TEXT2 (NL)

□VD狂想曲
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VD狂想曲〜成冥編


チョコレートの香りが充満した部屋で、狩魔冥は眉間に皺を寄せていた。

「……狩魔たるもの全てにおいて完璧……な、はず、よ」

膨れた頬に釈然としない感情を込めるが目の前の光景は真実である。
冥に残された手段はもはや現実逃避か開き直りしかない。
時計の針はすでに家をでなければならない時間を示していた。


ここはキッチン、今日はバレンタインで、冥は休暇。時間の自由がある程度効く自営業の恋人の家に出掛けることになっている。
冥の前に転がっているのは甘い香りの中に鼻を刺激する異臭の混ざった黒茶の物体、チョコレートの成れの果てだった。
昨晩からケーキ、クッキー、生チョコ。
各種のチョコレート菓子に何度もチャレンジしていたのだけれど、ほんの少し不器用な冥にはいずれも荷が重かったらしい。
次第に簡単なレシピになって行ったにもかかわらず、いずれもまともな形に留まってはくれなかった。
結局、狩魔冥が作ったもの、として堂々と恋人に渡せるものは一つとして出来上がらなかった。
そしてタイムオーバー。
材料もない。

溶かして固めるところにちょっとだけ追加するだけの簡単な作業だと思っていたゆえに、既存品も用意していない。

「浮かれたイベントに、乗せられるほうがバカなのよ…!」

悪づいて無理やりに誤魔化すしかなかった。




冥は手ぶらのまま成歩堂の家に向かっていた。何か言われたら、そんなものは製靴メーカーの陰謀だ。
乗せられるなんて馬鹿はやっぱり馬鹿ね。そもそもバレンタインに一方的に女性がチョコレートを贈るなんて文化は日本だけで…と言い訳を並べたてるつもりだった。
情けないし、悔しいけれど――



「君が遅れるなんて珍しいね」

インターホンを鳴らすとほどなくドアを開けて出てきた成歩堂が開口一番に言う。
成歩堂の格好はTシャツフードの付いたパーカー、ジーパンという飾り気のなさで、部屋着とすれば普通の格好なのだが、今日と言う日のデートに気合いを入れていたのは自分だけなのかとちょっとだけムッとする。

「……女性の仕度には時間がかかるのよ」
「あーまぁ男は楽だよね」

あははと苦笑しながら後頭部に手をやった成歩堂は冥の全身に下から上までするりと視線を向けた後、だらりと表情を崩した。

「その服、初めてみたけど、似合ってるね」
 臆面もなく言う言葉に、ふん、と鼻で一息。
「言うようになったわね」
「本音だからね」
 
皮肉な言葉を吐いたのに、さらりと返されてちょっとだけ悔しい。
部屋に入ると、テーブルには料理が用意されていた。成歩堂は一人暮らしが長いせいか、これでいて料理もそれなりにこなせる。二人部屋で過ごすときは食事を作るのは成歩堂の担当だった。

「今日は?」
「今日はパスタ、この前依頼人と行ったお店のが美味しかったからさ」
 
レシピ聞いて作ってみたんだよねと簡単に言う成歩堂に苛立つ。
作晩から昨日にかけて、たかだがチョコレート菓子に必死になっていた自分が馬鹿みたいで。

(料理なんて、作れるものが作ればいいのよ。検事たる私には必要ないわ!)

変に意地になった考えでそう結論付けた。

「どうかした?なんか機嫌悪いみたいだけど」
「別に……それより、早く食べましょう」
「?うん(まぁいいか)」

悔しさと苛立ちを交えながら、基本的には好みにかなり合致したパスタに舌鼓を打ちつつ、当たり障りのない談笑をしていると――ふと、みるともなしについていたTVから甘ったるいメロディが流れてきた。
なんとなく目をやると、赤と茶色のハートが乱舞している。

『今日は二月十四日、バレンタインですね〜。恋人とあまぁく過ごしている事と思いますが、仕事が忙しくて準備ができなかった!という方のために、当日でも間に合うチョコレート特集を組みました』

ぴくり、と米神が震える。
余計なことを、と毒づいてTVを消したくなったが意識しているとわざわざ成歩堂に分からせるのも嫌で無視に徹した。
しかし、これで今日がバレンタインでチョコレートの日だということがリマインドされてしまった。
もしも今日がバレンタインだと忘れていたとしても、これでは意識しない方がおかしい。
成歩堂が「そういえばチョコレートくれないの?」という一言をいつ言うのかと気が気ではなかった。

「冥?」
「な、なにかしら!?」

突然名前を呼ばれて焦りの滲んだ返答を返してしまった。ち、と心の中で舌うちして笑顔を無理やりに作る。

「食欲ない?箸進んでないみたいだけど」
「そんなことはないわっ。私のペースが有るんだから急かさないで!」
「それならいいんだけど。無理するなよ?」

大丈夫よ!と言いきって手と口を急いで動かす。紛らわしいことをしないでほしいわ、と理不尽な愚痴は声には出さす口の形だけで紡いだ。
クスリ、と、小さな笑いが耳に届く。
料理を消費するのに必死で俯き加減になっていた冥は眉をひそめながら顔を上げる。と

「何笑っているの」
「ん?なんか、可愛いなぁって」
「なっ…何を言っているのかしら!?」

ぼっと頬が熱くなる。
突然の言葉に焦る冥に成歩堂は余裕さえ感じる笑みを浮かべた。それを睨むようにして上目づかいにみやる。
と、成歩堂が視線をTVに向けた。先ほどの特集はまだ続いている。いかにも高級そうなチョコレートを映す画面をみながら成歩堂は急に立ち上がった。
どうしたのだろうと疑問に思う冥をおいて、成歩堂はとことことキッチンへ移動する。まだ出していない品があったのだろうかと首を傾げた冥は――戻ってきた成歩堂が腕に抱えていたものに驚いた。
それは予想外もの――

可愛らしいチューリップの花束だった。
赤とピンクと。奇麗に配置された色とりどりのそれを、同じような色の顔をした成歩堂が差しだす。

「はい、これ」
「……ど、どういうつもり!?」
 
差しだされているし、これが冥へのプレゼントだと言う事はわかる。ただ理由が分からなかった。

「どういうって……だって、今日はバレンタインだろ?」
「バレンタインのって、だって――」
「チョコレートを女性が渡すなんて文化は日本だけだって、前に言ってただろ?」
 
言われて記憶を探る。
ついさっき言い訳として考えていたそれは、確かに以前にも話題を出したことがあったのかもしれない。
アメリカ生活が長い冥のほんのちょっとした、カルチャーショックについての話題だったと思う。

「それで、私に?」
「うん。いらなかった?」
「そんなこと――!」
 
正直、嬉しかった。何気なく言った言葉を覚えていてくれて、それならと自分から恋人として愛情を締めてしてくれたこと。

「チョコはないのかって、言うのかと思ってたの」
「あーうん、まぁもらえたら嬉しいなとは思ったけど」

言いながら成歩堂は手を冥の頬に伸ばした。するりと肌を滑る指先が擽ったくて目を細める。

「気持ちだけでも嬉しいしね」
「――気持ちだけって」
「手造り、チャレンジしてくれたんだろ?」

言われて、驚く。なんで知って……?と微かな声で呟けば、成歩堂は苦笑というには優しい笑みを漏らした。かと思うと、いきなり冥の肩に手を起き、ぐっと引きよせる。
不意をつかれて傾いた体は広い腕の中に閉じ込められた。
ぺろと頬に走る熱くて湿った感触。舐められたのだと、分かった途端にぶわりと体温が上がった。

「チョコレート、ついてた」
 
ばっと、手を頬に当てた。濡れたそこには既に何もないけれど――

「い。意地が悪いっ!」
「あはは、言い出せなくて困ってる君が可愛くってさ。ごめんね」
 
むぅっと眉間に皺をよせて離れようとする冥を成歩堂はぎゅっと抱きしめる腕を強くすることで押さえる。
そして――

「なんか甘い香りがする――冥がチョコレートみたいだ」
「ば、馬鹿が馬鹿な事を言う!」
「ねぇ、チョコレート、やっぱり貰ってもいい?」

によりと口元を引き上げて笑う成歩堂の言いたいことを察して、体中が熱くなる。
ばか、と何度も声にした罵声はいやに甘く響いた。




Fin.

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ここまで読んでいただいてありがとうございました
裁きの庭23にて配布したペーパー話になります。

サイトとするといまさらなValentineネタということになりましてすみませんf^^;


2013/02/11初出 
2013/02/23UP



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