想像していたよりもずっと若くて綺麗で――そして怖いです。 「あはは、君は綺麗になったなぁ。元気にしてた?」 「なっ、ば、馬鹿が気を使って馬鹿な社交辞令を言わないでちょうだいっ」 「社交辞令じゃないけどね。どうしたの?君、アメリカだったんじゃ」 くすくすと笑う成歩堂さんは敢えて軽く流しながら話を変える。 余裕らしきものを感じさせる様子に狩魔検事は憮然として、視線を斜めにそらしながらふん、と鼻を鳴らす。 「たまたま仕事があったのよ。日本警察と国際警察と共同のね。それよりも――馬鹿な罠にはめられて、名誉回復まで7年もかけただらしのない元弁護士が司法試験を受けると聞いたわ」 「御剣?ったく、まだ受けてもないのに君にまで言いふらしてるの」 「誰から聞いたかなんて関係ないわ。それで、どうなのかしら?」 「うん、今勉強中って所かな。今年の試験は一応受けてみるつもりだけど……」 自信ないんだよねーと頭に手をやる成歩堂さんを軽くねめつけ、狩魔検事はまた鞭を掲げた。 「一度弁護人として活動したものがまさか落ちるなんてありえない醜態をさらすつもりなら――引導を渡してあげるわ」 こ、こえぇぇぇぇっ 成歩堂さん逃げてぇっと、思わずその手を取って走り去りたくなった俺だけど。 言われた当の成歩堂さんはただ、微笑みを浮かべたままだった。 それどころかどこか嬉しそうに。 「君が励ましてくれるなんてね。僕ってば結構皆に心配かけてたんだなぁ。でも一度で受かるなんて結構難しいと思うよ」 「……芸術学部卒でストレート合格した男に言われたら何度も受験している法学生は立場がないわね」 え、さっきのってそういうことなの!? なんという分かりにくさ…… どうやら狩魔検事はかなり素直じゃない性格みたいだな。 いわゆるツンデレってやつか? それにしても、どうして成歩堂さんは分かるんだろう。 「ありがとう。嬉しいよ、狩魔冥」 「――なんのことかしら」 裏を読まれて気恥ずかしいのか、礼の言葉をはぐらかしながら、狩魔検事はふと思い出したように話を変える。 「それより――この事務所は訪ねてきた客にお茶も出さないの」 「あ、すみません!今すぐ――」 そう言えば何だか圧倒されるばかりでお茶なんてすっかり忘れてた。 慌てて給湯室へ向かおうとすると。 「ああ、オドロキくんいいよ。僕が淹れるよ」 「え!?成歩堂さんが?」 いつも何もせずに笑って見ているだけなのに、と驚く。 くすりと笑った成歩堂さんはだって、と小さく言い訳を口にした。 「多分、オドロキくんがティーバッグで淹れても鞭の餌食になるだけだと思うし」 え、ちょっとなんですかそれ!? ティバッグの何処が悪いんですか。と、いうか―― 「成歩堂さん紅茶淹れられるんですか?」 「え、そんなの当然でしょ?」 なんですか、それなら普段から淹れてくれればいいのに……と思ったが、それを見越したのか不敵な笑みで更に追加。 「ティバッグで満足できる相手ならそれでいいじゃないの」 「貴方もふくめてでしょう。成歩堂龍一」 ち、ち、とさっきと同じく指先を左右に振って見せた狩魔検事に、成歩堂さんは怒るでもなくそうだね〜と頷く。否定はしないんだな。まぁ普段俺が淹れるインスタントコーヒーとかがメインだし。 「御剣には自分で淹れてもらうことが多いし。僕が紅茶を淹れるのはキミくらいかなぁ」 さらりと言った一言に、狩魔検事は顔をさっと赤くした。 「そ、そうなのっ……それならさっさと淹れなさい!いい加減喉が渇いたわ」 明らかに嬉しいのを隠す口調だ。 視線を斜めに逸らして声を張り上げても迫力は無くて。 むしろ何だか可愛らしく見えてくる。 「うん、ちょっと待っててね」 成歩堂さんは微笑ましそうに狩魔検事を見遣って給湯室に向かう。 残された俺は手持無沙汰にどうしようと立ち尽くして。何となしに狩魔検事の方を見ていると。 口元がぼそぼそと動いたのが分かった。 「――相変わらず、食えないオトコ」 ぶすりととがった口元と眉間に寄った皺は不機嫌さの現れのように見えるが。 決して目は嫌がっていなくて。 つまりこれも照れ隠し? なんだか成歩堂さんって案外女性にモテるのかも? もしくは検事にモテるのか…… 数分後、いい香りを立ち上らせる紅茶を手にして戻ってきた成歩堂さん。 狩魔検事とティータイムを楽しむ成歩堂さんを見ながら、生の伝説は他にも色々な付属の伝説を持っていそうだなと思いを馳せた、ある日の昼下がりだった。 FIN. |