旅日記
□乙女な俺?
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ともかく、一通りの情報をメフィストから得た結果、奥村燐がおかしいだけであとはそれほど違いがないようではあった。
ならば、奥村燐の恋心とは、乙女とは一体どんな状態なのか観察してみることにした。
朝、こちらの奥村燐もかなり寝汚い。
今は燐も自分の体がわかるから、自分で調整できるのだが、悪魔に覚醒したばかりの頃はともかく体と精神が睡眠を要求した。
だから、授業中も祓魔塾でも静かに座っていると、眠ってしまうのだ。
そんな状態だから、朝などひどいものだった。
そのせいで雪男にこっぴどく怒られて、一時トラウマになりかけたのだが、今それを彷彿とさせる状況が目の前に繰り広げられていた。
燐は完全に気配を消し、監視者たちの監視ルームに影のように侵入して、一緒に602号室を観察していた。
燐の潜入の技は完ぺきで、そこのいるのに、見えているのに、意識に反映されないのだ。
だから監視ルームの監視者たちも、監視対象そっくりな人物が一緒に監視していることに、気づく者はいなかった。
夜叉のような雪男の様子に、漸く目が覚めた燐ではあったが、そんな燐をほっておいてさっさと出かけてしまう弟の背中を、見つめる瞳は寂しげだった。
なんであんなに鬼のような、地獄一歩手前のような起こされ方をして、その起こした人物をあんな縋るような眼で見れるのか、燐には解らなかった。
あの形相は、たとえ恋していたとしても、100年の恋も冷めるくらいの恐怖と憎悪が感じられた。
(こちらの燐は、マゾヒストかな?それは我ながらやだなあ。確かに傷の治る体を過信して、人を庇った時に弟にそう言われたが、自分ではそんな気はないのに。)
次元が違うとはいえ、こちらの自分の事なのに、少し引き気味の燐だった。
学校へ遅刻ギリギリで駆け込み、午前中授業はすべて寝て過ごし、お昼休みはチャイムと同時に教室を飛び出し、弟に弁当を届ける。
大勢の女生徒に囲まれて辟易としていた弟を、その中から引っ張り出し、人のこない中庭で二人っきりで昼食を食べる、幸せそうな燐。
弟は、そっけなく淡々と食事をしているのに、その顔をちらちら見て味の感想を聞き、おいしいと言われればほほを染め、あたふたしている。
確かに乙女だ。しかもそんなにそっけないやつに、マジで恋してる。燐は心底うんざりした。
そして塾でもやっぱり居眠りをして、人前なので少し柔らかい雪男の怒りを受けていた。
夕食は、雪男の好きなものをと鼻歌交じりに料理する姿に、俺もこう見えてたのかなと過去の自分を消し去りたい気分に落ちていた。
任務もなく普通に帰ってきた雪男を笑顔で出迎え、風呂か食事かほほを染めてうれしそうに聞く姿が、新妻のようで泣きたくなった。
たった一日だというのに、こんな姿を見せられて燐の精神は疲労困憊していた。
自分だと思うから疲れるのか、相手が弟の雪男だから疲れるのか、どちらにしてもこの状態では、確かにサタンは倒せない。
それから数日見た限り、燐はどうやら雪男に好かれたい、気持ちを伝えたいと思っているようだ。
あの冷酷男が、悪魔で実の兄でしかも散々迷惑かけてる男に告白されて、甘いムードになるわけがないのに(なっても嫌だ)、優しくされることを望んでいるようだ。
どこをどうしたら、あの鬼畜が優しくしてくれる場面を想像できるのか、我がことながら奥村燐の想像力には感服した。
どう見ても燐の片思いのようだし、どう頑張っても叶うことのない思いなのだから、さっさと諦めて気持ち切り替えればいいだろうに、毎日毎日雪男の言動に一喜一憂している。
むなしい。
疲れ切った顔で、そうメフィストに伝えたら、大笑いされた。
「ご自分の事で疲れ切った奥村君というのも珍しい。眼福ものです。」
こんな姿で保養されても、嬉しくとも何ともないが、保養しているというならお返ししてもらおう。
「眼福させてやった御礼に、ちょっと力貸してくれ。」
「おや、眼福がお分かりで?かなり鍛えられたようですね。」
「おう。悪魔と戦うには正攻法だけじゃだめだってな。しかし自分と戦うのがこんな疲れるとは思わなかった。まだ、上級悪魔と対した心理戦の方が気が楽だったぞ。」
「まあ奥村君も上級悪魔ですけどね。で?何をすればいいんです?」