては食い下がった言い分に青峰も疑問に思ったのだろう。面倒臭そうな顔をロッカーから外し桜井に耳を傾けていた

食い下がってよかったと一瞬でも思ってしまう程の光景に桜井は驚く。だが青峰気にせずに桜井の言葉を理解した途端みるみる内に笑顔になっていき、照れたように鼻を擦る

「もしかして大事なモノを見てるんですか?」

「、おう。中学ん時のだけど…お前ならいいか。見るか?」

「っぜひ!」

桜井は滅多にお目にかかれない幼い笑みを浮かべ手招きする黒い手に従う

「わ…ぁ」

ロッカーの中にあったのは十枚程度の写真。それを手渡され感嘆が漏れる。それもそうだろう

桜井の手の中にあるのは、高校バスケ界隈では名を知らぬ者などいない程有名な、あのキセキの世代の日常風景だ


雑誌に載る帝光バスケ部レギュラーとしてではなく…普通の中学生としての彼等が写真の中で騒いでいる


大自然の山を背景に川辺でザリガニを両手に持ち黄瀬を追いかける青峰だったり

どこかの家で誕生日会でもしてるのか膝に顔を突っ伏す青峰を中心にカラフルな連中が彼を茶化してる…よく見れば青峰が影の薄い子の手を掴んでいたり

桃井を青峰が羽交い締めにして遠くに写るキッチンから離れさせようとする攻防戦まで撮られている


元主将と灰色の髪の男子生徒がエプロンをつけて料理してる後ろ姿を盗撮したのだろう

次の写真にはその数秒後の光景が写り、目付きが悪い灰髪の少年が凄い顔でこちらを見てる。赤髪の方はびっくりした顔をしてるが眼をまんまるにしてる姿は妙に愛らしい

「これ…キセキの世代の主将だった人ですよね?雑誌で見た時とは全然違うんですね…」

「赤司のことか。仲良くねえ奴には冷てーけど、懐に入れた奴には表情を結構変えるもんなあ…あ、これなんかレアだぜレア」

一度写真を受け取り数枚捲った後レアだと呼ばれる代物を眼前に突き付けられ、見た瞬間桜井はボボッと頬を赤らめ言葉に詰まる

藍色の髪と眼を持ちカメラを上目に助けを求める眼差しの少年。その少年の膝に座り赤みを帯びる体をベッタリと寄せる赤司

ふにゃふにゃと猫の様に笑いかける姿はまるで誘ってるかのよう…写真の奥のローテーブルに倒れた酒瓶さえなければ、桜井はどこまでも勘違いしただろうに

「って…何お酒飲んでいるんですか!だ、だめですよ!」

「チッ…なんだ良は騙されねえか」

つまらなそうに青峰は写真をすべて回収し彼にしては丁寧な手付きで整えロッカーに仕舞い込み閉めた

ぷんすか怒ってる口振りにしては未だ赤い桜井を見て「大抵は騙される」旨を伝えてくる。桜井が酒瓶に気付く前に感じた卑猥な行為と結びつけた印象に皆が騙されたのだろう

(正直危なかった…)


「まーこれ以降酒持ち込み禁止になっちまってな。アイツ等後で絶対楽しんだと思うんだけどよお…」

グチグチと当時の思いを零しベンチへ腰を下ろす。ガリガリと頭を掻く姿に桜井はつい流してしまいそうになるがとてつもない爆弾を投下していった

「楽しんだって、」

「そりゃそういう意味だろ。あ、待てこれ外で口外なんてすんなよ?俺だってバレたらすげえ怒られる」

余裕綽々な様子が一転。軽く額に冷や汗が掻く程に焦った口振りの青峰におずおずと頭が了承の合図を送れば、酷く安心したように肩の力が抜けていく

余程怒られるのが嫌なのだろう。そして前科持ちで、見えない傷が警鐘を鳴らした結果だったのだと、桜井は悶々とする煩悩を消し去る為にそう思い込んだ


あせったーと一呼吸ついてる青峰に率直な感想をいうかいわないか少しだけ迷い、結局言ってみることを決意した桜井は彼の機嫌がうつったように薄く笑みを浮かべて言う

「仲、いいんですね」

「ああ?あーそうだな。でけー野郎共が集まって朝から晩まで常に行動できんのは…アイツ等だから許せたんだし。仲はよかったんだろうなあ…」

「…(なんだかちょっとだけイラッとする。ボクも青峰サンと友達の筈なのに、どうしても中学の思い出が強くて友達とすら認められていない様に感じてしまう)」

桜井の笑顔が歪になる。そしてほんの小指の爪程度の嫉妬心が問いかけた言葉に青峰の無意識に張りつめた糸は激しく揺す振られる

普通の人間ならなんとも痛くないもの。今の青峰にはヘッドショットを喰らい糸がぷつりと打ち抜かれるほどに衝撃を与えてしまう


「ーーでも高校バラバラになって寂しくないんですか」

瞬間青峰の笑顔が抜け落ち能面のような真顔になり、嗚咽も無く涙を零す。片目だけだったのが両目から溢れついには嗚咽が漏れてしまう

桜井が後悔し慌てて謝りながらあわあわと慰めようとするも後の祭り。いま…絶対に見られてはいけない人がこの場に現れてしまうなど、桜井には分かる筈が無かったのだから


「桜井くん?もう部活はじま、…青峰くん?」

「あ、ああ…す、すいませんっ!本当にスイマセン!」

「青峰くんが泣くなんて…ーーなにを言ったの桜井くん」


先程の写真にも度々写っていたーー桃井襲来。修羅場が訪れたと桜井は顔面真っ青になりながら悟るのであった





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