「……弁護士成歩堂龍一は死を選ぶ、か」 いつかどこかで聞いたフレーズが思わず口を衝いて出る。 具体的な何かを考えていたわけではなかった。ただ、なんとなく。 深い意味を伴わない癖に意味の深い言葉が簡単に音を伴って外へ出てしまったことにわずかながら後悔する。 と―― 朝からずっと飽きもせず騒いでいた廊下が、一層ざわめいた 。一向に答えようとしないことに焦れた記者たちが強行にコメントを取ろうと行動に出たのかと思い、咄嗟に耳を覆いたくなった成歩堂だが――ざわめきの中に聞こえる峻烈な声に衝動的に立ち上がっていた。 ギャー!と鼓膜に突き刺さる叫び声 ヒュンヒュンと空気を切り裂く高い音 バシィ!と派手に鳴る聞き覚えのある音 そこに沢山の野次馬めいた記者たちがいる。 姿を見せれば無用な騒ぎを起こし、また、写真などを取られて有らぬ記事をかかられれば友人たちに迷惑がかかるかもしれない。そんなことを考えるよりも先に体は勝手に動いていた。 しっかりと鍵を掛けて閉鎖していた事務所入口の扉に手を掛け、もどかしく錠を外す。 勢いのままに扉を開けば――そこに居たのは予想よりも多くの記者たちの怯えた顔と、事務所と記者たちの間に立ち、今は成歩堂に背を向けるぴんと延びた華奢なのに力強い姿。 「馬鹿が馬鹿みたいに集まって馬鹿なことを書こうとするなんて、本当にこの国は馬鹿ばかりね!」 高らかな叫びと共に彼女のトレードマークが再び空を切る。 面識のない人間相手に本気でその鞭が攻撃を与えることはないが、威嚇としては十二分の効果を持つそれに記者たちはだらだらと汗を浮かべて及び腰になっている。 「メ――狩魔検事!」 危うくファーストネームで呼びかけたのを何とか制して仕事用の呼び名を口にした。 その声に、狩魔冥に気を取られていた記者たちが成歩堂へ視線を向け反射的にカメラを構えたりマイクを差しだそうとしたが、再び冥がふるったムチに慌てて取り下げる。 背中しか見えない成歩堂にはその表情は見えないが、立ち上るオーラでも分かるほどに冥は怒っていた。 「こんなところでたむろして迷惑よ!立ち去りなさい!」 鞭を頭上に掲げて空気を震わす低音に、記者たちは一斉にこくこくと無言の頷きを返して逃げるように立ち去って行った。 後にはしんとしたいつもの廊下が広がるばかり。 展開についていけず、ぽかんと口を大きく開けて立ち尽くす成歩堂に、冥がようやく振り返った。 その表情に、ぎゅっと胸が痛む。 彼女は常に見せている自信にあふれた顔(例えそれが強がりの産物だったとしても)ではなくその瞳は何処か不安げな色を帯びて揺れていた。しかし、成歩堂と目を合わせると直ぐにその表情は隠れ、代わりに浮んだのは怒っているのだと示す不機嫌な鋭さ。 「冥――君、アメリカにいたんじゃ――」 「馬鹿ね。『成歩堂龍一が捏造された証拠品を提出した』なんてありえない話を聞いて、黙っていられるわけないわ」 あまりに当然のように言った言葉に、うっかりと流しそうになった成歩堂は。 もう一度口をぽかりと開けて冥の顔を見返した。 |