黒子のバスケ
□オリオンのままに 21Q
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最近制限が掛かった為控えていたお菓子をもさもさと食し遠くから聞こえる野球部の奇声をBGMにぼんやりと夕暮れ空を眺めた
人っ子一人いやしない屋上に悠々と寛ぎ寝っ転がる。もさもさとまいう棒を食べて最後の一口をぱくりと口に収め嚥下する
カァカァと鴉が虚しく鳴いたのを聞いたのは久しぶりだ
「…サボっちゃったなぁ。昇格テスト…」
3軍の中の半分は無事に2軍入りを果たしその中の数人が1軍入りしただろう
事前に1,2軍のリサーチを取り各軍の数値の平均を合格ラインと定めた自己流の判断基準だがそれを活用しない手は無い
3軍メンバーの仮コーチになって早4週間
ちっとも上がれないまま終わる筈だった3年生も今日、全員昇格するだろう
3軍に落ちこぼれと勝手に烙印を押したあの1軍コーチの無様な顔を見てやりたいものだけど今回はパスした
…彼が上がれないとボクは知っているからね
テスト中の体育館に入りテッちゃんが落ちる所なんて見たくなかった
だから無断でサボってお菓子のやけ食いに走っててる訳なのだが…
深い溜息を吐きお菓子を食べて気持ちを紛らわそうと近くに置いたレジ袋を漁るが中身がある感触が無い
疑問符を掲げレジ袋を覗きこむと大量にあった筈のお菓子は無くなっており近くに散乱した開封済みのお菓子の空が山を作ってた
どうやら購買で買い占めたお菓子を全部食べ尽してしまったらしい
ごろん、と寝返りを打ちレジ袋とお菓子の残骸に背を向けうつ伏せになり顔の下に敷いた腕に顔を埋める。眉を寄せてうじうじと反省と後悔を口に出す
「もーなんなの。ボク馬鹿じゃないの。おは朝また見逃したのがいけないの。仕方ないじゃんイチャついてたら蟹座見逃すし!蟹座だけ放送時間の半分使えよぉ…」
ちなみに今日の蟹座は11位。12位よりも救いようがない順位に蟹座の視聴者はがっかりと肩を落としラッキーアイテムのアルパカの毛をどうやって入手しようかと思案していた様だ
「…征ちゃんにお菓子の買い食いバレたら怒られちゃうし。ハァ…征ちゃんの指示でお菓子断ちしてたボク本当に凄いよね3週間もお菓子食べてないとかよく耐えたよ。うん」
独り言ほど悲しいものは無い
ブツブツと愚痴混じりの反省会を語り続けるアキラはどことなく哀愁漂っていた
がちゃ
扉が開きのっそりと巨体の影が夕日に照らされ伸びた。扉が閉まる音にも気付かず愚痴をべしべしと床のアスファルトを叩く事で発散させているとアキラを覆い尽くす影に気付き顔をあげ顔見知りの名前を口に出す
「むっくん」
「アキラちんサボり?峰ちんたちと同じじゃん」
「…青峰と同類にされてたまるか。むっくんだって同じ…じゃないね。練習着着てるし」
「うん。さっきまでメンドクサイけどやってたしー。お菓子足りなくなったから購買行った帰りなのー」
アキラの隣に胡坐を掻きレジ袋(小)からポッキーやらトッポ系の取り出しお菓子をパクパクと口に入れる。その姿を眼で追い伏せてた体を起こし同じ様に胡坐を掻いてのんびりと流れる穏やかな空気を吸った
大小の背中が並びその差はまるで親子位あるが彼等は同級生だ。そして友達でもあり、いつもと違う雰囲気を醸し出す友人の異変に気付ける程の親交の深さもある
いつもはニコニコと常に笑い陽気なテンションで絡むアキラが今現在無表情の上にぼーっと景色を見ながら何か思い詰めてるのだから大好きなお菓子を食べる手のスピードも落ちてしまう
明らかに様子のおかしいアキラが赤司に被って見え紫原はぎょっとしてぐしぐしと両眼を擦ると錯覚は消えており安堵の溜息を吐く
お菓子の匂いに釣られる事無くぼーっとしてるアキラに紫原は口を尖らせ不満気に文句を垂れる
「今日のアキラちんさぁ変だよ」
「だろうね」
「…無表情でいると…普段の赤ちんみたい」
まっすぐ景色を見ていたアキラが紫原の方に顔を向け少しだけ口角を上げて淡々と答えた
「ボクが征ちゃんに似てるんじゃない。基から征ちゃんとボクは同じなんだよ」
__だからふとした瞬間そう見えるんじゃないかな
子どもに言い聞かせる様にも聞こえるし自分自身に言い聞かせてる様にもとれて紫原は首を傾げ咥内にあったお菓子をごくりと飲み下す
「意味分かんない。アキラちん達は双子ってこと?」
「双子では無いよ。もっと根本的な所が一緒ってこと」
「…やっぱ意味分かんねーし!」
抽象的な意見を理解しきれない紫原は拗ねた口調で会話を断ち切ると困った様に笑い落ち着いた声色で話す。それすら赤司が普段紫原に言い聞かせる姿に重なり本日2回目の眼ぐしぐし作戦に踏み切るが同じ結果しかでない
へらへら笑ってバカみたいにテンション高いのがいつものアキラちんなのに真面目な顔して落ち着いた声出すだけで赤ちんに見えるって変だ
姿形はまったくと言っていい程似てないのに
意味分かんねーし!
「夫婦は似てくるって言う言葉通りだと思えばいいんじゃない?朝から寝る前まで一緒だしよく泊まっていくし…夫婦と変わらないことしてるって自覚あるからね」
薄く笑ってまたまっすぐに顔を向け笑顔を剃り落とすアキラの発言にいまいち腑に落ちない表情を浮かべ最後のお菓子の1本を口に含む
歯でお菓子を噛み切る音がよく響く。全て食べ尽した頃アキラがふと固い声でぽつりぽつりと話し始めるのをなんとなく聞いていた
「昇格テストをワザとサボったんだ」
「…そーなの?」
「うん。ボクが日本に帰ってきた理由とも言える子が3軍でね、今頃テスト受けてるんじゃないかなぁ」
「…?」
話し続けるアキラの横顔を見つめながら淡々と他人事のように語る光景に違和感を抱く。だが話す内容が現状の彼に至った理由に直結するのだとなんとなく理解し口を挟むのを止めた
「その子がね。今日落ちる事知ってるんだ…というより普通に昇格テスト受け続けたら引退までずっと3軍のままだって事も理解してる」
「…そいつ俺みたいにめんどくさがり?」
「いいや?努力家で曲がった事が大嫌いで裏表ハッキリしてる男前なタイプ。むっくんとは真逆かな」
「うぇー絶対無理」
「そうかなぁ。むっくんとも仲良くできてるじゃん」
「は?あ、もしかして黒ちんー?」
敢えて遠まわしに言ってた相手を名指しすれば肯定が返って来た
どうやらアキラが悩んでいるのは黒子が原因らしい。紫原も数回会った事がある相手でありお菓子関係で話しが合う為多少気に入ってる人材だ
それに赤司とアキラの2人が“特別”だと称し散々甘やかしてる唯一の人である事も知っている。最も、アキラが思い詰めるほどの事を行う様な人では無かったと思い疑問符が湧く
「他の3軍の皆はどうにかなるんだ。でもテッちゃんだけはボクの手に負えない状況になっちゃった。それを言わなきゃいけないのに…言えずに今日まできたんだ。数値がおかしいのはボクの見間違いじゃないって何百回も確認して分かってたのに」
「(数値?)」
「…上がれないのはボクの所為かもね。あの時、離れなかったらテッちゃんだって変われたはずなのに」
「黒ちんが上がれない事をなんでアキラちんがそこまで悩むの?しょーがないじゃん。才能ないんでしょ」
「___」
バッと勢いよく紫原に体ごと振り向きアキラは大きい藍色の瞳を細め親の敵を見る様に鋭く紫原を睨みつける。強い殺意にも似た怒気に紫原はビクッと震え己の体より二回りは小さいアキラに怯えた
「な、なんでそんな怒るの」
「__むっくん」
「ッ」
有無言わせぬ厳しい声。親に叱られた時よりも怖くて大きい体を縮こませ睨みつけるアキラの視線から逃れる様に顔をふい、と逸らす
叱られてる内容を受け止めきれない子どもが行う行為と酷似していたが紫原はそれを無意識に行っていた
「むっくんの素直な所は好感を持てるけど。テッちゃんを簡単に貶すそう言う所は嫌い」
「っ俺だって!アキラちんの今みたいに怒ってる所嫌い!!」
「そう。なら早く此処かr」
「__でも!」
刺々しく冷たい声が何かを言う前に思い切って大声で遮る
アキラの顔は未だ見れないが雰囲気で何かを紡ごうとした口が閉じられたのが分かり小さくもごもごと口を動かす
「__でも、笑ってるアキラちんは好き」
「!」
「赤ちんと仲良く会話してるトコとか今控える様にしてるお菓子をこっそり俺にくれるトコも好き」
ちらり
機嫌を窺う様に盗み見ると驚いたのか眼を大きく開かせて紫原を見つめている
あの場面でここまで好き好き言われるなんて思いもしなかっただろう。やがて驚愕から困惑へと変わり紫原から視線を逸らし体の向きも正面に戻す
軽く溜息を吐き藍色の髪を掻き上げたアキラをじっと見ながら紫原は怒りが拡散した様に思え控えめに聞く
「アキラちんまだ怒ってる?」
「…怒る気も失せたよ。はぁ。むっくん、テッちゃんの悪口はボクの前で言わないでね」
「うん。ムカついたら本人に言う」
(絶対わかってないね)
話す前と比べて少しだけ緩んだ雰囲気に紫原は満足気に微笑む
怯えきっていた大きな体は委縮をいつのまにか解除しておりのんびりと休みたいと訴えていたのを汲み取りごろんとアスファルトの上に横たわる
「アキラちんー」
「ん?」
棘を失った柔らかい声は怒る前までの落ち着いた声を取り戻していた
怒りによって悩みを発散できたかもと思ったがそう上手くは事が運ばないらしい
「黒ちんに言えば?」
「…今?」
「今というより今日中に」
「、そうだね。どうせいつか言わないといけないんだし」
「そーそー!それにアキラちんが思い詰めてるって見る人がみたらわかるよー?黒ちんだって勘付いてるんじゃないの」
「…かもね。むっくんが気付いた位だし」
「アキラちんって何気に意地悪…」
俺にできるのは背中押してあげる事くらいだしー、とゴロゴロしながら言う紫原にアキラが小さく笑みを浮かべ「…ありがと」と呟く
夕日に照らされる屋上が赤く染まる中にいる所為か、紫原の耳が景色よりも赤く見えたのをあえて本人に言わずに景色へと視線を向けた
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