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□Fragrance
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Fragrance



「なにこれ?」

成歩堂は突然、自称親友の男から渡された小さな箱に首を傾げた。

「誕生日プレゼントですよ。あなた今日が誕生日でしょう?」

にこりと怜悧な微笑みを浮かべる男の目を、眼鏡越しに見つめる。

「ふぅん、ありがとう」

気のない返事をしながら、ばりばりと包装紙を解いていく。
破り捨てた紙は無造作に床へ落とした。それをぴくりと眉をしかめながら丁寧に拾い集めて畳むとゴミ箱へ投げ捨てていく霧人。

「……香水?」

出てきたのは、ぐるぐるととぐろを巻いた円錐状の小瓶だった。
独特の形状は見たことがないが、サイズや色からして恐らくは香水だろうと分かるそれ。

「ええ、貴方のイメージで作って貰いました」
「作って、貰った?」

霧人が好ましく思って使っているブランドの調香師に頼んでオリジナルの一品を作って貰ったらしい。なかなかの気合いの入りように成歩堂は内心で呆れつつも顔は薄い笑顔を浮かべた。

「へぇ、珍しいものを有難う。高いだろ?こういうの」
「大した額ではありませんよ。せいぜい貴方の家に食費数カ月分、というところでしょうか?」

さらりと金額をもらす霧人に再び呆れる。
恩に着せるつもりなのか、それとも何も考えなくとも天然で嫌な性格をしているのか。
案外後者かもしれないなと思う。

「でも僕に香水って、なかなか不思議な選択だね」
「そうですか?貴方からはいつも……微かに甘い香りがしているので。これを合わせたらちょうどいいかなと思いまして」
「甘い香り?へぇ、気付かなかったな。グレープジュースを毎日飲んでいるから汗から出ているのかも」
「……それでは糖尿病患者ではないですか。全く、情緒がない」
「はは、僕に情緒とか求める時点で終わってるよ」

ちがいないですね、ときらりと明りを反射させた眼鏡を押し上げながら答える霧人に、だろ?と意味ありげに無意味な笑いを浮かべて場を流す。
結局成歩堂はその場では香水を嗅ぐことなく持ち帰った。









「で、これがその香水」

御剣の家、誕生日の祝いとして贈られた豪華なデリバリーのディナー中。
なんとなく話の切れ目に成歩堂が取り出したのは、日中に渡された香水瓶だった。
開封した形跡のないそれを、差し出す。

「……趣味の悪い瓶だな」
「そうだね、多分中身も相当に趣味が悪いんじゃないかなぁ」

怖くて、開けられなかったからね。
さらりと笑顔でそんなことをいう成歩堂に怖れはみえないが、その言葉は真実だ。
何か有害な成分が含まれていたとしても、全く何の不思議もない。

「でも、親友としてはつけないわけにはいかないだろ?」
「……調べて来いということか。良いだろう」

御剣は成歩堂と共に在る時だけは薄くなる眉間の皺を深く刻み、その小瓶を鞄に押し込んだ。
糸鋸刑事を経由して、警察の科学捜査にかけてもらえば成分分析も難しくはないだろう。

「うん、急ぎで頼むよ。あと――」
「ブランドの調香師に連絡を取って、再度作り直す手配は行っておく。無論、口止めはして置くから安心したまえ」

全てを言わずとも察して先回りしてくれる頼れる親友であり、恋人である御剣に成歩堂は相好を崩す。
たのむよ、と気がまえのない言葉を渡す。

「それにしても、香水か……なかなかキザなものを贈るものだな。その男は」
「うーん、そうだね。言葉通り、気障だとおもうよ」

成歩堂の言葉に込められた想いを察して、御剣は笑った。
気に障るという漢字そのものだと言われる哀れな男だ。もっとも同情する気は全く起きないが。

「それにしてもね、なんだか面白いこと言われたよ」
「面白い?」

不意に思い出したように笑う成歩堂に疑問符を投げかけて促す。
成歩堂は悪戯を思いついたような顔で、そう、と頷いた。

「僕ってさ、香水とか付けないじゃない?」
「ああ、そのような趣味はないな」
「でもさ、僕ってなんだか甘い香りがするんだって」
「それは彼に言われたのかね?」

むっと眉間の皺を更に深くする。
香水でもない体臭に気付くほどに近づいたのかと思うと例えそれが闇に沈んでいる真実を探るための手立てだと分かっていて、やはり面白くない。
二人きりの時には久しく見ていなかった『ヒビ』と表現した方が適切なくらいの深い皺に笑って、成歩堂は指先を突きつけて眉間の皮をぐりぐりと押しのばす。

「いっとくけど、僕は必要以上に近づいてないからね?」
「……犬なみということか。元からの性質か、あるいは君相手だからか」
「さぁ?その辺は分からないけど。でも、重要なのはそこじゃないだろ」

重要なこと?と首を傾げる。
成歩堂は不敵に微笑んで立ち上がるとテーブルを回りこんで御剣の隣に立った。
そして、徐に御剣の頭を抱えるようにして抱きつき、耳元へそっと囁いた。

「甘い香り――それって君の香水だと思うんだよね」

御剣のつけている香りは確かに、ほんのりと甘かった。
決して強くない、だが、成歩堂にとって一番安心できる好ましい香り。
それが抱き合ったり近くに在ることによって成歩堂へ移っていたのではないか。

「僕の体臭だって思われるくらいに、君に包まれてるってことかなって」

そう思ったんだよね。
にこりと微笑んだ成歩堂に御剣はきょとり、としたが。
直ぐに嬉しそうに、そしていやらしく笑みを浮かべる。

「なるほど――では、今宵も君へ香りづけをしなくてはな」
「うん。そうしてよ」

香りよりも甘く漂い始めた空気に食事の時間は終わりを告げる。
甘えた態度できゅと抱きつく成歩堂の腰を抱えて抱き上げると御剣は寝室へと向かう。

「そういえば、まだ誕生日プレゼントを贈っていなかったな」

ベッドに優しく横たえながら言えば、成歩堂は笑った。

「物なんて何もいらないよ。それより早く頂戴」

君と、君の香りを

そう言外に告げると御剣は心得たとばかりに激しく口づけを贈る。






スーツのポケットに忍んだリボンのかかった小箱は
翌朝まで伸びた出番を待って、闇に身を沈めた






FIN.






Twitterその他で御世話になっているノエルさんのお誕生日に捧げるSSですv
ノエルさんと言えばツンキモ(=ツンデレなんだけどデレが気持ち悪い、の意味で霧人さんを指す)ということで。
ミツナル←キリにしてみました。
お祝いになっているのかどうか怪しいSSですが;

ノエルさんお誕生日おめでとうございます\(≧▽≦)/
これからも宜しくお願いしますvvv



2012/07/22



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