2

□オリオンのままに 45Q
1ページ/5ページ



がちゃがちゃと音が鳴るのは…まあ我慢ができる。それが必要な行為ゆえの最低限の音ならば自然なことだからだ

だがいざ視界に納まり切れない巨体の持ち主ががちゃがちゃと…あたかも自分の物の様に漁る筆入れは友人のものだった


妖精の奇行に唖然と行為を野放しにしていた友人は酷く疲れた声と表情で問う

ここまで我が物顔でやるだけの理由を、自分の精神的な疲労を納得させる程の大層な理由を…一応求めて


「…なにしてる?それは僕の筆入れだし四次元ポケットでも無い。漁ってもペン類しか無いぞ」

「んー?俺が前にあげた匂い付き消しゴム無いなーって」

「普通の消しゴムのことか?…ほら」


ごく一般的な消しゴムをそっと赤司は手渡す。黙って受け取りじーっと手の中の物を見つめる事五秒…

静かに大きく振りかぶり、勢いよく廊下へと放り投げ、誤りをキレながら嘆く


「これじゃないし!!」

「……頭が痛い」


予想もつかない言動を目の前で披露された末に待っていたのは感動では無く、情報処理に悲鳴をあげる脳内の叫び

弱く「もうやめてください」と抗議する額に手をやり鈍痛を和らげる最中も紫原は筆入れ捜索を再開

再びがちゃがちゃと荒らされる様子に、赤司のストレス値はマッハで限界値スレスレまで急上昇してることに、紫原は一生気付くまい


「赤ちんは覚えてないのー?」

「匂い付き消しゴムを貰ったのは俺の方だろ。なら家にでも持ち帰って大切に保管しているんじゃないか?」

「あー、あの宝箱に。んーでもさぁ折角あげたんなら使ってほしいじゃん。ロウ…ちんにもあげるからちゃんと使ってー」

「…好きな呼び方でいい。だからもう筆入れを返せ、頼むから」


その言葉に漸くしたがってくれた紫原の目の前で赤司は深い溜息をつく

やっと解放されたというのに残る疲労感は何なのだ。これを俺は可愛いと悶えていたというのだから、子供フィルターは恐ろしい…

小声で毒づく赤司は背後に這いよる影に気付かなかった



そして赤司征十郎の弱点を握る人物にフッと悪戯に耳に息を吹き込まれた

ぞわぞわと背筋が粟立つ感覚に椅子から飛び上がり、バッと背後を見返り恨めし気に犯人の無表情を睨みつけた


「〜〜〜…っーー黒子!」

「どうどう、ロウくん。僕が黒子です」

「く…っ知ってる、そんな事!だが人の弱点を背後から攻めるなどお前は暗殺者か」

「最高の褒め言葉ありがとうございます。あ、紫原くん購買に新しい匂い消しゴムありましたよ」


黒子ほど適任者はいないのでは、と思うが彼曰く自分は最弱勇者らしい

バスケボールをコート内で回すように会話も華麗にパスした黒子は、未だ燻る赤司の肩を軽く叩き会話の輪に入るよう促す

反論する気力も無く椅子に座り直し、赤司の机を囲む形で座る二人のよくわからない会話を、背凭れに凭れ腕と足を組みながら聞き流す


「わああっ黒ちんホント?俺ハンバーガーの奴を次、赤ちんにやるんだー」

「いやいやここはバニラシェイク若しくはバニラアイスの奴にしましょう」

「えー?じゃあ間をとって団子にしとく?」

「名案ですね」


聞き流していた赤司はワンテンポ遅れて最悪のオチをつけた会話に切り込む

「洋風と洋風の間をとって和風にされても僕が困る」

するときょとん、と水色と紫色の瞳がぱちくり。吸いよせられたように二人の視線が合い、やがてごしょごしょと内緒話をし始める


「ロウくんって結構我儘ですよね」

「ねー。団子の何が嫌なんだろー」

「きっと老舗じゃないのが気にくわないんですよ」

「わがままだし…」


秘密の会話がダダ漏れな件にコイツ等は何とも思わないのか


ぐりぐりと眉間に寄る皺を伸ばしながら赤司は、妖精達の会話や思考回路も解読することを止め、再び溜息をつく


赤司征十郎という存在をここまで振り回す友人に俺…セイジュは心底安堵し信頼しているのだ。無下にはできない。ロウの根底にはそういう考えもあった


(だからと言って中々に…精神的にくるものがある)


軽く頭をふり眼に見えぬストレスを吹き飛ばす。その仕草の振動にチャリ、と金属同士が弱くぶつかる音を聞き洩らしはしない抜かりない連中なのだ


「ん?赤ちんなにかつけてる?」

「…よくわかったな」

安全ピンをざわつく室内で落とした音レベルだったというのに、二人して聞き取っていることに赤司は驚く

じーっと注視される事に逃げ道など無く、渋々首元に巧妙に隠れていたチェーンを取り出し外した

そっと紫原にそれを渡せば黒子すらまじまじとソレを見つめる始末。できることなら見せたくなかったロウにとっては苦々しいもの


……アキラと色違いの指輪、だ


指輪の透き通る水色に近い青は、覗き込む黒子の瞳には透明度が負けるものの、苦々しい顔をするロウの胸の奥で眠るセイジュを揺さ振った

セイジュにとっては実体化した愛の証。だからこそ執着が強く、ロウでさえ外す事を拒まれた指輪を見て黒子が意味深気にロウを見て、微笑む


「…アキラくんからですか。うん、彼にしては庶民的なものを買いましたね」

コツコツと軽く爪で叩き、瞳の前にそれを翳し…不機嫌なロウへ首を傾げる

傾けた頭が紫原の腕にコツンと当たったが軽い謝罪の末に放置だ。それどころか紫原までロウへ首を傾げてきた

眠ってる筈のセイジュが興奮してきたのか、やけに頭が痛い。鈍痛に顔を顰めつつ投げやりに答える


「僕が貰った訳じゃない。第一それを僕が取り外せたのは今日が初めてだ」

「…はい?」

「赤ちんはロウちんに指輪を渡したくないってことー?」


その質問にロウは呼吸を詰まらせた

接着剤で貼り付けたように外れなかった指輪は、セイジュと仲が良い二人に見せる為に触れた途端にアッサリ外れた。それはつまり…


(まるで僕が指輪を捨てようとするのを阻止してるみたいじゃないか…。あの二人に渡す時なら捨てる行動を制止されるのを見越して、)


そう考えてロウは一度切なそうな笑みを浮かべ考えを口外せず飲み下す。僕の信用されなさ加減に傷ついた心をお前も受けろと思いながら


「…さあ。僕は俺じゃないから本当の答えは知らないさ」

ズキズキと痛むのは頭か胸か…心か。ロウは気付きたくなかった





.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ