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□掛けるものは?
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7年前の捏造疑惑に端を発した様々な連鎖する事件が、俺の先生の再逮捕という結果で終結してから、早数カ月がたった。

裁判員裁判テストケースと言う、マスコミにも大々的に取り上げられた話題の渦中にあった成歩堂なんでも事務所の名前は広く知れ渡り、大小多くの依頼が舞い込むようになった。
しかし、現在のところ俺一人しか弁護士資格を持つ人間はいない。
結果、持ち込まれる案件の中でもこれは冤罪事件だと判断し、かつ他の事務所に受けてのいない依頼者…つまりはギリギリまで追いつめられた被告人の依頼ばかりを受けているため、俺は本当に多忙な生活を送っていた。

今日も日曜だと言うのに月曜日に控えた公判に向けて証拠を集めるために駆けずりまわって、ようやく糸口をつかんで事務所に戻ってきたのだが。
ソファの上でごろごろと寝転んでいる成歩堂さんの姿を見た瞬間、どっと疲れが肩にのしかかってくる。
気持ちよさそうにすぴすぴと鼻を鳴らす顔は、無精ひげやだらしのない服装を差し引いても成歩堂さんに憧れとは違う感情を抱いている俺からすれば、可愛らしいと思える童顔だったけれども、やっぱり疲れて帰ってきてこの状態で迎えられる(いや、迎えてないのか)のはつらい。
まぁ、成歩堂さん相手に冷たい御茶を用意しておいてほしいとまでは言わないけどさ。
っていうかそもそもこの人、何で事務所にいるわけ?

それに…俺の気持ちを知っているくせに無防備な姿をさらすその警戒心の無さにもちょっとイラっとする。
事件に片がついた後の打ち上げ、酒が入って箍が外れた俺がうっかりと漏らしてしまった、本来は女性に向けるための感情。
「うーん、わるいけど、僕ちゃんと一人前になってない子を相手にどうこう考えるのって無理なんだよねぇ」
あっさりとそんな無慈悲な言葉で交わされてしまったのは、まだ記憶に鮮明だ。
そのくせ、しっかりと拒絶してもくれない曖昧さには今でも腹が立つ。
……振ってくださいとは、言えないんだけどさ!

はぅと知らず漏れた溜息にぴくり、とソファの上の体が動く。
あ、起きる。

「ん…?あれ、オドロキくん、帰ってきてたんだねぇ」
「帰ってきたんだねぇ、じゃないですよ」

んんー、と猫のようにぐにゃりとした体を伸ばす成歩堂さんに肩をすくめる。
今に始まったことじゃないし、慣れたけどさ。
この人ってばいつまで俺だけ働かせるつもりなんだろ。

「俺、今案件3つも抱えて限界寸前なんですけど」

正直許容量を超えていると言ってもいい。
みぬきちゃんが助手のような仕事をしてくれているとは言っても、彼女はあくまでも学生だし、一応プロのマジシャンだ。それに法律の知識があるわけでもない。
結果的に、俺はほとんど一人で証拠探しやら理論の組み立て何かをしなくちゃいけないってわけだ。
まぁ、どうしても困ったときとかは成歩堂さんがぽそっと零す一言がヒントになったりはするけどさ。

「あはは、優秀だからねぇ。うちの弁護士は」

本気なんだか誤魔化しなんだかわからない調子で言われても、嬉しくもなんともないです!

「こんなところで寝てる暇あったら、司法試験の勉強をしてくださいよ」
「やだなぁ、ちゃんとしてるって。あんまり根を詰め過ぎても効率悪いだろ?息抜きは大事なんだよ」

息抜きの時間の方が長い気がするんですけど、と一人ごちる。
そんな俺の内心を見抜いたように、成歩堂さんは不敵な微笑みを浮かべると大丈夫、と繰り返した。

「やるときはやるんだからね、これでも」
「……成歩堂さんが凄いってことは、俺だって知ってます」

傍聴していた現役時代の法廷、記録に残る数々の伝説、そして全ての事件が解決した後に会うことになった成歩堂さんの過去を深く知る人たちから聞いたいつくもの逸話を聞けば。
成歩堂さんが本気を出せば、再び向日葵をその襟に飾ることだって難しい話じゃないだろうって。
恋する男の盲目じゃなくて、信じてる。

けど、けどさぁ

「弁護士試験は来年ですし、それまで何も仕事しないつもりなんですか」

ジトリとした目で睨むようにして見る。

「えぇ?僕だってちゃんと仕事してるよ。ゴクヒ任務の残務処理だっていっぱいあるしね」
「そう言いながら、どう見ても暇そうに見えますけどね!」

裁判員裁判の検討委員会、委員長と言う立場から今は離れた成歩堂さんだけど、まだまだ引き継ぎやら助言を求められたりで関係があることは知っている。でも、確実に以前よりも仕事は減っているし、さっき本人が言ったように司法試験の勉強だって問題ないなら――

「まぁまぁ、そうカッカしないで。そうだ、息抜きにトランプでもしない?ポーカーとか。何か掛けたら盛り上がるだろうし」
「誰がプロとしてやっていた人相手に…それに俺、忙しいんですよ。あと、弁護士目指しているヒトが掛けとかやっていいんですか」
「個人の楽しみの範囲なら問題ないでしょ。金銭はもちろんなしで、勝った方の言うことを聞くとかさ。他愛もないゲームだよ。それに、今はみぬきもいないんだし、僕には不利だと思うけどなぁ」

ぬけぬけとそんなことを言う相手に、呆れかえるしかない。
が――

ちょっと待てよ、と思いなおした。
掛け。そして、みぬきちゃんがいないという状況。
確かにこれはチャンスかもしれない!

「その勝負、俺、受けて立ちますよ!」



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