番外編

□猛烈ホームシック症候群 1
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【ホームシック】
故郷を離れ、違う風土・習慣になじめずに起こる、強く憂鬱(ゆううつ)になる状態。郷愁



陽泉高校バスケ部レギュラー陣は一番大きな子供以外がこぞって集まり、アゴリラと不名誉な通り名を背負う岡村が代表して辞書のとある文字を指差す

太ましい指が短い爪先で示す文字の羅列は、陽泉バスケ部発足以来の問題児が現在進行形で患うものだと、その場にいる誰もが疑わなかった


「最近嗚咽無く泣きながらお菓子喰ってたのはそういうことかよ」

「この前はクラスの女子から貰った飴玉を見てたのも、まいう棒を見て落ち込んでたのもそれが原因アルか」

「飴玉?ただの飴を見て泣くとは思えんのがの」

「色取り取りだったアル。キセキの世代みたいな…」

ああ…と納得の声があがる。紫原と一定の交流があるレギュラー陣は彼がキセキの世代+αと非常に仲が良いことを知っている

どこかの家に全員集合しパーティを満面の笑みでエンジョイしてる写真が紫原の携帯の待ち受けになってることすら…もう慣れてしまった


それを見て大好きなお菓子を食べる時よりも幸せそうに笑う妖精は、今や待ち受けを見る度にぴるぴる震え泣き始めるようになったのは数日前からだ

陽泉はキセキの世代の大半が集まる東京からは遠く離れている。今まで普通の友人関係とは思えない程親交が深かった事もホームシックを悪化させた原因だろう


だが早々会える距離でも無い。なにより交通費がかかる。高校生の懐事情は飴よりも甘くないのだ

うーむ。二年と三年の超高身長共は腕を組み紫原のホームシックの解決策に頭を悩ませる。金がかからずに…と福井が零した言葉にピンときたのは、我等がエレガントヤンキーだった


「ここは…保護者に聞くしかないね」

言葉を言い終わる前に素早い動作で誰かに電話をかけ始める。保護者…親だろうか。こんな昼間から出る可能性は低いだろうに

各々の疑問をよそに氷室は一目でわかる程期待に体を揺らし…電話が繋がる。一言目に氷室から出た言葉に彼の奇行の原因が伝わり、また納得の声が上がった

「ーーオリオンかい!!?」

(あのオリオン狂は待ち受けを十歳頃のオリオンに設定し、バレない様にニヤけてる事を俺達は知っている)










所変わって話題の紫原といえば。キセキカラーにそっくりな飴玉が入った袋を大事そうに抱えていた

ぶぶぶっと携帯が震え福井から部室に来いとの命令文を膨れっ面で無視。ぽたぽたとパッケージを小雨が降ったように涙が伝って裏面へ消えていく

「…っあか、ちん…アキラちん…っ」

この飴は数日前に貰ったものだ。そしてその時に紫原は自分の精神的な不調の名前に気付いた

「なんでみんな…いないの…?俺だけ、遠いし…っ」

中学時代は紫原の長大な腕で大好きな皆を抱きしめられる距離にいたというのに。今は両手に収まる袋が皆の代わりだ

ぐしゃり。皺が付く程強く握りしめようが文句のひとつも言いやしない。青峰、灰崎に黄瀬といった連中がいの一番に「痛ぇ!」とアラームより煩く喚く筈なのに…

「うー…!」

唸る。唸る。人がまわりにいないのを良い事に唸り続けては皺くちゃのパッケージに大雨が降り注ぐ

寂しい。我慢。しょうがない。我慢、でも寂しい。いつまで我慢すればいいんだ。紫原の心は寂しさでコントロールが効かなくなりそうだ


ただただ苦しい涙に嗚咽を滲ませて思い出すのは楽しかった中学時代。勿論いいことばかりでは無かった

それでも自分の居場所があり、気分が落ち込んだ時でもそっと寄り添い涙を拭いてくれる友がいた。笑顔があった


煩くても自然と許せてつられて笑ってしまう暖かい環境があった

それが当たり前だと紫原だけでなく仲間達は思っていた幼さが、少しだけ大人になって当たり前のことじゃないと分かっても、やはり…大切なものである事は揺るがない

「あいたい…っ」

皆に会いたい。でも難しい事は理解できる。それでも、会いたい

目玉が涙で溶けてしまう程に熱く鼻が詰まって苦しい。紫原は寂しい気持ちから会いたい気持ちへ変化していく自分の心の動きを拒む素振りは見せなかった


全員が無理でもせめて第二の両親ともいえる二人に会いたい。会ってとりあえず二人を抱きしめながら泣きたい。いっそのこと部活を少し休んでいくのもアリだ

そこまでボーッとする頭の中で考えてた紫原を引き留める耳障りなバイブ音が再び鳴る。瞬きひとつすれば滑り落ちる涙を無視し、どんな心境の変化か届いた内容を見てみる


ぐしぐしと片目だけでもクリアな視界にして内容を理解した途端、紫原の潤む両眼は限界まで開かれる

そのまま鮭を見つけた熊の如く猛ダッシュで部室まで駆け込みボロボロ泣いたまま叫ぶ


「ーー今すぐ京都行ってくるから部活休ませてッ」


唖然と紫原を見る先輩方。その中でも通話中の氷室がこれでもかと見開いたまま携帯と紫原を交互に何度も見て小声でアメージングと呟いた




『紫原の保護者…てかオリオンに氷室が電話してるぞ。なんかタダでお前が京都にいけるように手配とかしてるかもな。あとはやく部室に来い』




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