いち

□もしかしたら
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毎回毎回、俺は馬鹿だと思う。
ヒョンたちもヒョンたちだけど、自分自身を飛び抜けて愚かだと思う。

「…、ぁ…ッ、……」

深夜、扉の向こうから微かに聞こえる声は、確かにジニョンヒョンのもので。
その声をあげさせているのは他でもなく、彼の恋人のドンウヒョン。
俺はいつから、これに気付いたんだっけ。

ジニョンヒョンは俺の気持ちは知らんぷりのくせして、恋人とこんな風に、俺が気付くようなところで。
ひどいよ。このままじゃ俺、ヒョンのこと嫌いになっちゃうよ。

「ヒョンなんか嫌い、嫌いだ…」

口に出してやっとわかる。そんなの有り得ないってこと。だって嫌いになれたらきっと、こんなに辛くない。
あなたを好きだから俺は今、苦しくて、悲しくて。嫌えないからこそ、こんなに憎いんだ。


トイレに入って、わざと音を立ててドアを閉める。二人が、誰かが起きてきたって気付くように。

だからどうなるってわけじゃないけど、ただ邪魔したかった。…子供っぽい。
俺はどうしてこうなのか。ジニョンヒョンが幸せなら俺はそれでいいって、なぜそう言えないのか。
俺が苦しむのは構わないって、そんなできた男に、なぜなることができないのか。
…きっと、ドンウヒョンならそうなのに。

ジニョンヒョンが愛するドンウヒョンになりたいのに、ドンウヒョンとして愛されるのは嫌なんだろう、多分。
俺は変わりたくなくて、このままジニョンヒョンに愛されたくて、無理なことなのに本気でそれを願っていて…。
馬鹿だよ、俺はやっぱり。


不意に、ドアの開く音。さっきのに気付いて様子を見に出てきたんだな。誰が起きてきたかって。むしろ、早く寝ろって?
意を決して、俺もそっと出る。

「…チャニ」

「あれ、まだ起きてたんですか?」

俺は平静を装って、いつもの調子を保って話す。きっと、中にいるジニョンヒョンにも聞こえただろう。
今頃ジニョンヒョンは俺をどう思ってるかな。邪魔した嫌な奴だと思ってる?早くいなくなれって思ってる?

「チャニは、起きてきたの?」

「はい、なんか目が覚めちゃって」

「そう…」

そんな顔しなくてもいいですよ、安心してください、寝ますから。
ヒョンたち二人のせいで胸が痛くて苦しくてどうにかなりそうだけど、寝ますから。
ああ、我ながら、嫌味なことを思うやつ。嫌いだ、こんな俺。

「…お休みなさい、ヒョン」

「え、ああ、お休み」

今のはあなたにじゃない。ジニョンヒョンに言ったんですよ。部屋の中であなたを待ってる、ジニョンヒョンに。

(早く中に戻ってよヒョン。あの人が寂しがるじゃないか。)

俺の好きな人、大切にしないなら俺にくださいよ。俺に、チャンスを。
ジニョンヒョンが俺を好きになってくれるなんて、そんな自信はないから、せめてただ、ジニョンヒョンに恋人がいなくなれば。
そしたら、万が一でも、それ以下でも、俺にチャンスがある。俺に可能性が1%もない今より、そのほうがずっとマシだ。


ドアが閉じる音を背中で聞いた。その間際に、ドンウヒョンの声。

「チャニだった…もう寝るって」

ドンウヒョンは、わからないの?俺がジニョンヒョンが好きだって、知らない?だってあんまりじゃないか、俺の前で、そんなの。


俺も部屋に帰って、溜め息をつく。ここまでくれば聞こえないから。ふたりの甘いやりとりを聞くのは、辛すぎるから。
声が聞こえてしまえば、その声をあげるジニョンヒョンの姿を想像するのは容易かった。

寂しいな。なんだか、この感情が汚いみたいだ。ヒョンが好きなのに、純粋に好きなのに、どうしてこんなことに。

(さっき、トイレで抜いてくればよかった)

最初はとてもじゃないけど考えられなかったのに、二人がしてるのを知ってから、急にリアルになって。
俺だったら、って、いつも考えるんだ。もしあの声をあげさせるのが俺だったら。
想像すれば、当然体も反応して、結局ひとりですることになる。寂しい。

駄目だ、また出ていくわけにいかない。だからってここでするわけにもいかない。ヒョンたちに気付かれたら嫌だ。今日はもう寝よう、寝るしかない。
こんな気持ちで、眠れるかどうかはわからないけど…。


ああでも、ドンウヒョンが戻ってくる前には、眠ってしまいたいな。あの部屋にひとりになったジニョンヒョンのことを考えてしまうだろうから。
何も聞きたくないからって布団にもぐって耳までふさいでも、むしろそのほうが色々考えてしまって駄目なんだ。
どうしよう、何か、何かに気を逸らせないかな。なんでもいいんだ、ジニョンヒョンのこと以外なら。

そうだ、例えば、家族のこと。元気にしてるかな、こないだ俺たちが出たプログラムは見たかな。
家族か…、家族って、そう言ってくれたな、ジニョンヒョンも。俺たちは家族なんだから、チャニは一人じゃないって。本当に、嬉しかった…。

…あぁもう、この馬鹿。

頭のなかがいっぱいだ。ジニョンヒョンただ一人で、これっぽっちの隙間もない。俺の頭のなかがそんなに狭いところだとは知らなかった。このままじゃヒョンが窮屈するだろうか。


俺がもし、もうちょっと利己的じゃなければ、きっとジニョンヒョンのことは諦められただろう。ヒョンのこと、ドンウヒョンのことを考えれば簡単だ。
ふたりが幸せで、俺の気持ちはそれに水を差すだけなんだと。そう考えたなら、人を一番に想える俺なら、きっと。

だけど、実際の俺は?
知っているのに、わかっているのに、まだジニョンヒョンへの気持ちを切り捨てられないじゃないか。
どうして、そんなのは決まってる。ただ好きだからだ。俺が。
人のために諦められない。たとえこの感情を手放すことがジニョンヒョンのためだとしても、それができない。
ヒョンの望むことすべてしてあげたいのに、これだけはできない。本当にできないんだ。俺は、自分のために恋をしている。

結局苦しんでいるのは自分なのに、それでも構わないと、まだヒョンを好きでいようとする。俺だってよくわからないよ。
俺はどうしてこんなに苦しんでまでヒョンを諦められないのか、どうしてそんなに好きなのか。


もし、ヒョンを好きでいる、それひとつだけ許されるなら。俺はヒョンのためになんだってしたい。もっと精神的に成長するんだ。
ヒョンの望む俺でいる。ヒョンの望む態度で、表情で、ずっと。

もしかして、ジニョンヒョンの望む恋人の姿はドンウヒョンだろうか。ドンウヒョンでない時点で、どんな俺でもヒョンは恋人にしてくれないだろうか。
そうだよ、ラブラブな二人だから。今、ドンウヒョンに不満なんてないんじゃないかな。あの人以上の何かを望むことはないかもしれない。


失恋、なんて。
最初からしてた。ヒョンを好きになってからがずっと傷心の日々だった。

雑草は踏まれて強くなるって、言うじゃないか。ジニョンヒョンが俺の心をいくらか、強くしてくれた気がするよ。
ほんの微かな可能性を信じて前向きに生きられるんだ。自分でも呆れるくらい、本当に微かな可能性を。


ドンウヒョンを失ったらジニョンヒョンは悲しむ?苦しむ?俺では埋められない?

二人の破局を望むわけじゃないけれど、でも万が一、その恋人があなたを泣かせたら、そのときは。
もしかしたらそのときは俺が、ドンウヒョンよりも、ヒョンを幸せな気持ちにしてあげられるかもしれない。
確証なんかない。ないけど、絶対有り得ないなんて、そんなことはきっとないんだから。


俺はじっとここで待ってる。頭のなかいっぱいにヒョンの居場所を用意して、いつまでも待ってる。
ちょっと狭いかもしれないけど、でも、あなたにしか提供できないスペースなんだ。

だからそのときはあなたも、微かな可能性にかけて、俺のところにきてよ。


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