TEXT2 (NL)

□進展しない勝負
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不意に零れた彼女の台詞にドキ、っとした。
思考に溺れていた僕は、一瞬彼女が僕たちの関係について言ったのかと思って。
でも、視線を辿った先に合ったのは伏せられたカードだった。
彼女の手元には既に複数組がまとめられていて、僕の手元にある山の倍は重なっている。

ふと、それを見ながら思いついた。
そして、思いついたことを実行したくなった僕は、向かいに座る彼女に向かってにやりと笑って見せた。

「ねぇ、この勝負さ。勝った方の言うことを負けた方がきくっての、どうかな?」

提案したのは単純でありがちな掛けだった。
彼女は一瞬キョトンとした顔を見せたが、自分の手元と僕の手元を交互に見て、はぁ、と溜息を漏らした。

「相変わらずバカな男ね。今の状況が分かっているのかしら?」
「はは、もちろん。君の方が有利だ――けど、僕が逆転弁護士の呼び声高いってこと、忘れてない?」

根拠なんてない、ただのハッタリだけど。
そう言って見せれば負けず嫌いの彼女はむ、と眉間に皺を寄せて、唇を僅かに尖らせた。
幼い仕草を可愛いと、思う。

「いいわ。その勝負、受けて立ちましょう」
「了解!じゃぁ今から頑張るよ」

ぱちりとウィンクをして見せれば、彼女はまた僅かに眉間に皺を寄せた。
ただし、今度は目元に赤みが差す反応付き。
やっぱり、狩魔冥は可愛いな。と思う。

さて、じゃぁ今度は本気で勝ちに行かないとな。

密かに定評のある集中力を働かせて、テーブルに並べられたカードを凝視する。
記憶に残っているスートと数字を思い起こして位置を結び付けた。
弁護士試験に受かった時の、あの力を思い出せば、巻き返しは可能な筈だ。
思いつきを実行するためには、勝たないといけない。


僕が勝ったならば、彼女にしたい要求は一つ。
デートに誘おうと思っていた。
僕たちの進展のなさはこのムードのかけらもない事務所の空気が原因しているのかもしれない。
そう考えてみた結果だ。

「よし!揃った!」
「……急にやる気になるなんて、現金な男ね」

呆れた口調で頬づえをついた狩魔冥が伸ばした指先で積み上がったカードの山の一枚目を弄ぶ。
ちらりちらりと蛍光灯を反射するそれ。

「僕、絶対勝つから。撤回はなしだよ」
「……それは勝ってから言うことね。狩魔に隙は無いのよ」

にこり、と奇麗な微笑みを浮かべながら、僕がとり逃したカードをさくりと合わせて持っていく彼女。
悔しいと思う気持ちと共に、高揚している自分を見つける。
なんだか、さっきまでとは違う色合いが部屋を包んでいる気がした。

俄然、張り切ってカードをめくる僕は――


結論
負けました


「くっそぉ、後一組だったのに!」

ジョーカーを入れて54枚のカード。彼女が14組、僕が13組。
惜敗だった。

「ふふん。だから言ったでしょう?狩魔は例えトランプゲームでも、完璧なのよ」

些細な遊びに対しても適応された自信に満ちた表情は、可愛いけれど。
今はそれを見ても、癒されない。
せっかく僕らの仲も、ちょっとは変われるかなぁと思ったのに。まだまだ、僕たちは変化のない微妙な関係を続けなくては行けないらしい。
しかたないか、こうなったら長期戦で行くしかないのかもなぁと一人ごちる。
と、そう言えば。

「で、君の御願い事は?」

思惑どおりに進まなかったとしても、掛けは掛け。
弁護したるもの、男たるもの、人間たるもの。
言い出しことには責任とりますとも。もちろん。
ちょっと不貞腐れ気味な思考回路を断ち切って尋ねると、彼女はそうね、と小さく呟いて視線を下に落とした。

「あまり高いものは買えないけど」

懐具合の寂しさに予め言っておくと、彼女は小さく馬鹿にしたような笑いを浮かべた。
うわぁ、まぁ確かに。彼女の方が多分きっといや確実に。裕福なんだろうなぁ。

「貧しい生活を送る貴方に何かを買ってもらおうなんて馬鹿なこと、考える筈がないでしょう?」
「あ。そう…じゃぁなにをしてほしいの?」

ちょっとムッとしながら、でも助かったと思いながら。
先を尋ねる。
すると、彼女はどうしてか一瞬固まったかと思うと。
視線を左右に彷徨わせた。
どうしたんだろう?

彼女はさくっと立ち上がるとテーブルを回りこみ、僕の目の前に立つ。
ソファに座った僕からは、見上げる形になる彼女の顔。
テーブルの真上にあるシーリングライトの光からは影になって見づらい表情をじっと見つめれば。
気のせいか、その白い肌が僅かに赤い気がした。

あれ?

疑問に思ったのは僅かの間

彼女が、躊躇いがちに何度か開閉した唇で、ゆっくりと紡いだ言葉に殴られたみたいな衝撃を受けた。








「命令よ……私に……キス、しなさい」






負けました。
僕の完全なる敗北です。

必死の思いで勝ってデートに誘いたいなんてヌルイ事を考えていた僕は、真っ赤に顔を染めながら口調だけは強気を保った彼女からの精一杯の接近にどうしようもなく心が沸きたって。


思うままに彼女の腕を取って、抱きしめて、そして唇を合わせる。

初めて触れた唇は想像していたよりもずっと柔らかくて、温かくて、甘かった。



Fin.





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