いち
□狼のふりをした羊、のふりをした狼
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「待ってよ…どうしちゃったのチャナ…」
どうもしてません。気付かないなんてどれだけ鈍感なの、ヒョンは。
あなたが恋人に肩を抱かれてるのを、俺がそのすぐ側で、どんな気持ちで見てたと思ってるんですか。
…可愛くて甘えん坊なマンネの顔をするのはもう終わり。
「ちょっと、素直になってみただけです」
「素直…に?」
「ヒョンを抱いてみたくなった」
「…ッやだ…チャナ…!」
ヒョンの細い腕を掴んで壁に押し付けた。
どうせ俺のものにできないなら、少しでいいから俺にも感じさせてくださいよ。
ヒョンに、俺の知らない部分があるのが嫌なんだ。全部知りたい。全部見たい。全部感じたい。
「教えてくださいよヒョン、どんな顔して抱かれるの?あの人に」
「そ、んなの……や、ぁッ…離して!」
「だって教えてくれないなら、実際にやってみるしかないじゃない」
不思議だ。ヒョンの裸なんて、見慣れてないわけじゃないのに。
顔を真っ赤にして、俺に押さえ付けられて、そんな今日のヒョンの体は、いつもより妙に色っぽい。
「ね、待って…ッ、ほんと、に…」
「ジニョンヒョン」
「チャナ…」
優しく笑いかけたら安心したような顔をした。俺が「冗談です」とでも言うと思ったのかな。
そんなわけないじゃん。ヒョンに嫌われるかもしれないのにさ、こんなこと、相当覚悟しないと出来ないよ。
「こんな俺でもさ、無理矢理するのはやだから…ちゃんと感じてね?」
微笑んだままそんな言葉をかけたら、ヒョンが睨んできた。そんな顔をしててもやっぱり綺麗だ、あなたは。
「チャナ…いい加減にしなよ」
「ッ!いった…」
振り払われたはずみにヒョンの手が頭に当たって痛かったけど、抵抗されないとは思ってなかったから大丈夫、想定内です。
「ねぇ、怒るよ」
…きた。ずっと考えてたんだ、怒られたらこうしようって。泣きそうな顔してヒョンに告白しようって。
「どうして…」
「…チャナ?」
「だって…、だってヒョンが…わかってくれないから…っ、俺はヒョンがこんなに好きなのに…」
最大限の演技力に本心と下心をたっぷり込めて、目を潤ませてヒョンを見つめた。
可愛いマンネに逆戻り。ほら、ヒョンが焦ってる。
「え、チャナ?どういう意味?」
「ヒョンが好きなの…大好きなのに…」
好きって泣きついたら、予想通りヒョンは俺が可愛くて仕方ないみたいで。俺の頭を撫でながら、俺に謝ったりなんかしてる。
ヒョンは何も悪いことはしてないのに。優しいんだか、よく考えてないだけなのか。
「ヒョンに触れてみたかったんだ…ヒョン…ごめんなさい…」
「チャナ…」
ね、俺が可愛いでしょ、ヒョン。応えてあげたくなるでしょ、俺の気持ちに。
俺が何が言いたいのかって、つまりね、好きだからヤらせてよってことなんだ。
あなたをゆくゆくは俺のものにする、これはその一歩なわけ。一歩目が上手くいったらそれなりに勝算はあると思うよ、俺に。
「俺じゃダメなのはわかってます…だから、せめて一回だけ、と思って…」
「一回だけ…」
馬鹿だな。ヒョン、考えてみちゃってる。一回だけ俺に抱かれて、俺を慰めようとしてるでしょ。
そんなのじゃ俺の傷は癒えないけど、でもそれでいいってふりをする。その後のために。ヒョンを手に入れるために。
だからヒョン、早く決心して。俺の手を引いて、ベッドまで連れていってよ。
「チャナ…ほんとに、一回だけ…なら」
「っ…!ジニョンヒョン…!?」
目一杯驚く、演技。
信じられないって顔をして、目を丸くして、言葉もなくただヒョンを見る。
俺を哀れんだヒョン。俺の策に嵌まったヒョン。(いずれ)俺だけのものになる、ジニョンヒョン。
こんなのって、やっぱりずるいかな。でも許してください、ヒョンが好きなんだ。
「…チャナ、そんな見ないでよ…」
ヒョンがベルトに手をかけるのをじっと見ていた。しょうがないよ、男の欲は視覚からなんだから。見たいのは本能でしょ?
いまからヒョンの体が俺のものになるんだ。そしたらじわじわ攻めて、心も俺のものにするよ。
だからヒョン、それくらいの覚悟はしてから脱いでね。
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